第19話 エンジェルフォール

 ついに始まった大型イベント。

 メイとレンの二人は、密林を進む。


「昨日はワクワクして、なかなか眠れなかったんだぁ」

「分かるわ。私もいつもより早く目が覚めちゃったし」

「あ、ちょっと待って【投石】!」


 メイの投じた石が、木々の隙間に消えていく。

 直後、遠くからけたたましい鳴き声が聞こえて来た。


「……本当に、とんでもないわね」


【遠視】による早い索敵からの遠距離攻撃。

 今日もメイの野生スキルたちは絶好調だ。


「あれ、もしかしてジャングルを抜けるのかしら?」


 木々の隙間から見えて来た風景は、青空。

 二人並んで、植生の終わりへ駆けていくと――。


「うわ……」


 レンが思わず感嘆の声をもらした。


「滝だー!」


 眼下に広がる広大なジャングル。

 そして足元には、目もくらむような高さを誇る滝。

 今回のステージは、テーブルマウンテンをマップの中心に配置した作りになっているようだ。

 メイたちのスタート地点は、この切り立った崖の上だった。


「ギアナ高地みたい」


 レンがつぶやく。

 メイが【聴覚向上】で聞いたのは、勢いよく流れ落ちていく水の音だったようだ。


「あの人だかりは何かしら」

「行ってみようよ!」


 メイとレンは、まさに水の落ち際に集まった十数人のプレイヤーたちのもとへ。

 その視線は眼下、滝の途中に生えた木々に向けられていた。


「あれが目当てみたいね」


 崖の途中、茂みのような生え方をした木々の中に一本、長く伸びた枝が見える。

 その先には、陽光に反射して輝く何かが引っかかっている。


「ダメだな。弓矢で当てるのはムリだ。風もあるし」

「魔法も届かないなぁ」

「仮にうまいこと枝から落としても、ひろいに行くのに時間がかかりすぎる。その間に取られちまうよな……」

「もう、飛び降りて取るしかねえのかなぁ」

「この距離だぞ? 目測で飛び降りるのはキツくないか? うまくいけばまだしも失敗したらムダ死にだぞ。イベント開始早々に無意味なデスペナルティは背負いたくねえよぉ」

「その前に普通に怖えよ」


 集まったプレイヤーたちは、イベントアイテムを手にするために試行錯誤しているようだが、うまくいっていない。


「……オレ、行くよ」

「本気か?」

「ああ。せっかくのイベントだからな、オレの生きざまを見せてやる!」


 そう言って弓手の青年は大きく深呼吸。

 勢いよく走り出す。


「行くぞ……行くぞ……おらあああああーっ!」


 そしてそのまま、崖から飛び降りた。


「あああああぁぁぁぁ……ぁぁぁ……ぁぁ……ぁ……ぁ」


 青年は真っすぐに崖下へ落ちていく。

 木に引っかかった何かに触れることもなく、遥か下へと消えていった。


「こ、こんなのムリだろ!」「行けるかぁ!」「これは怖すぎ……」


 イチかバチかで飛び込んで行ったチャレンジャーが全力の飛び降りを披露したことで、プレイヤーたちが震え上がる。


「これは一度あきらめて、他に行くか」

「そうだな……」


 こうして、誰もが諦めかけたその時。


「……思ったより、早い出番になったわね」


 レンが一言、そうつぶやいた。


「メイ、次は私たちの番よ。私にしっかりつかまってて」

「うんっ」


 メイが、レンに抱き着く。


「ま、まだちょっと早いわよ」


 なんの躊躇もなくギュッと抱き着いてきたメイに、ちょっと恥ずかしくなるレン。


「……おお」


 そんな光景に、散り始めていたプレイヤーたちが目を奪われる。

 するとレンは、メイの手を取って滝の方へと歩き出した。


「お、おい、どうするつもりだ?」


 その迷いない歩みに、皆が困惑する。


「レンちゃん?」

「大丈夫。信じてついてきて」


 レンは止まらない。

 崖の先端にたどり着いたところでメイの身体を抱きしめると、そのまま――――飛び降りた。


「オオオオオオオオイ!!」

「さっきのムダ死にを見てなかったんか!!」

「イチかバチかでも、普通一人ずつ行くだろ!?」


 まさかの事態に慌てふためくプレイヤーたち。しかし。


「わあ……」


 メイが感動の声をあげる。


「さっそく新スキルが役に立ってくれたわね」

【浮遊】の効果で、二人は抱き合ったままふわふわと落ちていく。

「なんだあれ……」

「美少女二人が抱き合いながら、巨大な滝を降りていく」

「これが……エンジェルフォールってやつか……」


 あがるしぶきが虹をかける。

 高く雄大な滝を、二人はふわふわと舞い降りていく。

 そして数十メートルほど下にあった出っ張りにゆっくりと着地。


「それじゃ行ってくるね! 【モンキークライム】!」


 メイはさっそく崖の岩場をぴょんぴょんと跳ねるように進み、木々の枝を足場にして光る何かのもとに。


「取れたよー!」


 アイテムを手に、難なくレンのもとへ戻って来た。


「これは……笛かしら。とりあえずメイが持ってて」

「うんっ」

「【浮遊】は、誰かと一緒だと重量オーバーで落ちるだけみたいなの。このまま一度下まで降りましょう」

「了解ですっ」


 レンは再びメイを抱きしめると、崖から飛び降りる。


「やったねレンちゃん!」


 幸先の良いスタートに、レンの胸元でほほ笑むメイ。

 プレイヤーたちはまだ、そんな二人を呆然と眺めている。


「まあエンジェルは、まだこっちに気づいてもいない怪鳥を【投石】で落としたりしないと思うけどね……」


 ふふ、とレンが笑う。


「……?」


 そんなレンのつぶやきに、首を傾げるメイだった。

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