シオン④
数日後——
斬って斬って避けて避けて、ようやくボクの地元に辿り着いた。
屍山血河を乗り越えて、ってやつだ。
ボクの地元は都会と言って差し支えない程の大都市だ。山奥の村落とは人口が違うし守りも堅い……はずだったんだけど、町の門が破られてしまっていて、ゾンビの侵入を許してしまっているようだった。
人口が多いということはとりもなおさずゾンビ化する対象が多いと言うわけで。いるいる。うじゃうじゃいる。門のこちら側から見えるだけでもすごい数だ。この状況で父上は無事なんだろうか。
「シオン、お願い」
ボクは小さく頷くと素早く呪文を詠唱した。
「――軽やかに舞い踊るシルフよ、無色透明な調べを奏でて遊べ。《
これは風の精霊に作用して、狭い範囲内の音を響かなくさせる魔法だ。普通は敵の呪文使いに対して使うものだけれど、これでボクとカルディアさんは物音を立てずに行動できる。効果時間は長くないけれど、実家に着くまではもつはずだった。
見覚えのある街並みから懐かしさを感じるはずが、そこら中で蠢くゾンビの姿がそんな感慨を塗りつぶしてくれる。ゾンビの大群の間を慎重に歩いて進む。今だけは音を気にしなくていい。注意するのはぶつからないようにという点だけ。
ボクの実家の屋敷に着いた時、丁度魔法の効果が切れた。
辿り着いた屋敷は荒れ放題だった。
門は壊されて、前庭はゾンビだらけだった。
前庭もゾンビだらけ。
「……」
ボクよりもカルディアさんが動揺していた。
感情を殆ど見せない彼女の顔に不安がありありと見て取れたほどだった。
「大丈夫ですか?」
「平気。問題ないよ。行こう」
屋敷の中も、外と同様に荒れ果てていた。
窓は割れカーテンは破れ、調度品は壊れたりなくなったりしていた。
そして顔見知りの執事やメイドさんはみんなゾンビになってしまっていた。
呻き声を上げて、その声に引かれるように彷徨している。
「閣下……」
カルディアさんが息を呑んだその時、大きな物音がした。
何かを叩くような音。
二階からだ。
二階には父上の書斎がある。
一階をうろついていたゾンビが二階に向かうのを、カルディアさんはナイフを振るって阻止。そのまま階段を駆け上がっていく背中を僕は追いかけた。
二階の廊下にはゾンビがいた。書斎の扉をドンドンと叩き続けている。庭師の老人だった。よく知っている顔。ボクが小さい頃、遊んでくれた大人の一人だ。
「……」
カルディアさんは一瞬で間合いを詰めて、庭師の老人の動脈を切り裂いた。真っ赤な血の噴水が上がるのには目もくれず、ポーチから小さな宝石の埋まった鍵を取り出した。アレは屋敷のマスターキーだ。
ふたりで部屋に入り、後ろ手で扉を閉めた。
「閣下!」
部屋の中には誰もいな――
「カルディアさん!」
いた! 扉のすぐ傍に立っていたゾンビが襲い掛かってくるのをボクは間一髪で躱すことに成功する。カルディアさんを押し倒すようにして絨毯の上を転がって起き上がる。ゾンビの顔を見て、僕は絶句した。
「父上」
「……閣下」
カルディアさんは全身を震わせていた。
カルディアさんが父上を見る眼差しに、僕はあることを思い出した。
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