第10話 ナイトメア
果樹園のクエストを受けたメイが山中で出会ったのは、魔法使いの少女だった。
その黒づくめの装備を見て、思わずメイは口走る。
「カッコいい装備……」
「うっ」
なぜか中二病少女は、苦しそうに胸を抑えた。
「でも、こんなところで何してたの?」
山間の木陰で一人座り込んでいた少女。
問いかけると、再び小刻みに震え出す。
「昨日……お姉ちゃんが結婚したの」
「そうなんだ、おめでとう!」
メイはパチパチと拍手を送る。
「でも……幸せそうなお姉ちゃんを見てて、気づいちゃったのよ」
「何に?」
「皆が私を見る目の正体に」
その目には、あふれ出しそうなほどの涙が浮かんでいた。
「真っ白なドレスで皆に祝福されるお姉ちゃん。一方私は闇の使徒を気取って全身黒ずくめ。皆の態度がおかしかったのは、私を恐れ慄いているからだって思ってたけど、違った。皆の目は畏怖でも尊敬でもなく、単なる痛い中二病を一歩引いた場所から眺める目だったの! とんだ勘違いだわ!」
怒涛の勢いで語り出した元中二病少女。
メイは問いかける。
「……中二病って何?」
「それは、自分は特別な力を持った孤高の存在……みたいなことを本気で思って行動しちゃう病気っていうか……格好もその設定に合わせたものにして気持ちよくなっちゃう感じの……って、説明させないでぇ!」
「んー、お姫様ごっこみたいなのかな?」
「それの邪悪なやつよ。学校に自分を本気でお姫様だと思ってる子がいたら……大変なことになるでしょ?」
そう言って、頭を抱える。
「あんな姿をたくさんの人に見守られていたなんて、思い出すだけで頭がおかしくなりそう……でも何より恐ろしいのは、その事実に突然気がついてしまったことなの。私これからどんな態度で生きていけばいいの? 正気に戻っちゃった時点でもうキャラを続けるのはムリだし、かといって明日から急に普通になったりすれば、周りの人は絶対に苦笑いするわ。中には『あれ、いつものやつはやめちゃったの?』って聞いてくる人だっているかもしれない。そんなの……耐えられない……っ」
それはどっちだとしても、最高に恥ずかしい。
「せめて少しずつ治ってくれればよかったのに……どうして急に目が覚めちゃったのよ」
最悪の板挟みに、元中二病少女は「ああああ……」とうめき声をあげながら身もだえる。
彼女が人気のないエリアで震えていたのは、そんな現実から逃げて来たからだった。
「私はそんな恥ずかしい言動で、中学高校の大事な時間を4年もムダにしてきたの……っ!」
慟哭する元中二病を前に、メイはゆっくりうなずいてみせた。
「……分かるよ」
「あなたも……そうだったの?」
「中二病? とは違うけど」
「それなら分からないわよ……こんなに恥ずかしくてムダな時間の使い方、他にないわ!」
「わたしは、戦い続けてればいつかモンスターがいなくなるって勘違いをして、同じクエストを受け続けちゃったんだ」
「別にいいじゃない……少しくらい」
「7年」
「…………えっ?」
聞こえてきた期間の長さに、思わず聞き返す元中二病。
「10歳から7年間……毎日」
「お、同じクエストを? 勘違いで7年受け続けたってこと?」
「そうすれば村を助けられると思ったんだぁ」
そう言って、メイは「てへへ」と苦笑い。
「で、でもそれを皆に見せつけながら生きてたってわけじゃないんでしょう?」
「うん。でもそれがこの前、同じクエストに挑み続けた記録っていうことで運営から……」
「運営から……?」
「ギネスの賞状が届いたんだ」
その規模の大きさに、中二病少女は呆然とする。
「しかも、雑誌の表紙にまでなっちゃって」
「……生意気言って、すみませんでした」
「わー! あやまらないでぇ!」
「私たちは、大事な青春を棒に振った者同士だったのね……」
元中二病少女は、大きくため息を吐く。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。わたしメイっていいますっ」
「……聖城レン」
「レンちゃんだね」
「……ナイトメア」
「うん?」
「聖城レン…………ナイトメア」
メイは首を傾げる。
「あだ名?」
「ナイトメアまでがプレイヤーネームなの! 聖城レン・ナイトメアなのっ!」
「……悪夢?」
「昨日まで私は、自分のことを他プレイヤーやモンスターにとって悪夢のような存在なんだって思ってたのよ」
そう言って、再び白目をむくレン。
「まさかこの4年間がまるまる私にとっての悪夢になるなんて、思いもしなかったわ……」
「でも、なんだかカッコイイ名前だね」
「や、やめて。『悪夢』って二つ名で皆に恐れられているに違いないと勘違いしてニヤニヤしてた不純な私に、そんな純真なほほ笑みを向けないで……浄化して消えちゃいそうだからぁ……っ!」
痛む胸を押さえながら、レンは身もだえる。
「ていうか、そんな事があったのによくそんなに元気でいられるわね……」
「うん! これからその7年を取り戻すくらい、めいっぱい楽しむつもりなんだ!」
メイはそう言って、グッと拳を握って見せた。
「…………そう」
レンはため息を吐く。
「私はもう……やめるつもり」
立ち上がり、フラフラと歩き出す。
「もう何を見ても、死にたくなるほど恥ずかしいんだもの。だからもう――」
そして、近くの岩場に寄り掛かろうとしたところで――。
「きゃああああああああ――――っ!!」
「レンちゃん!?」
視界から突然レンが消えた。
メイはレンの消えたポイントに注意深く目を向ける。
今まさにレンが寄りかかろうとしていた岩。
そこには、亀裂ような形の大きな穴が開いていた。
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