第59話 盗って盗られて盗り返されて

「無事に盗めてよかったぁ」

「まさか30回もやることになるとは……」

「見事にハマってたわね」


【幸運】を『10』上げても、ハマる時はハマる。

 これも確率要素の醍醐味だ。


「でもこういう潜入クエストも楽しいね。ワクワクしちゃったよ!」

「次は最後まで隠密を貫く形でいきたいわねぇ」


 最後まで気づかれずにミッションを成功させた時の『してやった感』も、なかなかのものだとレンは語る。

 野盗の砦を出るメイたち。

 ツバメの手には、頭領から取り戻した腕輪がしっかりと握られている。

 そのまま三人が、乗ってきた大ヒヨコのもとに戻ると――。


「【スティール】」

「……む」


 首を傾げるツバメ。

 なんとその手から、腕輪が奪われていた。


「腕輪は返してもらったよ!」


 現れたのは、少年っぽい見た目をしたショートパンツ女子。

 頭の小さなシルクハットと長めの外套を見て、レンが青年の言葉を思い出す。


「もしかして、怪盗!?」

「その通り! これは頂いて行くよ、野盗さん!」

「誰が野盗よ!」


 怪盗に迫ろうとするレン。

 しかし、レンが動き出そうとしたまさにその瞬間。


「それから。君たちには少し反省してもらうよ! 【オールスティール】!」


 怪盗のスキルが、メイたち三人全員の装備品を奪い取った。


「え……ええええーっ!?」

「全部まとめて!?」


 装備品を全て外すと、タンクトップにショートパンツという『インナー姿』になるのが『星屑』のシステムだ。

 見事に三人、心もとない姿にされてしまう。


「さて、これはあの青年に返しておかないと。装備はラフテリアの酒場にでも預けておくから、しばらく反省してね。それじゃっ!」


 そう言い残して怪盗は、早いステップで去って行く。


「……や、野盗から盗み返したアイテムを、さらに盗まれるって何よ!?」


 まさかの展開に、言わずにはいられないレン。


「あいつから腕輪を奪い返さないと、手柄は取られちゃうってわけね。攻略にも載ってない分岐なんて、なかなか面白いじゃない」


 確率で起きるのか、何かフラグがあったのか。

 怪盗が登場するパターンなんて聞いていない。


「急に薄着になると、少し恥ずかしいです」


 一方ツバメは、わずかに顔を赤くしていた。そして。


「……二人ともどうしたの?」


 そんな中、南国の猫少女みたいな格好になったメイが首と尻尾を傾げる。

 気づけばレンとツバメの視線が、メイに集まっていた。


「意外と普通な感じだなと思ってね」

「はい。てっきりメイさんは野生の獣のような筋肉に、歴戦の勇者のような傷を全身に負っているものとばかり……」

「そんなわけないでしょーっ!」


 本来成長期を7年もジャングルで大トカゲと戦い続けたメイは、筋骨隆々のアマゾネスでなければおかしいのだが、さすがにここでは普通の女の子だった。


「ところで、この距離ってどう?」

「【加速】で追いつくのは難しいです」

「そうだねぇ」


 装備品による補正もない状態では、先行されてしまったのは大きな痛手だ。


「メイの【裸足の女神】だったらいけるんじゃない?」

「うっ」


 使うのが少し恥ずかしい、野性味の強いスキルが挙がって、思わず後ずさるメイ。


「心配しなくても大丈夫よメイ……今、もう裸足じゃない」

「あっ」


 言われてみれば、と手を叩く。


「そういうことならまかせてっ! 【裸足の女神】!」


 そのスキルの発動条件は、足装備を外すこと。


「最初から裸足なら、意外と恥ずかしくないかも!」

「お願いしてもいい?」

「うんっ! それじゃ行ってくるね【モンキークライム】!」


【裸足の女神】の効果は、移動系スキルの上昇。

 跳躍一つで、軽々樹上に跳び上がる。

 するとメイの【遠視】が、怪盗の背を捉えた。

 しかもここは山中。【密林の巫女】が怪盗を追うための道を作り出す。

 猛烈な速度で樹上を進むメイ。

 一気に怪盗との距離をつめていく。


「待ってー!」


 怪盗少女が振り返る。

 そこにはタンクトップ姿で木々を跳びはねる、野生児の姿が。


「やるね。でもあたしを捕まえられるかなっ?」


 余裕の挑発をかまし、山中を駆け抜けていく怪盗少女。


「【バンビステップ】!」

「……あれ?」


 しかし、その差は狭まっていく。

 むしろメイの方が早い。


「それならっ!」


 怪盗は大きなジャンプで崖に上がる。


「【ラビットジャンプ】!」


 これもメイの方が速いし高い。


「そ、それならこうだっ! 【投擲】!」


 すると怪盗はついに、短剣を投じてきた。


「うわあっ!」


 バランスを崩し、枝から落下するメイ。


「へへっ、悪いねっ!」


 怪盗は勝利を確信する。しかし。


「ありがとう!」

「うそ!?」


【密林の巫女】の効果で伸びてきた茂みネットが、見事にメイを受け止めた。


「いくよー! 【ラビットジャンプ】!」


 メイはネットを踏み台にして大きな跳躍。そして。


「やああああーっ!」

「うわあーっ!」


 そのまま怪盗女子に抱き着いた。


「つかまえたーっ!」


 その腕にギュッと力を込めて、放さないメイ。

 するとそこに、遅れてツバメとレンがやって来る。


「ま、まさか野盗につかまるなんてーっ! これは青年に返さないといけない物なのに!」


 暴れる怪盗。


「私たちはその青年に頼まれて、野盗から腕輪を取り戻してきたのよ」

「……え?」


 まさかの言葉に、硬直する。


「本当に?」

「はい」


 うなずくツバメと、突き刺さるレンの視線。


「ええと…………てへっ」

「メイ、角で突いていいわよ」

「ご、ごめんなさーい!」


 そう言い残して、怪盗は逃げ出していく。

 その場にはしっかり、装備品と腕輪が残されていた。


「今度こそ、クエストクリアだねっ!」


 すぐさまブーツをはいたメイは、うれしそうに拳を突き上げた。



 ◆


 こうして怪盗から装備品と腕輪を取り戻した三人は、青年のもとへ帰ってきた。


「ありがとう……これは大事な形見なんだ」


 そう言って青年は、手にした腕輪を大切そうに眺める。


「そうだ。お礼と言ってはなんだが、この【強奪のグローブ】を持って行ってくれ」


 今回の報酬はこのスキル付きアイテム【強奪のグローブ】


「腕輪が帰ってきてくれただけで、僕には十分なんだ」


 青年はそう言って、うれしそうに祖父の腕輪を掲げてみせた。


「祖父の形見であるこの……【窃盗の腕輪】が」

「どれだけ盗みたいのよ」

「考えてみれば、登場人物が全員泥棒でした……」


 盗人しか出てこなかったクエストに、思わず苦笑いの二人だった。

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