第58話 盗みます!

 厨房でのピンチを乗り越えた三人は、野盗の砦を行く。


「何か話し声が聞こえて来るよ」


 メイの猫耳がぴくっと動く。

 足音に気をつけて進むと、その先の部屋には五人の野盗がくつろいでいた。


「ここを抜ければ、いよいよ頭領のお出ましって感じかしら」


 何やら得意げに盗品を自慢する男に、四人の視線が向いている。

 まずはその死角をこっそりと抜け、積まれた酒樽の裏に身を隠す。


「野盗の配置から見るに……ステルスで倒していけってことですね」

「どういうこと?」

「隠れたまま進むのは不可能だから、何かしらの手を使って野盗を動けなくするのよ」

「なるほどー」

「行きます――――【隠密】」


 ツバメの姿が消える。

 数秒後、少し距離を置いたカウンターで酒を飲んでいた野盗が崩れ落ちる。

 しかし夢中で話す四人は、それに気づいていない。


「すごーい」


 小声のメイが、目を輝かせる。

 まだここでは終わらない。ツバメは一度うなずくと再び【隠密】で姿を消す。


「行くわよ、メイ」

「りょうかいです」

「【紫電】」


 突然、部屋を駆け抜ける紫色の電光。


「ぐああっ!?」


 現れる小柄なアサシン。しかし野盗たちは感電して動けない。


「【魔力剣】」

「【電光石火】」


 レンとツバメの攻撃が、二人の野盗を黙らせる。


「【バンビステップ】【キャットパンチ】からの――【キャットパンチ】」


 ステップで接近して打撃、続くステップで再び打撃。

 この流れでメイは、一気に二人の野盗を打ち倒した。


「猫パンチは硬直が本当に少ないわね。やっぱりいいスキルかも」

「でも、この部屋を抜けるのって一人だとすごく難しそうだね……」


 倒れた野盗たちを見ながら、メイがつぶやく。


「攻略法は他にもいくつかあったと思うわよ」

「メイさんに頼るなら、照明を壊して真っ暗にする方法もありかと」

「正解は一つだけじゃないんだぁ」


 食事に眠り薬を入れて食べさせる方法などもあったりするのではないかと聞かされて、感心するメイ。

 この部屋には、階下へと通りる階段があった。

 その先は最奥。

 これまでよりも広いその空間には、十五人ほどの野盗が詰めていた。

 まずは、出入り口の陰に身を隠す。

 頭領らしき男の腕に、盗品の腕輪がはめられているのを確認。

 ツバメは【強奪のグローブ】を装備して【幸運の実】を使用する。


「いきます」


【隠密】で姿を消すツバメ。

 メイはグッと拳を握って応えた。

【スティール】を使えば、その瞬間成否にかかわらずツバメの姿があらわになる。

 その時に窃盗に成功していれば戦うも逃げるもよし、失敗していれば頭領からの窃盗を続けなければならない。

 走り出す緊張感に、ワクワクし始めるメイ。


「…………【スティール】」


 あらわになるアサシンの姿。


「ッ!!」


 その手に腕輪はなし。

 秘密裏の窃盗は、失敗に終わった。


「さすがにこればかりは仕方ないわねっ!」


 部屋へと駆け込むレンに、メイも続く。


「なんだこいつら! どこから入って来やがった!」

「知るもんか! とにかく絶対に逃がすな、後悔させてやれ!」


 一気に沸き立つ野盗たちは、その手に武器を取り襲い掛かって来る。


「実はこの手の隠密ゲームの『バレて見つかった後のヤケになる』感じ、割と好きなのよねっ!」


 レンは笑いながら杖を取り出す。


「こうなったらもう遠慮はいらないわ! 【フレアアロー】!」


 野盗たちが一斉に消し飛ぶ。


「頭領は倒しちゃだめよ。盗まないといけないクエストだから!」

「りょうかいっ! 【ソードバッシュ】!」


 メイの剣に吹き飛ばされた野盗が、他の野盗を巻き込み倒れる。

 一気に五人ほどを倒した二人は、それでもしっかり頭領の動きに注意を向けていた。

 最奥まで踏み込まれた状態で頭領が取る行動は、目の前のツバメに魔法を放ってからの――――逃亡。


「メイ、例のやつお願いっ! この部屋の感じなら間違いなく活きるわっ!」

「そうだねっ! いくよー!」


 メイが右手を突き上げる。


「よろしくお願いいたしまーす!」


 輝く【召喚の指輪】

 床に現れた魔法陣から、巨大なクマが現れる。

 そして狙い通り床に空いた穴、ボスの逃げ道を『むぎゅ』と塞いだ。


「【紫電】」


 感電によって動きを止めた野盗に、レンが【連続魔法】を叩き込む。


「【ソードバッシュ】! からの――【ソードバッシュ】!」


 メイは早い動きで一気に野盗を斬り倒す。


「くっ……」


 これで残るは、逃げ道をふさがれて動けずにいる頭領のみ。

 意外にも戦いに特化したタイプではない頭領は、壁際に追い込まれて悔しそうに唇を噛んでいる。

 メイたちは、そんな頭領を取り囲む。


「もう、どこにも逃げられないわよ…………これだと私が悪者みたいね」

「服装のせいか風格が出ています」

「とにかく早く盗んじゃってよ」

「【スティール】」


 ……失敗。


「【スティール】」


 ……失敗。


「【スティール】っ!」


 ……失敗。

 やはり【幸運】の低さがネックなのか、上手くいかない。

 クエスト要件は『盗み返す』ことだ。

 倒して奪うことができないため、一人残った頭領を囲んだまま何度も【スティール】を使うというシュールな展開に。


「これ、どっちが野盗なのかしら」

「……おら、とっとと出さんかい」

「乗っからなくていいのよ」


 まるで怖くない、棒読みのツバメに苦笑いするレン。


「あはははは……」


 人の住処に押し入って、野盗に野盗まがいのやり方で迫る。

 武器を持って一人を囲む三人という図には、メイも苦笑いをこぼす。


「【スティール】【スティール】【スティール】……」


 ツバメの「スティール」が響き続ける砦内。

 頭領の逃げ道を物理的に塞いだプレイヤーは、サービス開始以来初めてのこと。

 姿を見せた状態で、正面から【スティール】を連発するプレイヤーも、当然初めてのことだった。


「【スティール】ッ!!」

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