第163話 罠です!

「わあ……幻想的だねぇ」


 メイが感嘆の声をあげた。


「いい雰囲気出てるわね」


 ヒゲの商人たちに連れられて進むのは、地下15階。

 壁一面に走るマーブル状の鉱脈が、青緑の不思議な輝きを放っている。


「おっと、ここは一度停止だ」


 道案内を買って出たヒゲの商人が、足を止める。


「ここから十五メートルほどは、一人ずつそっと歩きで進むんだ」


 急な話に、首と尻尾を傾げるメイ。

 しかしその意外と真面目な雰囲気に、思わず「りょうかいですっ」と敬礼。

 言われるまま、尻尾を震わせながらそーっと進む。


「メイは動きがプロっぽいわね」


 獲物を狙う動物のような動きを、続くレンとツバメもちょっと真似してみる。

 そして五人の商人含め全員が問題の箇所を渡り終えたところで、ヒゲ商人が振り返った。


「見ててくれ……【ライトボム】」


 放り投げた小型の爆弾が、ポン! と小さな爆発を起こす。

 するとそこから約十メートルほどに渡って、足元が崩落を起こした。

 あっという間に床が滑り落ちていき、道に大きな穴が開く。


「一定以上の範囲を揺らすようなスキル、もしくは三人以上で同時にそこを通ると崩落が起こるってわけさ」

「しかも落ちたら地底湖の水脈に飲まれて、そのままリスポーンなんだぜ」

「何が腹立つって、一日経つと元に戻るんだよな」

「いつ誰が直しにきてんだよ。やっぱ運営か?」


 そんな『ゲームあるある』を話ながら、笑う商人たち。


「そしてオレたち採掘商人の大敵、炎の罠の前に到着ってわけだ」

「炎の罠?」


 ヒゲの商人が指さしたのは、道の途中に空いた横穴。

 距離こそ長いが、高さや横幅は狭い。


「ああ、この道は採掘場への近道になってるはずなんだがなぁ」

「これさえなければ、この後の仕掛けをいくつもショートカットできるんだよ。ただ……」


 ヒゲの商人は狭い道に三歩だけ足を踏み入れて、すぐに戻ってきた。

 するとそれから五秒後。


「え、ええええーっ!?」


 噴き出してきた真っ赤な炎が、洞穴内をごうごうと燃やし尽くす。

 そして、わずかな黒煙を残して消えた。


「この通り、通ろうとすると炎の罠が作動してリスポーンってわけだ」

「ここはもうリザードマンたちの行動範囲だからな。こういう罠があっちこっちに張られてんだよ」


 ため息をつく商人たち。

 見れば足元に、小さな魔法陣が刻まれている。


「踏んでみたり、攻撃スキルをぶつけてみたりしたんだけど、この罠はどうにもならなくてなぁ」

「まあどこかに解く仕掛けがあるんだろ。おとなしくいつもの道を集中して進もうぜ」

「解けました」

「…………は?」


 しゃがんで足元の魔法陣に触れていたツバメが、立ち上がる。


「あ、お、おいっ!」


 そのまま真っすぐ炎の洞穴内に足を進めるツバメに、慌て出す商人たち。


「話聞いてなかったんか!? 危ないから戻ってこい!」


 しかしツバメは止まらない。


「なななな何かないか!? 何かないか!?」

「あの子の魔法防御を上げるアイテムとかはどうだ!?」

「それはとっくに失敗してるやつだろ!」

「それなら炎耐性の装備を作って――」

「間に合うかぁ!! …………あれ?」


 洞穴の真ん中まで進んだところで、ツバメが振り返る。


「大丈夫です。罠は解除できています」


 ツバメの言う通り、炎は噴き出してこない。

 恐る恐る商人たちも後に続くが、やはり罠は作動しない。


「マジかよ……」

「すげー! この罠のせいでいつも回り道だったのに!」


 商人たちは大喜びで洞穴内に駆け込み、はしゃぎ出した。


「ここでも【罠解除】が役に立ったわね」


 そんな商人たちに続くレンとメイ。


「あれ、なんかここだけ色味が違ってない?」


 その途中で、不意にメイが立ち止まった。


「言われてみれば、確かに少し違うわね」


 ジッと壁を見つめた後、メイは色違いの部分を叩いてみる。


「ここだけ岩壁の返す音がおかしい」


 今度は大きく振りかぶって、強めに壁を叩いてみる。

 すると突然、その部分が崩れ落ちた。


「お、おいっ!」


 ここでも崩落か!?

 思わず息を飲む商人たち。しかし。


「……階段?」


 そこに現れたのは、岩を削って作られた階段だった。

 罠が解除できなければ、炎に焼かれてしまう道。

 そのど真ん中にある、かすかに色味の違う壁。

 長らく発見者のなかった道が、今になって発見された。


「これって……隠し通路じゃない?」

「隠し通路っ!」


 メイの尻尾が、ワクワクでブンブン動き出す。


「……16階へ向かう基本ルートからは、離れちまうだろうなぁ」


 ヒゲをさすりながら、つぶやく商人。


「しかも初見の道だ、まだ見ぬ罠がある可能性も高い。お前さんたちはどうするつもりだ?」

「いってみたいです!」

「私もです」

「せっかくの隠し通路を無視して進むってのは、面白くないわねぇ」


 メイたちが目を輝かせながら応えると、ヒゲの商人もニヤリと笑う。


「そういうことなら俺たちも……冒険と行こうか」

「ああ、そうだな」


 商人たちの意気も上がりだす。

 どうやらこの展開で、隠し通路を放置して帰れる者はいないようだ。


「よーし! このまま隠し通路に突入しちゃいましょうーっ!」

「「「おうっ!!」」」


 こうして三人は採掘チームを引き連れ、まだ見ぬ道へと踏み出したのだった。

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