第112話 ボクの知らない母さん

時が立つのは早いもので結局何も起きずに一週間が経過した。

全体イベントが後一か月もないうちに開かれるので、レッスンも大詰め。より厳しい物になったけど、普段見てくれているみんなにかっこいいところを見せたいがために必死に食らいつくボクだった。


「...一旦休憩にしましょうか」


「はぁ...はぁ....わかりました」


すっかり乱れた呼吸を整えながら椅子に腰を掛け、水を飲む。


運動した後の水は普段の数倍美味しく感じる。



「落ち着いたかしら?」


「はい、体力無くてすいません...」


「それは別にいいのよ?体力がつきずらい人とかいるからね。それにしっかり体力は増えてるから安心なさいな」


しばらく雑談をしていると気がつけば呼吸は落ち着きを取り戻していた。


それを見計らってか、京子さんが話を始めた。


「そういえば聞いたわよ、恵子のこと」


「そうですか...」


「昔から悩んでいてね。最初は...『知らない間に気性が荒くなる』だったかしら?そう相談されたの」


京子さんはどこか昔を懐かしむような目でそう話す。


「そこからどんどん酷くなっていって、しまいには『気が付いたら知らない場所にいる』とまで言ってたっけ。私は『流石にマズいと思うから病院行った方がいいんじゃない?』って提案したら、そう言う病気だと診断された。あの子はすぐに治療を始めて、二つある治療法の内、『共存』を選んだ。そこから時間はかなり掛かったけど、無事にそれは成功したの。これがあなたが小学校に入った頃だったわ」


それからどんどんボクの知らない母さんの話を聞かせてもらった。


優しくて、頭が良くて、けどすこし抜けてて。


最後に。決して人を嫌う人ではないということ。


そのほとんどがボクの知っている母さんとは違う人物像だった。


「多分、ゆうきくんが知っているあの子とは真逆でしょうね」


「...全然知らなかったです」


「本当に気を許した人にしか話さなかったらしいしね」


そう言われてボクはまた複雑な気持ちになる。


「ボクじゃダメだったのかな...」


「違うわ。その逆よ」


「え?」


「家族であるあなた達だから話さなかったの。心配をかけたくないからって」


確かにそうかも知れないけど、ボクは「でも」と反論する。


「ええ、ゆうき君が言うことは最もよ。家族だからこそ共有しないといけない。でも現実的に厳しかったわ。まだ小学校低学年という幼いあなた達姉弟にこの病気を説明することはできなかったの」


そう言われて少し納得した。確かに小学校低学年でこのことに理解を示すことが出来るなんて到底思えない。けど、なんで今の今まで黙っていたのだろう。


「言ってしまうと、再発してしまったの。『共存』は双方で理解して手を結ぶみたいな感じらしいんだけど、それが次第に崩れていたみたい。結果説明どころじゃ無くなってーって言うところまでしか私は知らないわ。あとは本人に聞きなさいな」


それだけ言って京子さんはその場を離れていった。


確かにこれを聞くと納得する点がいくつかあるのだ。厳しいのは毎日だったけど時たまにすごく優しいことがあったり。


色々考えたけど、結局はボクの想像でしかないからいつか母さんに聞いてみようとそう思った時に京子さんが呼ぶ声が聞こえてきた。


「そろそろ再開するわよ〜」


「あ、はーい!」


少しスッキリしたお陰でさっきよりもレッスンに身が入ったように感じたのはきっと気のせいではないだろう。

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