第265話 現れた海竜と野生児

「もうもうっ! どうしてこうなっちゃうかなー!」


【氷海大波】によって『凍結』に追い込まれたローチェは、頬をふくらませながら地団太を踏む。

 シオールとリズは退避時に黒馬を凍結させてしまったものの、後方へ下がることで事なきを得た。

 なーにゃにいたっては、なんとなく近くの陰に入ったら無事だったという運の良さ。


「これは回復を待つしかありませんなぁ」


 こうして大きな後退を余儀なくされた四人は、「ぷんすか」と怒るローチェの回復を待つことになった。



   ◆


「海竜……やっぱり大きな展開が隠れてたわね」


 ヴァイキング船の耐久値が半分ほどまで来たところで現れた、巨大な海竜。

 放った氷の大波は港湾部を押し流し、大量の先行プレイヤーたちを後退させたうえに、凍結状態にまで追い込んだ。

 状況は一気に、参加者不利へと変わってしまった。


「レンさんの予想通りでしたね」

「さすがレンちゃんっ」


 海竜についての情報を副官から得ていたレンは、登場と同時に大技が来ることを予想。

 前半戦あまり攻めずにいたのも、進むなら「退路を探した方がいい」と注意していたのも、このためだ。

 実際建物の上をはじめとした退避場所も、用意はされている。


「でもこれで『大技』の存在とその『回避』に皆の意識が向いたはずだし……そろそろ私たちも進んでみましょうか」

「のぞむところですわ」

「いきましょう」

「りょうかいですっ!」


 メイは肩に担いだイカリを、元気よく掲げる。


「光の使徒っていうより海人ね」


 そんなメイを囲んでポーズを決める三人に、思わず笑うレン。

 先行組のほとんどは、移動速度低下と被ダメージ増大効果を持つ『凍結』によって動きを停めた。

 予想外の事態に、残された後方組は恐る恐る歩を進めていく。


「え、【炎砲射撃】っ!」


 建物の陰から弓手が矢を放ち、海竜のHPを薄く削った。

 だが当然そんな攻撃を、ヴァイキングは放っておかない。

 すぐさま、斧による攻撃を仕掛けに行く。


「う、うおおおおーっ!?」


 振り下ろされる斧。

 冷静な判断ができずにいる弓手は、いい的だ。


「それーっ!」


 迫るヴァイキングを吹き飛ばしたのは、メイのイカリ投擲。

 砂煙をあげて転がるヴァイキング・リーダーのもとに、白夜が駆け込んでいく。


「【エーテルライズ】!」


 レイピアによる連撃から、地面から突き上がる光の飛沫へとつないで見事打倒。


「ないすーっ!」


 拳を突き上げるメイに、レイピアを振り払うポーズで応える白夜。


「あ、ありがとう……」

「いえいえどういたしましてっ!」


 後方組はこうして、海竜への距離を慎重に縮めていく。しかし。


「待って! 今度は……氷結ブレスがくるわっ!!」


【浮遊】で高い建物の上に陣取っていたレンが、海竜の口元に現れた白い輝きに気づいて叫んだ。


「た、退避だ! 退避しろ――――ッ!!」


 参加者たちは、大慌てで後方へ退避。

 ヴァイキングたちも一斉に守りの姿勢に入る。


「ほら見ろ! こんなの近づけねえよ!」

「街にはヴァイキングがウロウロ、そのうえ大ボス級の海竜って難易度高えなぁ!」

「シオールたちが戻ってこないと、全滅だろこれは……」


 ヴァイキングに加えて、広範囲攻撃の連発。

 その容赦のなさに、嘆息する後方組。

 猛烈な勢いで収縮していく白色の煙を前に、必死に距離を取る。

 そんな中、さらに悲劇は続く。


「お、おいっ! そんなところで何やってんだ!」


 視線の先、まだ港湾部に近いところにひょこっと出てきたのは、12、3歳ほどの兄妹パーティ。


「もしかして、道に迷ってたのか……っ」


 イベントで訪れた初見の街の中で、迷子になっていたようだ。


「助けには……ダメだ! 今からじゃ間に合わないっ!」


 すでに大きく退避したプレイヤーたちが、彼らを連れて戻ることなど不可能だ。

 開かれる海竜の口蓋、困惑する兄妹。

 これから起こる悲劇に、誰もが目を背ける。


「――――【バンビステップ】」


 メイは、一目散に駆け出した。


「お、おいやめろっ! もう無理だ!」

「間に合うわけがない! 吹雪にやられるぞ!」

「無駄死にする気かッ!」


 吐き出された、白光の猛吹雪。

 それは混じった氷片によって大ダメージまで与えるという、即死級の一撃。

 辺り一帯を埋め尽くす白煙が、メイと兄妹をまとめて飲み込んだ。

 吹雪に包まれた一帯は即座に氷結し、一瞬にして氷の街となってしまった。


「ああー……」

「やっぱ、シオールたちがいないとダメなのか……」

「こんなの、俺たちだけじゃどうにも……」


 最悪の展開に、聞こえてくるため息。

 しかし、次の瞬間。


「「「ッ!?」」」


 荒れ狂う吹雪が、突然払われた。

 氷片がキラキラと降り注ぐ中、バサバサと大きく揺れる毛皮のマント。


「「え……?」」


 自身が助かったことに、兄妹は驚きの声を上げる。

 目前には仁王立ちのメイ。

 そして誰一人、ダメージはなし。

 奇跡のような光景に、兄妹はただただ硬直する。


「お、おい! あぶないぞっ!!」

「早く逃げろーっ!!」


 聞こえてくる後方組の叫び声。

 海竜は、困惑している兄妹に目を付けた。

 大きな身体を持ち上げて、港湾部の端に前足を乗りあげる。

 そしていまだ動けずにいる兄妹を狙って、猛然と喰らい付きにいく。


「【ラビットジャンプ】」


 プレイヤーの後退により、人気のなくなった港湾部。

 抱き合い、ただ目前の光景に呆然とする兄妹。

 メイは建物の屋根に跳び上がると、そのまま縁を蹴って再跳躍。

 空中で一回転し、飛び込んできた海竜の頭部に向けて――。


「ジャンピング……【ソードバッシュ】だああああ――――っ!!」


 荒れ狂う猛烈な衝撃波が、今まさに兄妹プレイヤーに喰いつこうとしていた海竜を吹き飛ばす。

 港湾部に凄まじい破砕音を響かせながら転がった海竜は、そのまま大きなしぶきを上げて氷海へ逆戻り。


「「…………」」


 もはや言葉も出ない兄妹。

 するとメイは、笑顔で振り返った。


「ぶじでよかったーっ!」


 やったー! とうれしそうに飛び跳ねる。

 誰もが、目前の奇跡に目を奪われる状況。

「すげー……」と合唱のようにつぶやく目撃者たち。そんな中で。


「【ソードバッシュ】……?」


 基礎スキルの異常威力に気づいたプレイヤーが、疑問の声をあげた。


「ちょっと待て、今【ソードバッシュ】って言ったよな?」

「【ソードバッシュ】があの威力って……」


 そして一部の参加者たちが、おかしな威力の基礎技というワードから該当者をはじき出す。


「…………メイちゃん?」


「ギクッ!」と、分かりやすく声が出てしまうメイ。


「これ、メイちゃんだろ!」

「間違いない! あの毛皮の子、メイちゃんだ!」

「メイちゃんだろ!? メイちゃんなんだろっ!?」

「「「メイちゃんなんだよなーっ!?」」」


 メイを知るプレイヤーたちの、一斉の問いかけ。


「あ……ええと……はい。メイです」


 メイはフードを外し、ぺこりと頭を下げた。


「「「メイちゃんだぁぁぁぁ――――!!」」」


 トップが下がり、多くのパーティが凍結で動けない。

 そんな最悪の状況下に登場した、肩までの黒髪がよく似合う正統派美少女。

 フードと一緒にちゃっかり毛皮のマントごと外して『野性味』を薄めているメイに、ウェーデンイベントは最高の盛り上がりを迎えた。

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