人の威を借る神

イキリ虻

本文

 私は、人々に「型にはまらない面白い子だ」と言われてきた。


 私は、人々に「ポジティブシンキングで面白いいい子だ」と言われてきた。


 私は、私は…『面白い子』でありたくなかった。『いい子』でありたくなかった。


 だから、私は、自分の手で自分を、『リセット』する。


 私の持っているこの『刃』で、私を『リセット』する。


 この世界は、私が生きるには理不尽すぎる。


 叱られるようなことをわざとしても、それを貫き通せば『型にはまらない』と褒められる。


 詭弁を並べて、世界を罵っても、『想像力豊か』と褒められる。


 大人に評価される世界を、私は望んでいない。


「死んじゃだめだよ。君が死ぬことは君にも世界にも大迷惑なんだ。簡単に人が死ぬ世界であるべきではない。」

 少女のようで、どこか尊大な声が私に告げる。あまりの衝撃に私が落としたサバイバルナイフは、峰を太ももに当て、絨毯じゅうたんに鈍い音を立てて二度跳ね返った。

「ほら。そのナイフ渡して。今の君には必要ない。ほら。」

 強い威圧感に気圧され、ナイフを手渡す。瞬間、威圧感がなくなる。圧が解けて中から出てきた影は、身長が私よりも低そうに見える、少女だった。

「よう…じょ…?」

「いや、見た目はそうなんだけどさ…。せめてもうちょいオブラートに包んだいい方をしない?ボク傷ついちゃうよ?」

「で?あんた誰なの?勝手に人の家に上がってきて。」


 率直な感想を告げると、想定通りの答えが返ってきたので、一番知りたかった本題について切り込む。


「ボクは、『神』だよ。」

「…迷子?捜索願とか出てない?」


 頭のおかしいことを言い始めたおそらく精神異常であろう少女に、私は冷ややかに告げる。


「あはは。嘘つけ。自分に嘘はつかない方がいいよ。さっき君がボクに救われた時点で、ボクは君の神なんだよ。さっきボクが圧を送ったときだって、震えが止まらなかったんでしょう?」


 実際、そうだ。大きな力を感じ、震えが止まらなかった。『神なんて信じたくない』という思いが、私に目の前の存在がなんであるかを錯覚させるのだ。神なんていない。いてほしくない。大人の言う通りのつまらない世界であってほしくない。神なんて。叶う祈りなんて。人智を超越した存在なんて。ありえない。あってほしくない。私は、自分に嘘をついて生きてきた。私はいつでも祈りに縋って、願いを乞って、生きてきた。縋り、求めることに意味を見出し、生きてきた。大人の理想からかけ離れて生きるつもりが、大人の良い餌だ。『何か』に縋る。『欲しいもの』を求める。物に依存して生きる、人間のひな型通りの生活。ひな型にはまって生きるのなんて嫌だ。


「ひな型から外れた生き方が欲しい?大人は君を避け始める。純真なものだけが寄ってくる。そんな生き方。ボクなら君に与えることができる。」

「……。」

 私は、決意を込めた目で、彼女を睨んだ。

「いいね。力を求める獣の眼だ。ボクがその眼を完成させてあげよう。」

「……。」


 より強く、彼女を睨みつける。不思議と猜疑に苛まれるようなことはないが、これが自分に正の影響ばかりを与えるものではないという、何か自分に障壁が立ちはだかるだろうという、確実な実感があった。が、私には退くという選択肢がない。私は、型にはまった生き方をするために、延命を選んだわけではない。


――――『力ヲ…求メル』


「えっ?」


耳鳴りの様に脳裏をよぎったそのフレーズは、決して頭から離れない位置に、虚勢を張るように豪華な額に入れられて飾られた。


「どうしたの?」

「いや…なんでも…」

「ふ~ん。ならいいけど。で、今日からの君の生き方…君には、ボクの代弁者をしてもらおう。ボクが言うことを、人間に伝えるだけでいい。簡単だろう?」

「…わかったわ。その条件を飲む。」


 背筋に走る悪寒を振り切り、私は彼女の提示した生き方を選んだ。


――――『違ウデショ?貴女ハ自分ヲ分カッテイナイ。自分ヲ観察シテゴランヨ。』


 耳鳴りが五月蠅い。この声は…聞き覚えがあるが聞き覚えがない。そんな声だ。私の思考を邪魔する、そのためだけに創られたかのような声。私の精神を打ち壊すかのような声。それを生み出しているのは、一体何なのだろう。私の中のものか。それとも外的要因か。


「じゃあ、ボクは行くね。忙しいから。」

「う、うん。じゃあ、『また今度』。」


 収まらない原因不明の耳鳴り。


――――『貴女ハ求メタクナイ。ソウデショ?求メナイ生キ方ヲ求メタ。ソンナ矛盾ガコノ世界デ許サレルト思ッテルノ?』


――――『違う。私は…違う。いつでも矛盾したことを考えているなんて、そんな大人のようなことがあっては駄目だ。私は、子供であることを『望む』。純粋で、虚無で、希望を追い続ける。そんな存在に。私は、なりたいのだ。そんなものに。この世界は、何かを求めないと生存できない。私の生き方と、矛盾している。違う違う違う違う。この世界は違う。私じゃない。私の生きる世界じゃない。ひな型から外れてさえいればいい。私は、そんな世界に生きたつもりはない。死ね死ね死ね死ね死ね死ね。この世界なんて死んじゃえ。この世界に私を産み落とした親が憎い。自分が憎い。自分を憎めない自分が憎い。何かを憎めと私の心が言っている。死を選べなかった自分が憎い。あの時圧に抗えなかった自分が憎い。私を矛盾のうちに生きさせようとした『神』が憎い。みんな死んじゃえばいいのに。』


「私、『何を考えていたんだっけ』?」


 自分の考えていたことを忘れ、悪寒はさらに強まった。何かが切れるような感覚。私の、人間としての何か、必要なものを失った気がした。私には、『ナニカ』が足りない。違う。これは、私じゃない。私は、私じゃない。私という存在を私のうちに発見できない。なら、私は何なんだろう?


――――『何テ幻想!貴女ノヨウナ罪人ニ答エヲ知ル権利ハナイ。当タリ前デショウ?』


 煩わしい声が響く。意味があるような、ないような。そんな音の羅列。耳鳴りは精神的にきつい。意味ありげな音波の行進。私の精神を削って、殺していく。私の中の人間を殺していく。


「駄目だ…疲れてるんだ…今日は寝よう…」


 夢を見た。三人称の夢だった。私は少し高いところから、あの『神』と名乗る彼女に似た少女と、もう一人の人が話しているのを見ていた。

 少女は、彼女と酷似していた。瞳孔が黒いこと以外は、全て、彼女そのものだった。これは、彼女の記憶なのかもしれない。

 少女は、おびえていた。もう一人の少女の言葉に相当苦しめられているようだった。少女は、私に似ている。

 あれは、彼女の過去の姿?だとすると、彼女は、もともと人間?なぜ『神』などと名乗るようになったの?淋しかったの?


「貴女は、淋しかったの?」


 そこで、目が醒める。


「嫌な夢を見たな…。」


 夢のくせに頭に強く噛みついてくる。この記憶は、消えない。

 消えない気がした。

 消えてはいけない。

 消してはいけない気がした。

 私の頭の片隅に、残し続けておかないと、いつか、絶対に後悔する。いつか必要になる。


「おはよう!今起きたところ?ほらほら、目ぇ醒まして!今日の任務を伝えるよ!」

「おはよう。何?私監視されてるの?任務って何さ?朝からテンションアゲアゲってか?朝から情報過多なんだけど?」

「何勝手にテンション上げてんの?気持ち悪いよ?」

「うっわ、そのセリフ貴女だけには言われたくなかったわ。」

「ひっど…。もういいもん。ボク泣く。」

「勝手に泣いてろ。この幼女。」

「チッ…。あっ、今日君は、ホームルームの時に、『放送室で大事なお知らせをすることになってる』から。」

「はぁ!?おまっ、っざけんなよ!?」

「へへへ…。で、言ってもらう内容は、『一ヶ月後に世界は完全に滅びる』ってことだから。」

「もう私頭おかしい人じゃん…。いやだよ…。一ヶ月とはいえいじめられたくないよ…。」

「大丈夫。『いじめられないように精神操作する』から。」

「いや、ありがたいけど、よろしくない。そういうことはあまりよろしくない。」

「いや、でも、世界中の全員に信じてもらわないと困るから。」

「ああね。なるほど。はあ…」

「じゃあ、そういうことで、よろしく~~~」

「いや、あの、ええ…」


 私はただ言葉に詰まるだけだったが、彼女の中で勝手に話が進んでいるらしく、勝手に私がそのことを宣伝することになっている。


「困るなぁ…そういうの…」

「そっちが困ってても関係ない。最早今君の命はボクが握ってるからね。」

「…知ってるよ。そんなこと。でも、これだけは覚えておいて。人の心を操作したところで物事の本質は変わらない。私たちは世界を滅ぼす。それは決していいことではない。事実はそれだけ。」

「……物事の本質はボクが決める。君にあれこれ言われることじゃない。君は僕の傀儡かいらい。それだけ。傀儡はいちいちあるじのすることに口を出さない。これは、命令。もしも破ったなら、ボクは一瞬で君の意識を刈り取ることができる。その間に君に何をするかは僕の自由だ。もしかしたら、その間に君を殺すかも。死んでしまっては意味がないでしょ?」


 その言葉の中に、彼女が確かに焦りの感情を含んでいたのを私は見逃さなかった。たしかに焦っている。彼女は、私にわかるように、あからさまにその感情を見せていた。


「何?私を試してるの?」


 嘲笑するように私は言った。優位は彼女に取られている。気づいているが、いかにも自分が優位を取っているかのように振る舞う。


「そういうとこだよ。モテないの。」

「それは関係ないでしょ。勝手に話切り替えないで。」


 表面上だけで行われる、中身の伴わないやり取り。傍から見れば私優位。だが、やはり、彼女は神を名乗るだけあり、頭がいい。駆け引きがうまい。いや、彼女の中ではこんなの駆け引きに入らないのか…。しかし、私には、特技がある。並行思考。これが、何か問題を起こしても、大人が軽々しく私という存在を切り捨てることができなかった原因。苦しめられ、助けられてきた。並行思考といっても二重だとかそんな甘ったるいレベルのものではない。所謂いわゆる多重並行思考。多重といった場合三重以上を指す。私は、五重だ。五重並行思考。四人までなら同時に話を聞き、適切な返答を返すことができる。私の能力。生まれたころは普通だと思っていたが、成長につれ、自分の異常性に気付くようになった。私は異常だ。ひたひたと感じ始めた。最高の言い訳を考えつつ、大人を苛立たせることができた。これが、私の唯一の自慢できる能力。あとは、私なんてダメダメで。大人から褒められるのが憎くて。大人から嫌われたくて。最早自分への憎悪を求めてしまった自分がいた。


「ふぅん…そんなくだらないことで悩んでるんだ。」


 無事任務を終え、臨時休校になった学校の校舎で彼女は私に告げた。


「くだらないって…私からすると割と深刻な悩みなんですけど。」

「大丈夫。そんなに自信を無くさなくても、君には器がある。神の器が。ボクが、君に与えた。」

「また、新要素。いちいち私の頭を混乱させないで。シナプスが腐る。」

「鍛え直してあげようか?」

「大丈夫。」


 そのあと、私は間を置いて、言った。


「…世界が滅ぶって、私も?」


 いちばんの懸念事項。私は、生きることを望んだ。しかし、世界が滅んでしまっては、元も子もない。帰ってきたのは、予想外の答えだった。


「いや、君は、その後、仕事があるから…。仕事が終わるまでは、君自体は終わらない。」

「仕事が終わるのはいつなの?私は『死』を経験したことがないからそれが恐ろしいの。」

「分かるよ。ボクだって『死』は怖い。でも、そこらの虫螻むしけらだって、ボクみたいな神にだって、いつか平等に死は訪れる。だから、怖くても、受け入れて、いつか死ぬその時を、待ち続ける。それが、生命、というか、概念を持つものにとって一番正しい、真摯な選択だと思う。でもね。君にその時が訪れるのは、ずっと、ずっと…先。気が遠くなるほど、先の話。例えば、世界が一つ終わるくらい。」

「その、世界が終わる周期が分からないから怖いの!人間はそんなに冷静に死について考えられないの!貴女は人間のことをよくわかってない!」

「いや、痛いほどわかる。ボクもおそらく死ぬから。死ぬ者は必ず死が怖いんだよ。」

「貴女は死期が分かってるでしょ!?私はわかってないの!いつ死ぬかわかってればある程度は軽減されるの!」

「ボクだっていつ死ぬかわかってない。いつ死んでもいいと思ってるだけ。もう長く生きすぎてるからね。」

「あなたは…何なの…?」

「神だ。昔から崇められている。」

「神って何!?何なのよ!?ちょっと信仰を集めてるから何!?大きな力を持ったつもりなの!?神は傲って、力に溺れて、全てを破壊して、それでいいの!?それで…」


 涙が自然とこぼれる。そんなつもりは無いのに、熱くなってしまっている。私にこれまでなかった感情。『神』と話す度に、私の中に新しい感情が湧き出してくる。駄目だ。彼女に、私の心を蝕まれていく。心の深淵が、彼女の刃に抉られていく。痛い。物理的にではないが、心臓が締め付けられるように痛い。心臓を何度も刺されるように痛い。私の中の『人間』が音を立てて溢れ出ていく。私が人間を失っていく。怖い。


「あーあ、泣いちゃった。」


 彼女は微笑み、


「ほら、使いなよ。」


 優しい顔でハンカチを差し出してくる。


「なん…で…」


 うまくはぐらかされている。彼女のこういう話術に長けたところが私は嫌いだ。ギシギシと歯軋りをする。悔しくて、ギシギシと歯軋りをする。歯が削れるほどガリガリと歯同士を擦り合わせる。


「いっ…た…」


 勢い余って、口の中を切ってしまう。血を吐く。血と唾が混ざった、ドロッとした液体を吐く。痛い。自業自得だ。分かっている。分かっているからこそ、痛みは増幅され、私の感覚を支配する。悔しさ、怖さ、全てを痛みで塗り替えようとしている。弱い、人間。強い、神。これこそが、信仰を信仰たらしめてきた由縁だろう。強さ。結局全ての信仰は、そこに帰着する。全ての人間は、強さを求め、強さに憧れ、強さを崇める。その強さが『神』。それらの行動こそが、信仰なのだ。分かりきっている。こんな、分かりきっていること。それに伴って生まれてくる何かを、私は、考えたくなくて、逃げて、逃げて、怒りに逃げて、涙に逃げて、全てを、それらに託して、どこかに持って行ってくれる気がしていた。でも、本当に?本当に、どこかへ持ち去ってくれるのだろうか。否。そんなことは無い。苦しさ、辛さ、怖さ、疎ましさ、忌まわしさ、悔しさ、それらは、1度抱えたら、多かれ少なかれ、永遠にまとわりつく。心の深淵に、へばりつく。まるで、ガラスに貼って、剥がれなくなってしまったシールの跡のように、心の奥底に、表面に、べったりと痕を残して。それが、負の感情というものだ。それに対して正の感情はどうだろう?生じても、直ぐに、風に乗って、木枯らしに乗って、どこかへ飛んでいってしまう。人間は、根に持つが、借りは作らないものだ。


「負の感情ばかり抱いても、いいことないよ。優しく、ポジティブに生きようよ。」

「これまでそれをしてきて自殺未遂に至った話聞く?」

「いや、なんで?なんでそうなるの?ポジティブシンキングで生きてたら確実にそんな事態にはなんないと思うけど?」

「自分ではポジティブなつもりでも多重思考の裏で反動的に負の感情が増幅されたんじゃない?あと、全てを穿うがった見方してきてるし、自分に対するヘイトは溜まるよね。」

「えぇ……ダメじゃん。ポジティブシンキング出来てないじゃん。」

「常にポジティブな人間ってもう人間の概念喪失してない?」

「『人間』は捨てた方が楽になれるよ。」

「それはどういう意味?人間として死ぬから楽になるってこと?それとも単純に楽になるの?」

「両方かな。というかやっぱり多重思考ってなかなかすごくない?さすがボクが見込んだだけはある。」

「私は褒められるのが嫌なんだけど…まあいいわ。今回はそのお褒めの言葉、ありがたく受け取っておくわ。私は人に褒められるのが好きじゃないってのは覚えておいてね。」

「覚えておくよ。ボクとて君に嫌われるわけにはいかないからね。」


 彼女はそう告げると、私の前から去った。

 その後、しばらくは彼女が私の前に現れることは無かった。

 1ヶ月が経ち、本当に世界が滅んだ。私以外の人類はいなくなってしまい、私の前には再び彼女が現れた。


「ね?言ったでしょ?1ヶ月で世界が滅びるって。ボクは嘘をつかないよ。」

「世界が滅ぶって、こういうことなのね…」

「ほら、一緒においで。死んだ都市を見られるのなんて今くらいだよ。」

「うん…」


 少しの不信感を胸に、私は彼女について行く。彼女が邪魔になった私という駒を消すかもしれない。そうなっても、私は文句は言えないわけだけれども。あれから、大人たちは確かに私を避け続けた。しかし、こんなに上手くいくはずがあるだろうか?私の願望がこんなにも叶うなんて、どう考えてもおかしい。


「ねぇ」


 私の口をついて出てくる言葉。覆水盆に返らず。口から出てしまった言葉は戻せない。彼女はこの言葉に気付いてしまった。


「なに?」

「…なんでもない。」

「…」


 それ以降は、特に会話もなく、街を歩く。人は一人もいない。


「さて、」


 彼女がこちらを振り向いて告げる。


「この世界はもう終わった。次の世界を始めなければならない。」


 何やら荘厳な雰囲気を醸している。そして彼女は指を空に向けてから私に向けて振り下ろし、


「君が新世界の神になるんだ。」


 告げた。その姿勢に少しも冗談めかした様子はなく、彼女の瞳は真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ私を見つめていた。


「私が、神?」

「そう。ボク達は、儀式をしなければならない。これは、決まり事なんだ。誰にも変えられない。君は、ボクを殺さなくちゃいけない。」


 と言って、彼女は、金色に煌めく刃を持った鋭利な刃物を私に差し出す。私は受け取ってしまう。


「私には、できない。」


 ふと、私の口から言葉が漏れる。


「私に、あなたを殺すなんてできない。」


 とめどもなく溢れていく。彼女の目に、光るものが浮かぶ。


「私を救ってくれたじゃない!私に真摯に向き合ってくれたじゃない!そんな恩人を殺すなんて、私には出来ないよ。」


 私の頬に熱いものが流れる。


「ボクだって怖いよ!」


 彼女も叫ぶ。彼女の顔は既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「言ったじゃないか!ボクだって死ぬのは怖いんだって!儀式がなんだよ!ボクだって逃げ出してやりたいよ!でも、出来ないんだよ。ボク達は逃げ出しちゃいけないんだよ。これがここのルールなんだよ!君はボクを殺さなきゃいけないんだよ!」


 鼻水を撒き散らしながら叫ぶ。全ての謎が解けた。彼女は元々人間なんだ。前の世界の人間だったんだ。そりゃあ、死ぬのが怖くないわけもないし、いつかは死ななければならない。でも、ダメだ。私に彼女を殺す勇気はない。


「うおっ、」


 体が勝手に動く。彼女が操っているようだ。私は必死に抵抗する。彼女からの力がなくなる。


「なんっ…だよ!なんでなんだよ!なんでこれでも君はボクに情けをかけるんだよ!抵抗するんだよ!」


 ふるふると身体を震わせ、必死に叫ぶ彼女。なんだかそれは、少し前の私のようで、同情を禁じえなかった。


「そっ…か。そうなのよね。あなたは死ななければならないのだものね。」


 彼女に近付き、そっと抱き締める。

「でも死ぬのが怖いんだものね。仕方ないわよね。」

「っ…うぅ…」


 私の腕の中で顔をドロドロにして泣く。彼女は神ではないのだ。仮に神だとしても、完全ではないのだ。


「はやく、はやく終わらせてよ…。ねぇ、…。」

「っ…」


 その時、神が口にしたのは、


―――私の名だった。


 気付くと、私は手に持った刃を彼女に突き刺していた。

 彼女は安心したような顔をする。


「ふふ…ありがとう…これからは…君…が……。」


 言葉はそこで途切れた。彼女の瞳の色が黒くなり、彼女から光が溢れる。光は私に吸収されていく。


「今、それは反則でしょうよ。」


 こんなときに名前なんて呼ばれたら、嫌でも泣きたくなっちゃうじゃない。

 私は、笑いながら泣いた。大きな声で笑いながら、大粒の涙を流していた。


「これからは、私が神なんだ。」


 少女の目が赤く輝いた。

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人の威を借る神 イキリ虻 @YHz_Ikiri

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