第37話 大物です!
メイたちの前にやって来たのは、仙人のような見た目をした釣り老人。
七色に輝く作り物の小魚を見て、感慨深げに目を細める。
「それを一体どこで……?」
「湖の底で見つけましたっ」
「何か知ってるの?」
レンがたずねると、釣り老人は遠く湖の先に目を向けた。
「その七色の輝きにだけ、ヤツは反応する」
「ヤツ……?」
「この湖には、深紅の巨大魚がおる。その大きさは大猿ですら飲み込むほどだ」
「モンスターを飲み込むサイズなの……?」
「ジャングルに住む者たちの間でさえ、その存在が幻とされているまさに伝説の魚だ。ヤツを釣り上げるにはその七色の輝きが必要になる」
「この小魚は、その巨大魚を釣り上げるためのアイテムだったのね」
「ルアーというやつでしょうか」
「だが、ヤツの力はあまりに強い。下手に挑もうものなら湖の底に引きずり込まれてしまうだろう。これまで幾人もの人間が挑んでは破れていった。誰一人として、ヤツを釣りあげることはかなわなかったのだ」
しかしそんな言葉を聞いて、三人は表情を輝かせる。
「どうしたら釣れるんですかっ?」
尻尾をブンブンさせながら、メイが問う。
「それでも挑みたいというのなら、これを使うがいい」
釣り老人はそう言って、古木で作られた釣竿を寄こしてきた。
「ジャングルに生える特殊な木の枝で作ったその竿は、強靭にしてしなやか。ヤツがどれだけ暴れようとも折れることはない」
「おおー! ありがとうございますっ!」
ぺこりと頭を下げるメイ。
【古木の釣り竿】は見るからに年季が入っていて、かなり雰囲気がある。
「これに湖の底で見つけた『七色に光る小魚』を付けるわけね。さっそくいってみる?」
「もちろんだよ!」
メイは【古木の釣り竿】を振り、ルアーを遠くへ投げる。
「楽しみだなぁ」
「巨大魚、見てみたいです」
ワクワクしながら、巨大魚の登場を待つ三人。
すると、数分後。
「……あれって、もしかして」
メイの【遠視】が、いち早くそれを捉えた。
巨大な影が、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
「何あの大きな魚影……これはもう『幸運』とかが関係ない真っ向勝負ってこと?」
レンがそうつぶやいた、次の瞬間。
ものすごい強烈な力で、釣り竿がしなり出した。
「きたーっ!」
釣り竿が、真下を向こうかというほどに湾曲する。
湖面が一気に荒れ出し、波打ち出す。
巨大魚はその身を一度、深く沈めた後――。
水上に大きく一度、跳ね上がってみせた。
「なによあれ……」
サイズ的には、人間対クジラのような状況だ。
「おいおい、なんだあれ!?」「とんでもないことになってやがる!」「あんなの釣り上げられねえだろ!?」
釣りプレイヤーたちも、そのめちゃくちゃな大きさに集まって来る。
「うわわわわー!」
巨大魚は止まらない。
ものすごい勢いで水中を動き回る。
「うわああああー!」
メイを水中に引きずり込もうと、右へ左へ動きながら猛烈な勢いで引っ張り回す。
「うわわわわわあー!」
あまりに強いその力に、メイの悲鳴が響き渡る。
見ればその尻尾も、ビリビリと激しく毛羽立っていた。
竿は限界までしなり、湖には大きな波紋が次々に生まれる。
とてもではないが、一人の少女にどうにかできるような相手ではない。
相手は、まさしく化物だ。
「…………なあ」
やがて、その様子を食い入るように見ていた一人の冒険者がつぶやいた。
「なんだ?」
「あの子さっきからすごい困ってる感じだけど、全然引きずり込まれないな」
「……た、確かに」
ものすごい勢いで引かれる糸、激しい波を起こす巨大魚の動き。
「うわあああああーっ!」
その凄まじいパワーにあげる悲鳴。
それにも関わらずメイは、全くバランスを崩していないどころか、その足を一歩も動かされていない。
巨大魚の圧倒的なパワーから、段々メイの岩のような胆力へと驚く方向が変わっていくプレイヤーたち。
「言われてみれば、リアクションと状況に差があるわね……」
その場を一歩も動かないメイに、レンとツバメも感嘆する。
「でも、釣りあげるにはもっと力が必要みたいね。ツバメ、いきましょう!」
「はい!」
メイの腕力で釣れないということは、そもそも複数人の参加が前提なのではないか。
そう考えたレンは、ツバメと共に釣竿を持ったメイの腰に抱き着いた。
「これならどうかしら!」
三人で思いっきり引っ張る。
それでもまだ、巨大魚を釣り上げるには至らない。
やはり腕力値の合計が関係しているのか、状況は膠着したままだ。
「どうやら、あれを釣り上げるには協力が必要みたいだな」
「助けにいきましょう!」
様子を見ていた釣りプレイヤーたちが、メイを引っ張るレンやツバメを引っ張り始める。
するとそこへ、プリーストが駆けつけて来た。
「支援します! 【パワーレイズ】!」
メイたちに次々と、腕力値向上の補助魔法をかけて回る。
「ありがとうっ!」
いよいよめちゃくちゃに暴れ回る巨大魚。一進一退の攻防が続く。
しかし確実に、メイたちが巨大魚を引き寄せ始めた。
「もう少しだ!」
「もうちょっとで釣れるぞ!」
じわじわと水面に近づいて来る巨大魚。
その全身が、見えたところで――。
「やあああああああーっ!」
気合いの掛け声と共に、メイが【古木の釣り竿】を振り上げる!
水中から釣り上げられた巨大魚が、大きく宙を舞う。
盛大な水しぶきをまき散らしながら、巨大魚はメイたちの後方に落下した。
「やったああああ!」
まさに完全勝利。ピョンピョンと謎のダンスでよろこぶメイ。
「みなさん! ありがとうございますっ!」
うれしそうに頭を下げるメイに、釣りプレイヤーたちも一緒になって歓声をあげる。
こうして湖に隠されていた巨大魚クエストは、食いしん坊な猫みたいになってる少女と釣りプレーヤーたちの協力によって、無事クリアとなった。
「……でもこの魚、どうしたものかしら」
何かの素材になる感じもなければ、売れる感じでもない。
巨大魚を前に、迷うレン。
するとツバメが歩き出し、三姉妹のもとへ。
「魚、また釣れました」
「いや、さすがにそれは……」
三姉妹の夕食として普通に提案したツバメに、思わずツッコミを入れる。
三姉妹は、目の前に置かれた巨大魚を見て――。
「はいっ! ありがとうございます!」
大喜びで受け取った。
「食べるんだ……」
「今夜は焼き魚です!」
「……正確には、今夜『から』じゃないかしら」
数か月は焼き魚生活を覚悟しておいた方がいい。
これにはさすがに、言わずにいられないレンだった。
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