第29話 ジャングルの守り神

「……くんくん」

「メイ、どうしたの?」

「この嫌ーな甘い匂いは……近くに敵がいるかも」


 ジャングルの遺跡深部。

 そう言ってメイは、注意深く鼻を鳴らす。


「前のジャングルで大きな花のモンスターがいたんだけど、それと似てるんだよ」

「匂い……? それもメイさんのスキルですか?」

「そういうことね」

「メイさんは、一体……」


 遺跡の仕掛けに次々と対応してみせるメイに、ツバメはいよいよ不思議そうにする。


「でも、この時点でもう敵の出現が分かってるっていうのは大きいわね」

「そうなの?」

「ねえツバメ。敵が現れることは分かってるし、向こうはこっちに気づいてないはず。【アサシンピアス】って、使えない?」


 レンがそう言うと、ツバメはうなずいた。


「そうですね、やってみます」


 ツバメの姿を消すスキルは、発動後は常時MPを消費し続けるため使いっぱなしとはいかない。

 だが、この後敵が出ると分かっていれば消費は少なくて済む。


「【隠密】」


 スキル発動と同時に、ツバメの姿が消える。


「わあ、本当に消えちゃった」


 尻尾を振りながら、メイはツバメがいるはずの辺りをくるくると回って確かめる。

 完全に視界から消えてしまったツバメと共に、メイたちは柱の続く方へ。

 そこには、両開きの重厚な石扉があった。

 そしてメイの言う通り、扉に絡みつくように一輪の巨大な紅花が生えている。


「おそらく、扉に近づいたところで急に襲い掛かってくるんでしょうね」

「あ、それで驚かされたことあるよ!」


 数年前にはメイも喰らわされた、擬態からの唐突な攻撃。

 そんな得意技を持つ花の魔物は、しかし。


「【アサシンピアス】」


 その花弁の根元に、いきなりダガーを突き刺されてビクリと大きく痙攣した。


「すごい!」

「中ボス相手に一撃で6割って……ツバメのおかげで一気に勝負が有利になったわね」


 HPゲージを半分以上消し飛ばした恐ろしい威力に、驚きながらモンスターのもとに駆けていく二人。

 花の化物はその身をブルブル震わせて、即座に第二形態に入った。

 花弁の下から伸びる多量の触手が、一斉に襲い掛かって来る。


「【バンビステップ】! 【アクロバット】!」

「【加速】! 【跳躍】!」


 これを移動スキルの組み合わせで回避する、メイとツバメ。


「これの回避は、私にはちょっと厳しいわね【ファイアウォール】!」


 レンのもとに伸びて来た触手は、炎の壁に弾かれる。


「レンちゃんはわたしが守るっ!」

「お手伝いします」


 炎の壁が消えると同時に、レンの前に立ったメイとツバメ。


「【ソードバッシュ】!」


 複数の触手を、メイの爆弾級ソードバッシュがまとめて吹き飛ばす。


「【電光石火】!」 


 その隙を突いて来たものは、ツバメが早い動きで斬り落とす。

 こうなれば、自分を守る必要がなくなったレンがすべきことは一つだけ。

 メイの【ソードバッシュ】で見通しがよくなったところに、【銀閃の杖】を掲げる。


「二人ともありがとう! 【フレアストライク】!」


 放たれた爆炎は一気に、モンスターを焼き尽くす。

 メイとツバメは、すでに動き出していた。


「【加速】【紫電】」

「【バンビステップ】! 【ラビットジャンプ】!」


 焼け焦げた巨花のもとに正面から迫ったツバメの【紫電】が、動きを止めた。


「やああああ!」


 そこへ中空から飛び込んで来たメイの剣撃で、わずかに残ったゲージを削り切る。


「やったー!」

「三人でのコンビネーションもいい感じになってきたわね」

「うんっ」


 うれしそうにうなずくメイ。


「ところで、ツバメの【紫電】ってどういう効果なの?」

「威力はそこそこなのですが、付近にいる敵にも感電します。その際のショック状態は初撃が長く、その後はかなり短くなります」

「なるほどね……それなら一つ連携が作れそう」


 レンの提案を聞きながら、三人重い石扉の前へ。

 するとメイの『笛』が光り、ゆっくりと扉が開き出した。

 三人が足を踏み入れるとまた、扉は固く閉ざされる。

 そこでは、木々の根が道を作り出していた。

 真っすぐに進んでいくと、巨大な緑色のクリスタル。


「これもぽーたる?」

「そうみたいね」


 手を乗せると、まばゆい光が広がっていく。

 三人が目を開くとそこは、広大な緑の空間だった。

 足元には一面、コケに覆われた木の根が無数に行き交っている。

 ポツリポツリと生えている木々の葉は、黄緑から緑のグラデーション。

 そしてマップの真ん中には、枝を重ねて作った鳥の巣のようなものがあった。


「この子が守神様かな?」


 鳥の巣で寝る乳白色の小鹿を起こさないよう、ささやくメイ。


「か、かわいい……」


 その神秘性より、可愛さにみとれるツバメ。


「特に問題はなさそうだけど……」


 静かで神秘的な空間。レンがそう口にした次の瞬間。


「「「ッ!?」」」


 無数の木の根で編まれた天井が爆発して、弾け飛んだ。

 空いた穴から飛び込んで来たのは、武器を抱えたハンターたち。


「いたぞ! 守神だ!」

「そいつさえいなけりゃジャングルは俺たちのものだ! やっちまえ!」


 ハンターの一人がボウガンを放つ。

 その矢は、小鹿の背部に突き刺さった。


「ひどいーっ!」

「だ、大丈夫でしょうか」


 まさかの展開に、驚きふためくメイたち。

 背に矢を受けた小鹿はしかし、ゆっくりと立ち上がる。そして。


「――――グルルガァァァァァァァァァ!!」


 地面を大きく揺らすほどの咆哮をあげた。

 その身体はあっという間に巨大化していき、家を蹴りつぶせるほどになる。


「う、うわああああああ――――っ!!」


 大きく伸びた角から青い雷が放たれて、ハンターたちがまとめて消し飛ばされた。


「……なるほどね、後は私たち次第ってことかしら。メイ、ちょっと笛を吹いてみてもらえる?」

「う、うんっ」


 滝で見つけた笛を吹くメイ。

 しかし守神は、怒気に彩られた狂眼を向けてくる。


「また後でお願い! くるわよっ!」


 その角に青い雷をまとわせた守神との戦闘が、今始まった。

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