第90話 無人島への漂流
どこまでも広がる青い海。
陽光降り注ぐ純白の砂浜。
わずかな森があるだけの、小さな島。
メイの【遠視】をもってしても、付近に島の一つも見つけられない。
そんな大海の、ど真ん中。
「ここは、どこなんだろう……」
レンとツバメを探して、メイは歩き出した。
浜辺をしばらく進むと、同じように辺りを見回しながら歩くツバメの姿が見えた。
「ツバメちゃーん!」
メイは【バンビステップ】を発動。
一気に砂浜を駆けると、そのままツバメに抱き着いた。
「よかったー! 無事だったんだねー!」
「はいっ」
手を取り合ったままぴょんぴょん跳ねるメイ。
ツバメも恥ずかしそうにしながら、顔をほころばせる。
「レンちゃんはどこにいるんだろう?」
「まだ見ていませんが、レンさんならこの状況を何かのクエストだと見越して、もう島を見て回っていそうです」
「そうかもしれないねぇ」
「メイー! ツバメー!」
するとそこにちょうど、噂のレンがやって来た。
「レンちゃーん!」
メイは手をブンブン振って応える。
「見た感じ、船の残骸があるくらいで海岸沿いに目立ったものはないわね」
ツバメの予想通り、辺りを観察していたようだ。
「それにしてもまた……聞いたこともないような展開に巻き込まれたわねぇ。海流に流されて見知らぬ島にたどりつくなんて」
予期せぬ展開に、楽しそうに笑うレン。
「メイの【遠視】で、何か見えたりしない?」
「海しか見えないんだよー」
「今度は……ここから出るのに7年かかったりして」
「ええー!? そんなの困るよー! やっとジャングルから出てきたのに、今度は無人島だなんてー!」
そう口にして、急に硬直する。
「どうしたの?」
「今回はレンちゃんもツバメちゃんもいるし、最悪……野生児三姉妹に……っ!!」
メイはあわあわと、うろたえ始める。
「誰かに発見されるまでに、この島を森の要塞にしましょう」
「何のために」
「そして踏み込む者たちを独自の法で裁く、危険な部族になるのです」
「何のためによ。私たちを初めて見つけたプレイヤーは、めちゃくちゃワクワクするだろうけど」
見知らぬ島に住む、独自の法を持つ部族になる。
時々妙なことを言い出すツバメに、しっかりとツッコミを入れるレン。
「…………あなたたち、何者?」
すると突然、声をかけられた。
「うわー! 危険な部族だー!」
「ま、まさかすでに先住民族がいたとはっ!」
突然現れた20代前半くらいの女性に、跳び上がるメイたち。
現れたのは、ボロボロのシャツにズボンを履き、剣を提げたNPCだ。
長い黒髪を一本にまとめ、日焼けした顔つきには精悍さを感じる。
「あ、あの、海流に流されて、気がついたらここにいたんです」
メイが説明すると、お姉さんNPCは「なるほど」と息をついた。
「私は乗っていた船が化け物に襲われてここに流れ着いたんだけど……運が良かったのか悪かったのか……」
「助かったんだから、良いんじゃないの?」
疑問を口にするレン。
するとお姉さんNPCは、ため息をついた。
「生きて島にたどり着いたところまで良かったんだけどね、ここから出られないのよ」
「通りかかった船に助けを求めたりとかはできないの?」
「この島の周りは海流が複雑でね。ここから出るのにも、助けに来るのにもすごく時間がかかるの。そうしている間に『ヤツ』に船ごと潰されてしまうのよ」
「ヤツ?」
「海の化物よ。その名は――――クラーケン」
「……なるほどね」
レンは納得したようにうなずいた。
「海面に顔を出してる残骸たちは全て、この島からの脱出を計ってクラーケンに沈められた船たちよ」
そう言って再び、ため息を吐く。
見れば確かに、そこかしこに半壊の船が沈んでいる。
「あ、あのっ、お姉さんはここに来てどれくらいになるんですか?」
遠く海を見つめるお姉さんNPCに、メイが恐る恐る問いかけた。
「私はここにたどり着いてもう……三年になるわ」
「え……ええええええ――――ッ!?」
「今じゃすっかり、ここでの生活にも慣れてきたわね」
「さ、三年……たたた大変だよ……っ」
メイは強く拳を握った。
「レンちゃん! クラーケンを倒そう!」
「どうしたのよ、そんなに慌てて」
「だってここから出ないと、本当にみんな野生児になっちゃうよ!!」
「そんな大げさな……」
そう言うと、メイは真っすぐにレンを見つめる。
「レンちゃん、お姉さんはもう……なりかけなんだよ?」
「なりかけの野生児って何よ……」
ついにその手を仲間にまで広げ出した『野生』を前に、いつになく真剣なメイ。
確かにボロボロの服に剣だけ持ったNPCの姿は、かつてのメイのような雰囲気がある。
「……ん」
野生児なりかけ姉さんが、不意に視線を海へ向けた。
「ヤツが……帰って来る。クラーケンがいる以上、私たちは決してこの島から出られないのよ……っ」
穏やかだった海が、波打ち始める。
無人島の海に差す、巨大な影。
「なるほどね。生きてここから出るのにクラーケンとの戦いは必須みたいだし、こんな変わり種クエストを逃す手はないわねぇ」
ここまでに二度、一応退散させてるというのがこのクエストの発生条件なんだろうとレンは予想。
「海魔の王戦では散々苦しめてくれたものね。ここでしっかり決着をつけて、ルルタンの裏クエストまでしっかり攻略しておきましょう」
そう言って、レンは杖を取る。
「新武器のお披露目ができそうです」
ツバメも【グランブルー】を手に、気合を入れる。
始まる、最後の戦い。
「……また、嫌な位置で止まるわね」
メイたちの姿を見つけたクラーケンは、砂浜から二十メートルほど離れたところに位置取った。
普通の魔導士なら、ヒザまで海に入らないと魔法が届かない距離だ。
「くるっ!」
メイはすぐにその挙動を察知。
クラーケンが一気に触手を伸ばして来る。
「【アメンボステップ】!」
海面を蹴って走り出す。
一斉に迫ってくる触手の隙間をかいくぐり、メイはクラーケンの懐へ。
「ッ!! 【ラビットジャンプ】!」
そしてこれまでにはなかった触手による『突き』を、跳躍でかわす。
「【アクロバット】!」
空中で一回転し、そのまま海中へ。
水飛沫と共に跳び上がってきたメイに、再び触手が迫る。
そしてメイの【聴覚向上】は、『到達』を察知した。
「がおおおおーっ!」
【雄たけび】で、クラーケンの動きを止める。
「ツバメちゃん、おねがいっ!」
メイは再び海に落ちる。
「【アサシンピアス】」
硬直の中にあるクラーケン。
船の残骸を跳んで来たツバメが突然姿を現し、【ダブルアタック】の乗った一刺しでいきなり三割ほどHPゲージを消し飛ばした。
それを見て、「やった!」と拳を握る。
「負けられないよ……。お姉さんを、みんなを……野生の魔の手から守るためにっ!」
メイは明らかに、周りとは違うモチベーションをたぎらせていた。
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