第276話 闇の使徒たる覚悟

「突然姿を消した理由は、密命ではなく裏切りだったのかナイトメア……ッ!」


 始まった最後の戦い。

 そんな中で怒りの声を上げたのは、黒神リズ・レクイエム。

 光の使徒である白夜との同行を目撃したリズは、これをレンの裏切りだと断定した。


「……変わらず純黒の装備に身を包んでいたのは、光の軍勢に魂を売りながらも『闇の使徒』を偽装するため。そう考えれば辻褄が合う……っ」

「す、すごい想像力だわ……」


『ない』はずの陰謀がいよいよそれっぽくなってきて、レンは驚嘆する。


「わずかな言葉を残して突然の失踪。何があったのかと思えば、このような下種なマネを……っ」


 怒りに満ちたリズの声色。

 その震える肩を見て、レンはふと思いつく。


「リズ、もしかして……心配してくれてたの?」


 ビクッ、とリズは身体を震わせた。

 思い返してみれば、『密命』があると信じ込んでいたのは『理由があって闇の使徒を離れた』と考えたということ。

「我が力を見せてやる」という発言も、『力を貸せる』という意味だったのではないか。

 そして心配していたところに、対立する組織と一緒にいるところを目撃した。

 それなら、裏切りだと憤るのも無理はない。


「ええとリズ、私は別に裏切ったわけじゃないわ」

「ならばなぜ闇の使徒を離れ、光の者と共にいるッ!!」

「…………」


 レンは悩む。

 姉の結婚式で目が覚めた。恥ずかしくなったからもう中二病はできない。


「なんて言っても、通じるはずないわよね……」


 仮に立場が逆なら、納得などするはずがない。

 妹の香菜にどれだけ言われても、夜な夜な儀式をやり続けた自分の頑なさを思い出して、背中をぞわぞわさせる。

 だからと言って「私はもう、そういうのはやらないから」なんて言い放つのもなしだ。

 闇の使徒として一緒に遊んだのも事実だし、何より心配してくれたリズに申し訳ない。


「ああもう、どうすればいいのよこれ……っ」


 光の使徒、闇の使徒、ありもしない密命と裏切り。

 心配してくれたリズは、誤解を抱えたまま敵視を向けてくる。

 レンはこの状況を打破する方法を、必死に考える。


「そんなものあるはずが…………いえ、ちょっと待って」


 しかし戦う理由となったこのクエストに、一つの可能性を見出す。

 それはうまくいけば、全てをまとめて収めることができる奇跡の流れだ。


「でも、それには『闇の使徒』を演じないといけないわ。目が覚めた今、もう一度……っ」


 想像して、震える。

 闇の使徒を、ナイトメアを人目のある中で復活させるなんて、あまりに恐ろしい。


「……違うわね。それでリズに納得してもらえる可能性があるのなら、やるべきなんだわ」


 レンはリズに背を向けると、大きく深呼吸。

 頬をバシバシと叩き、覚悟を決める。

 それからあの頃の自分を思い出して、もう一度『憑依』させる。


「……フフフ、ハハハ……ハッハッハッハ」

「何が……何がおかしいというのだ!」


 突然笑い出したレンに、リズは激高した。


「決まっているでしょう? お前の変わらぬ無知蒙昧ぶりよ。やはり闇の使徒を離れたのは正解だったようね」

「どういうことだっ!!」

「レクイエム、お前は『裏切った』と言ったわね。それは一体……何をかしらぁ?」

「決まっている! 闇の使徒としての使命だ!」

「使命。それは『正義』の名のもとに傲慢な裁定を押し付ける光の者たちをけん制し、時に討つ事。そのためであれば闇に身を染めてでも深淵の力に手を伸ばす。この手段は選ばない覚悟こそが……闇の使徒が背負うもの」


 ゆっくりと振り返るレン。

 その顔には、魔女のような笑みが浮かんでいた。


「そうだ! だが貴様は闇の使徒を抜け、光の使徒と手を結んでいた!」


 レンは、あきれたように首を振る。


「フフ、闇に身を染める覚悟。それは手段を択ばぬ非情さを持つという事…………まだ、分からないの?」

「手段を択ばぬ非情さ……? ……ま、まさかっ!?」

「その通り。光の使徒と手を結ぶ? 違うわ。聖城レン・ナイトメアは、光の使徒すら――――この手中に収めてみせる」


 そう言ってレンは、冷酷な笑みを向ける。


「闇に属することに酔い、光を一方的に排除しようとする狭窄した視野こそ、私が忌避したもの」

「……ッ!」

「そして光の使徒への接触だけでそれを裏切りと断じたお前の心こそが、『闇の使徒』への裏切りではないのかしら?」

「ち、違う……違うっ!」

「そんな短慮この上ない『思い上がり』を捨てるために、この私は闇の使徒を抜けた。闇に染まりし者の覚悟に準ずるために!」

「な、ならば……その証拠を見せてみろ! 手段を選ばぬほどの非情さを得たというのであれば、その力は大きく向上しているはずだッ!!」


【暗夜剣】を手に、激高するリズ。

 するとレンはゆっくりと、リズに背を向けた。


「覚悟するのね。これまで私の前に立ちふさがった者たちは、死を目前に震えながらこう言ったわ――」


 つぶやき、再びゆっくりと振り返るナイトメア。

 その右目は、金色に輝いていた。


「――――これは、悪夢だと」


 完璧な強者の顔をのぞかせて、嗤う。


「……っ」


 その圧倒的なオーラに、思わず身体を震わせるレクイエム。


「勝負だナイトメア……闇に染まりし我が力、思い知るがいいっ!!」


 そう叫んで、手にした大剣を振り上げる。


「目覚めろ、【暗夜剣】っ!!」


 迫り来る、三日月形の闇波動。

 これをナイトメアがステップでかわすと、レクイエムは続けて【暗夜剣】で十字を切る。


「【闇十字】!」


 迫る十字型の波動。

 ナイトメアは右へステップし、片ヒザを突く。

 すると頭上スレスレのところを、闇の波動が通り過ぎていった。


「【暗衝】」

「ッ!」


 足元に黒色の波動を残しながらの突撃。

 凄まじい勢いで迫る黒騎士を前に、ナイトメアはしっかりと敵の挙動を見定める。

 単純な振り降ろしなら、回避はそう難しくない。

 足を引くだけの回避。

 生まれた隙を突いて後方へ跳躍、さらに一歩引いたところで杖を向ける。


「【連続魔法】【ファイアボルト】」


 炸裂する四発の炎弾が、黒騎士のHPを軽く削る。

 ここでさらに、魔法攻撃を狙いにいくが――。


「【黒閃天衝】」


 レクイエムが地面を強く踏むと、足元一帯に黒光の槍が一斉につき上がる。


「ッ!!」


 ナイトメアはこれを横に大きく転がることで避け、わずかに掠める程度にとどめた。

 レクイエムは迫り来る。

 大きな軌道の振り降ろしに対して、ナイトメアは下がるのではなくあえて前進して虚を突きにいく。

 狙い通り、レクイエムはわずかに驚きの表情を見せた。


「【魔剣の御柄】【フレアストライク】!」


 しかし『過去を知る』黒騎士は、魔力を近距離武器とするナイトメアの戦い方も知っている。


「甘いっ!」


 足を引くことで、上手に回避してみせた。


「どっちがかしら? ――――開放っ!」

「ッ!?」


 とっさの横っ飛び。

 御柄から放たれた火炎の砲弾も直撃とはいかず、かする程度にとどまった。


「【魔法陣牢】!」


 レクイエムは即座に反撃に入る。

 ナイトメアの頭上に浮かんだ数十の小型魔法陣から、乱射される魔力光。

 しかし普段メイの戦い方を見ていたことで、このタイプのスキルはしっかり『攻撃発生源』に目を向けることを心得ていた。


「とにかく、今は頭上だけに注意……っ!」


 弾ける魔力光に意識を集中し、半ば意地の回避で肩口を弾かれる程度にとどめた。


「【暗衝】!」


 思わず安堵の息をつくナイトメアの目前に、飛び込んでくるレクイエム。


「ッ!! 後ろっ!!」


【暗夜剣】の振り上げを、後方への跳躍で回避する。

 最後の一撃を回避できたのは、偶然だった。


「…………マズいかも」


 冷や汗をかくナイトメア。

 レクイエム、思っていた以上にだいぶ強い。

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