カルディア③


 焚き火に照らされるシオンの横顔を眺める。

 あのあとシオンは余程疲れていたのか、すぐに眠りに落ちた。


「シオンはすごいね」


 私も気付いていなかったゾンビの知覚の秘密を暴いてくれた。私は生体活動をしているのだから普通に視覚でこちらを捉えていると思い込んでいた。よくよく考えればあんな灰色に濁った眼が見えてるわけもない。先入観というのはそれこそ視野を狭める。


「むにゃむにゃ」


 私の声に応えるようにシオンは口を動かした。

 シオンの寝顔を眺めるのもいつぶりだろう。


 ――ずっと昔、シオンがまだ幼かった頃、私は閣下に命を救われた。

 要人暗殺に失敗して重傷を負ったところを助けられたのだ。


「私を殺さないのか」

「殺す理由がないからな」

「暗殺者を匿っても得などないぞ」

「当家の庭で死なれても迷惑だからな。それに――」

「それに、なんだ」

「――君は美しい。死なすには勿体ない」

「何を言って」

「まあおとなしく傷の手当てをさせなさい」


 そして私は傷が完全に癒えるまでの間、閣下の屋敷のメイドとして置いていただいた。暗殺以外に何の特技も無い、役立たずのメイド見習いに与えられた仕事は幼い跡取りの世話係だった。旺盛な好奇心の赴くままに暴れまわる幼子の相手をしている時は何もかも忘れられた。おねーちゃんと呼ばれるのがくすぐったくもうれしかった。


 私の人生で、あれほど楽しかった時間は、他にない。


 シオンは覚えていないみたいだけど、それでいいと思う。

 暗殺者との関係など覚えていてもいいことなんてないだろうから。

 私だけが覚えていればいい、私だけの思い出だ。


 パチ、と焚き火の枯れ枝が爆ぜた。


 私は閣下とシオンに救われた。命と、心とを。

 ふたりには返しようのない大きな借りがある。

 だから閣下の依頼は何があっても達成しなければいけない。

 無事にシオンを閣下のところに届ける。絶対に。

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