第11話 クエストは闇の中

 レンが転がり落ちていった崖の穴。

 後を追って滑り降りていくと、どうやらそこは洞窟になっているようだった。


「レンちゃーん」

「……ここよ」


 光の届かない洞窟の中で、聞こえてきた返事。

 メイはすぐにレンのもとに駆け付ける。


「大丈夫?」

「大丈夫だけど……もしかして見えてるの?」

「うん、見えるよ」


 メイの目の良さに首を傾げるレン。

 もちろんこれは、スキル【夜目】の効果だ。

 暗くともメイには、辺りがハッキリ見えている。


「今日は照明になるものを持って来てないの。私は全然見えてないから、肩を借りてもいい?」

「もちろんだよ!」


 メイはレンの手を取ると、自分の両肩に乗せる。


「元来た穴には戻れそうにないし……進むしかなさそうね」


 初めての洞窟探検。

 メイは思わず足取りを弾ませる。


「なんだかワクワクするね、これぞ冒険って感じで」

「私は昨日から散々よ……お先真っ暗でいよいよナイトメアなんだけど」


 そう言ってため息をつくレン。


「あれ?」


 不意に、メイの足が止まった。


「……またこの匂いだ」


 果樹園から追っていた果物の香りが、洞窟内にも続いている。


「匂い?」

「うん、果物の匂いがするんだよ」

「……そう? 全然分からないけど」

「とりあえず、この匂いを追いかけてみるね」


 出口の方向が分からないため、メイは香りのする方向へ歩みを進めることにする。


「ここは……右かな。ここはくんくん、左」


 暗い洞窟を、とにかく香りを追う形で進んで行く。

 するとやがて、大きな空間に出た。


「メイ? どうしたの?」

「なんか、広い場所に出たみたい」

「……マズいわね」

「どうして?」

「明らかな大部屋って、要するにそれだけの敵が出る場所ってことなのよ」

「そうなんだ……」


 そんなセオリーにメイが「なるほど」と、うなずいた瞬間。

 ギャギャギャギャギャ!

 けたたましい鳴き声を響かせながら飛来する、コウモリの集団。


「レンちゃん、危ない!」


 とっさにレンを押し倒す。

 その直後、コウモリの集団が頭上を通り過ぎて行った。


「……そっか。果樹園を荒らしてたのは、この子たちだったんだね」


 コウモリたちは大きな円を描くようにして洞窟の奥へ。

 体勢を整えると、再び襲い掛かって来る。


「来るっ! 【ソードバッシュ】!」


 メイの一撃に、先頭のコウモリたちが消し飛ばされて粒子になった。

 するとそのまま軌道を変えて、洞窟の奥へと戻って行く。

 このコウモリ軍団は全体で一つのゲージを持ち、数を減らすほどHPが減っていくタイプのモンスターのようだ。


「メイ、大丈夫?」

「うん! 大丈夫だよ!」

「任せてもいいの?」

「もちろん! この調子なら7年はかからないよっ!」

「やっぱり魔法を使うわ。敵の方向を教えて」


 コウモリ軍団はメイ一人でも時間さえあれば問題なく勝てる相手だが、【ソードバッシュ】ではなかなか数を減らせない。


「あのすごい魔法なら、きっと一気に倒せるね!」

「方向はこっちで合ってる?」


 レンは、音を頼りに手を伸ばす。


「あってるよ! 来たっ!」

「【フレアアロー】!」


 レンの放った炎が、コウモリたちをかすめて爆発を巻き起こす。

 ググっと明確に、コウモリ軍団のHPゲージが減った。


「もう少し手の位置を下げるといいかも! ……来たよっ!」

「【フレアアロー】!」


 続けて放った魔法が、さらにゲージを削る。

 するとコウモリたちは一転、狙いをレンに切り替えてきた。


「させないよっ! 【ソードバッシュ】!」


 今度はメイが、コウモリ軍団の軌道を変える。


「次はもう少し左かもっ!」


 三発目の魔法も見事に命中。

 コウモリたちは、その狙いを完全にレンに定めた。

 しかし砲台と化しているレンを狙いに来たコウモリは、メイに弾き返される。

 幾度の攻撃を経てなお、ただの一匹もレンのもとには届かない。


「レンちゃんは、わたしが守る!」


 そう言ってメイは、遅れて飛んで来た一匹のコウモリを尻尾で叩き落とした。


「メイ……」


 そこにいるはずの少女の名前を、そっとつぶやく。


「ありがと。次は……本気でいくわ」


 かすかにほほ笑むと、レンはその手に白銀の杖を呼び出した。


「だから、コウモリたちが私の目の前まで来たところで合図して」

「うんっ!」

「……まさか、またこれを使うことになるなんてね――――【魔眼】発動」


 レンの左目が、金色に輝き出す。

 発動したスキルは、一時的に知力値を15%向上させるもの。


「今だよ! レンちゃんっ!!」


 十分にコウモリたちを引き付けたところで聞こえた、メイの声。


「【フレアバースト】!」


 放たれる猛烈な炎。

 洞窟内を照らし出すほどの豪炎がコウモリの一団を焼き尽くし、まだ半分ほど残っていたHPゲージを一発で削り切った。


「すごーい!」


 見事な勝利に、メイは思わずレンに抱き着いた。


「勝ったよー! レンちゃんの魔法のおかげだねっ!」

「まあ、何にも見えないから達成感はないけどね」


 ちょっと恥ずかしそうに、視線を迷わせるレン。

 すると洞窟内に突然、いくつかのかがり火が点いた。


「…………なに?」


 浮かび上がる魔法陣。

 ゆっくりと、その姿を現したのは――。


「うそ……吸血鬼ッ!? コウモリは、前哨戦だったってわけ……っ!」


 巻き起こる風、揺れる炎。

 恐ろしい演出に戦慄するレンが、そう口にした瞬間。


「今度はわたしの番だー!」


 メイは走り出していた。


「えっ? ちょっと待ってメイ! そいつはかなり強力なモンスターで――!」

「【ラビットジャンプ】!」


 登場したばかりの吸血鬼に、大きなジャンプで飛びかかる。


「【アクロバット】!」


 そして空中でそのまま華麗に一回転。


「ジャンピング【ソードバッシュ】!」


 放つ一撃が、吸血鬼の体勢を大きく崩した。

 メイはさらに強く一歩踏み込むと。


「からの――――【ソードバッシュ】!」


 突き抜けていく衝撃波。

 弱点の胸元を一突きにされた吸血鬼は、粒子となって消えていく。


「――万全の対策をして戦わないといけないような……大物の……はず、なんだけど……」


 あっという間に倒されてしまった大物モンスターに、レンは唖然とする。


「レンちゃーん! やったよー!」


 そんなことはつゆ知らず、メイはうれしそうに手と尻尾をぶんぶん振っている。


「どうなってるの……これ」


 何の見せ場もなく倒された大物モンスターに、レンはただ困惑することしかできないのだった。

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