第274話 メイと素敵なお姉さん

 始まった最後のクエスト。

 各自が自然と戦闘を始める中、穏やかな空気を見せていたのはメイとシオール。


「お互い全力を尽くしましょうね」

「はいっ!」


 そう言ってほほ笑む、長い黒髪のプリースト。

 やや白地の多いシスター服をまとった彼女の知的な雰囲気に、誰もが見とれてしまう。

 メガネがよく似合うシオールは誰が見ても、素敵なお姉さんを地でいくトッププレイヤーだ。


「さすがトップだなぁ、余裕がある」

「でも、プリーストがソロで強いってどういうことなんだろう」

「ま、見てればわかるだろ」


 取り出したのは、女性プリーストには不釣り合いな大きさの【ゴールドメイス】


「負けませんよぉ【攻撃速度上昇】」


 自身へ補助スキルを使うと、メイスを手に走り出す。


「【聖刃】」


 掲げたメイスから広がる3本の光輪。

 メイはこれを軽やかなステップでかわす。


「やりますね、それならもう一度【聖刃】」


 続く光の輪は5本。

 惑星にかかる輪のような形状の光刃が一斉に付近に広がる。


「【バンビステップ】!」


 しかしメイはこれも、しっかり隙間を見計らって機敏なステップで回避。


「【ソードバッシュ】!」


 そのまま駆ける衝撃波で反撃を仕掛ける。


「あらあら【聖転鏡】」

「うわっととと! 【ラビットジャンプ】!」


 無形攻撃をそのまま跳ね返すスキルによって戻ってきた衝撃波を、慌てて跳躍して避ける。


「【ソードバッシュ】が範囲攻撃になるなんて、すごいわねぇ」


 この隙に駆けつけてきたシオールは、メイの着地と同時に【ゴールドメイス】を振り回す。

 これをしゃがんでかわすと、すぐにメイスが輝きを灯した。


「【聖刃乱舞】」


 一斉ではなく、7連の高速発射。

 放たれる光の輪は、メイの目前で連続射出される。


「しゃがんでから二歩後進、一歩進んで小さくジャンプ、左、右、後ろ、前っ!」

「まあ、全部……避けられた?」


 数センチ、数ミリの感覚で【聖刃】をかわす凄まじい『回避感覚』に、思わず目を見開くシオール。

 目前で放たれた【聖刃乱舞】を全弾回避したプレイヤーなど、これまで見たことがない。

 だがギリギリのところを抜けてきたメイは、シオールの目前。


「【振り降ろし】!」


 それは基礎スキルの一つである、シンプルな叩きつけ。


「【ラビットジャンプ】!」


 メイはこの単純な攻撃を、後方への跳躍でかわすと――。


「【ソードバッシュ】」


 空中から衝撃波を放つ。


「……あっ!」


 そして勢いに任せて放った【ソードバッシュ】に、思わず声をあげた。

 突き進む衝撃波に、シオールはメイスを掲げる。


「【聖転鏡】」


 予想通り、放った衝撃波をそのまま反射。

【ソードバッシュ】は、落下中で姿勢を変えられないメイに炸裂した。


「うわああああ――――っ!」


 自分の放った衝撃波に弾き飛ばされたメイは、そのまま地面を転がる。


「好機ですね! 【打撃強化】!」


 腕力系スキルの次撃威力を向上させる補助スキルを使い、倒れているメイのもとに駆けつける。

 そして思いっきりメイスを振り上げた。


「そーれえっ! 【振り降ろし】!」

「【装備変更】っ!」


 対してメイは、頭装備を【鹿角】に変更。


「とっつげきー!」


 全力で振り降ろされた【ゴールドメイス】を、鹿角パリィで弾き返す。


「ッ!!」


 互いに弾かれ、隙を晒す。

 だがもちろん復帰はメイの方が早い。


「もう一回! とっつげきー!」

「きゃあっ!」


 続けざまの【突撃】でシオールを弾き飛ばすと、メイは剣を振り上げる。


「いっくよー! ソードバッ……」


 そしてあやうく【ソードバッシュ】を撃ちかけて「てへへ」と頭をかく。

 それからあらためて、右手を高く突き上げた。


「失礼いたしましたっ! ――――おいでくださいませ、狼さんっ!」


 巻き起こる吹雪に、視界が白くかすんでいく。

 その中からゆっくりと姿を現したのは、灰色の毛を持つ巨大な狼。


「ウォオオオオオ――――ッ!!」


 響き渡る遠吠えと共に、毛並みが白く輝き出す。

 雪狼はキラキラと舞う雪片をまといながら、猛然と駆け出した。


「な、なんて召喚獣なのっ?」


 迫る、神々しくも恐ろしい巨狼。

 シオールは慌ててメイスを振り回すが、飛び掛かって来た雪狼はメイスごとシオールに喰らい付き、天を仰ぐ。

 するとその口元に、猛烈な勢いで氷煙が収束していく。


「きゃああああ――っ!」


 爆発。

 雪片を大量にまき散らしながら、シオールは地に転がる。


「ありがとうございましたーっ!」


 吹雪と共に消えていてく雪狼に、ブンブンと手を振るメイ。


「なんだあれ、カッコイイーっ!」

「あんな召喚初めて見たぞ! すげえ……っ!」


 キラキラと舞い散る氷片の中、その圧倒的な演出に観客は大喜び。そして。


「ていうか……」

「メイちゃんの方が全然上じゃね?」

「あの【聖刃乱舞】を避けちゃうんだから、メイちゃんがすごいのは間違いないんだけど……」


 これまで戦ってきたトップたちの、異常な連撃や攻撃威力に比べればどうしても見劣りする。

 メイのうっかりミス以外でダメージを取れていないシオールは、観戦者たちにはどうしても力不足に見えてしまうようだ。


「…………」


 当のシオールは、無言のまま立ち上がった。

 HPは一気に5割減。

 全身雪だらけで、演出によってパキパキ状態のシオールは『凍結』まで付与されている。

 これが雪狼の持つ特性の一つだ。


「……あちゃー、これはマズいなぁ」


 そんなシオールを見て、伏したまま慌て出すローチェ。


「ア、アア……」


 シオールはその足をふらつかせながら、唸り声をあげ始める。


「アアアアアアアア――――っ!!」


 そして、叫び声と共にスキルを発動。

【セットチェンジ】は、装備品一つ一つの変更はできないが、セットとして登録しておいた装備にまとめて交換できるというもの。


「……なんだ、あれ」


 観戦者たちが、驚きの声を上げる。

 一気に装備を替えたシオールの姿は、素敵なプリーストの面影など全くない。


「え、ええ……っ」


 メイも思わず驚きの声をあげる。


「――――全部、全部ぶっ潰してやるよ」


 そこにいたのは、ボロボロに破れた血まみれの黒胴着を腰に巻き、両手にいかつい『ナックル』をつけた、鬼のような武闘家だった。


「ええええええええ――――ッ!?」

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