シオン③


 カルディアさんに手を引かれてボクたちは街道を外れた。

 背の低い草木をかき分けてしばらく進むと緩い流れの川があった。

 カルディアさんは川に近付きながら服を脱いでいく、ってはい?


「ななななにをしてるんですかあ!?」

「服を脱いでるんだよ」

「それは見ればわかりますけど!」

「あ、見てるんだね」

「ち、違くて! 服脱いで何をするんですか?」

「水浴びだよ」


 いつの間にかすべて脱いだカルディアさんは川に飛び込んだ。

 返り血に塗れた髪と肌を洗いはじめる。

 白い背中にいくつも傷痕が見えた。

 綺麗だなと思うのと同時に、何故か懐かしい気持ちになった。

 やっぱりどこかで――


「そんなところで見てないでシオンも。ほら」

「えっと、その」

「いいから」

「あの」

「早く」

「……はい」


 断り切れずにボクも水浴びをした。諸々もろもろ見られてしまったし、なんやかんや見てしまった。






 水浴びのあと。

 街道を埋め尽くすほどの大量のゾンビに出くわした。さっきよりも多い。


「また全部斬るんですか?」

「面倒だよね。数も多いし。折角水浴びして綺麗になったのに」

「じゃあどうするんです?」

「まずは、こう」

「わわっ」


 ボクはカルディアさんにお姫様だっこされた。


「そして、こう」


 そのまま走り出した。速い。速いのに足音ひとつ立てない。

 ゾンビの間を縫うようにして駆け抜けていく。


「……すごい」


 僕の呟きに反応したのかゾンビがぎゅん、とこっちを向いた。


「喋ると舌噛むよ」


 カルディアさんは僕にだけ聞こえる声で囁くと、ゾンビの死角に滑り込んだ。それから更に加速。その時ボクは「あれ?」と思った。何か妙な感じ。確かにある違和感。どんどん加速していくカルディアさんにしがみつきながら、ボクはそのことをずっと考えていた。





 その日の夜、僕は自分の考えをカルディアさんに伝えた。


「――あのゾンビって、もしかして聴覚を頼りにしてませんか?」

「そうなの?」

「たぶんですけど。声とか物音とかに反応してる気がします」

「よく気付いたね」


 宿屋の床板を鳴らしてしまった時や、カルディアさんにお姫様抱っこをされた状態で声を出した時に、ゾンビははっきりとした動きを見せた。逆に足音を立てないカルディアさんがどれだけ近付いても見向きもしなかった。


「たぶんですけど」

「じゃ、ちょっと試してみようか」

「試すって?」

「ん。ほらそこ」


 カルディアさんが指し示す先にはゾンビが一体、ゆっくり歩いていた。

 彷徨の果てにこんなところまで来てしまったのだろうか。


「見てて」


 カルディアさんは僕から離れると大きく一度手を鳴らした。ぱん、という音にゾンビは反応した。思った通りだ。カルディアさんめがけて動き出す。カルディアさんは音もなく移動してゾンビの背後に回った。標的を見失ったゾンビは風の音にでも反応しているのかふらふらしはじめた。


 それからカルディアさんはするりとゾンビの正面に立った。目の前。なんて危険なことを、とボクが思っている間に更に一歩詰めた。目と鼻の先。ゾンビは反応しない。カルディアさんはナイフを一閃させてゾンビを斃すと、ボクのところまで戻ってきた。


「シオンの言う通りみたい」

「危ないことしないでくださいよ」

「心配してくれたんだ」

「あたりまえですよ」

「そう。ごめんね」


 と言ってボクの頭を撫でた。


「撫でても誤魔化されませんよ」

「なでなで」

「声に出しても駄目です」


 それにしても。

 カルディアさんに撫でられると妙に落ち着くこの感じ。

 なんなんだろうな。

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