22話

 弾かれたボールを茫然としていた野次馬から受け取る。予想していなかった展開が目の前で行われていることに驚いたのだろう。帰宅部がバスケ部と一騎打ち。一方的にやられる展開を予想していたはずだ。だけれど、僕は思っているよりも善戦できていた。

 当然のことだ。かつて、それだけの反復はしていた。その残り火みたいなものが僕に力を貸してくれている。

 ゆっくりとボールを突きながら、五十嵐の待っている反対のゴールへ向かう。

 五十嵐は成長している。わかってはいたが、かつて対戦した時と比較するとスケールが違う。身長でも、プレイでも。想定外ではないが、改めて自分との差を実感する。


「参ったな、どうやって勝てばいいのかわからねぇや」

「嘘つくなよ。本当にそう思ってる奴はそんな風に笑わねぇ」

「……」


 ほんの少し油断でもしてくれれば良かったのだけれど、五十嵐にはそんな気はないらしい。光栄ではあるが悪態は付きたくなる。

「何か企んでいるって感じだな、ケイ。だが、あとたった二本だ。策を仕込む時間なんて残されていない」


「……そうだな。流石に今から仕込む気にはなれないな」


 嘘だ。僕はたった今仕込みをしている。だがそれを彼に悟らせたくなかった。


「だろ? だからさっさと本命で来いよ」

「本命?」

「とぼけるなよ。パス捌き、ミドルシュート、どちらもケイの大きな武器だが、一番自信があるのはそこじゃないだろ」


 五十嵐が人差し指で僕の抱えていたボールを指差す。


「卓越したドリブルスキル。その中でもドライブは群を抜いていた。あれを使わずに俺に勝とうだなんて見通しが甘すぎる」

「間違いない」


 僕は頷く。自分の切り札を封じたまま勝てるほどこの勝負は甘くない。そんなことはわかっている。


「だけど、何をしてくるのかわかっている相手ほど止めやすいものもないだろ? 攻め手を限定されちゃ勝負にならない」

「それはそうだな。余計なことを言った。再開しよう」


 五十嵐が両手を挙げた。お互いのチェストパスでボールが往復して、勝負が再開される。


 二本目。

 身体の左側面でボールを隠しながらのドリブル。隙を伺う間もなく、五十嵐は僕との間を詰める。僕はボールを持っていない腕で壁を作りその場を凌ぐ。

 あからさまな誘い。抜いてくれと言わんばかりのシチュエーションだ。きな臭さはあるが、ドライブが最善の選択のように見える。


 バスケットにおいて、相手の行動を制限するためのシチュエーション作りはよく行われている。一対一でも同じことだ。相手が最も得意な、成功率の高い技を使いにくいようにするのは効果的。例えばドリブルが得意な僕を相手にするなら、抜かれないように距離を取り、練度の低いシュートに誘導するのが望ましい。


 けれど、五十嵐のやっていることはまるで逆。僕の得意な技を使うように仕向けている。それだけ、僕のドライブを止める自信があるのだ。

 だが、ここでドライブに行かないのは愚の骨頂。他の行動はさらに止められやすい上、予定にはない行動だ。元々二本目にはドライブを見せるつもりだった。三本目に全てをかけるために、今更変更なんてありえない。

 弾んだボールを抱え気味に保持。左にステップを踏んで、一気に逆へ切り替えるクロスオーバー。姿勢を低くしてスピードに乗る。右のスペースへドライブで切り込んだ。

 だが五十嵐の反応は早い。スペースは完全には空かない。その分外に膨らんでゴールとの距離ができてしまう。この距離を詰める時間で五十嵐は追いついてくる。そう判断しバックボードを使ってのシュートを選択した。

 ボードに向かってボールを浮かせる。その直後にドンと強く踏み切った音がした。五十嵐が腕を振り、ボールをバックボードに叩きつけ、僕のシュートを阻んだ。勢いよくボールが床を弾む。


「やっぱり、五十嵐なら止めるよな」

「やっぱりってなんだよ。まるで止められることがわかっていたみたいな……まさかとは思うが諦めたなんて言う気じゃねぇだろうな」


 五十嵐が僕を睨む。僕は首を振って彼の言葉を否定する。


「いや、まさか。僕がこの状況で諦めるなんてありえない」


 ちらりとコートの横に立っている黛の姿を見る。ぎゅっと両指を絡めて、何かに祈るように僕たちの戦いを見つめていた。

 もし、自分のためだけだったらこんな勝負を受けなかっただろう。いつものように逃げて、嫌悪しつつも灰色で、つまらない日々に生きるだろう。

 だけど今日は違う。この勝負は僕のためじゃない、黛のための勝負だ。黛が黛らしくいるために、握られている弱みに怯えなくてもいいようにする。そのために僕はここにいる。

 瞳を閉じて大きく深呼吸する。

 準備は終わった。泣いても笑ってもこれが最後だ。取りこぼせばもう取り返しがつかない。自分で自分を追い込んで集中を高めていく。


「死んでも、一本決めてやる」


 誰にも聞こえないように呟いた。

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