第10話 家柄

「そう言えば第二小隊の話はどうなったんだ?」 


 窓の外が見慣れた光景になったのに飽きたというように目を反らしたかなめがアメリアに尋ねた。振り向くアメリアの顔が待っていたと言うような表情で向かってくる。


「ああ、かえでちゃんの件ね。何でも来週の甲武の『殿上会』に出るとかで……それ以前にかなめちゃん。妹のことじゃないの、かえでちゃんがどうなるかなんて、かなめちゃんの方が詳しいんじゃないの?」


「言うなそれは」 


 かなめは明らかに何かを嫌悪しているというように吐き捨てるように言った。


「『でんじょうえ?』……それと『かえで』ちゃんって何ですか?」

 

 初めて聞く言葉に誠は甲武の一番の名門貴族西園寺家の出身であるかなめの顔を見た。聞き飽きたとでも言うようにかなめはそのまま頭の後ろで手を組むと、シートに体を投げ出した。


「甲武の最高意思決定機関……と言うとわかりやすいよな?四大公家と一代公爵。それに枢密院の在任期間二十年以上の侯爵家の出の議員さんが一同に会する儀式だ。親父が言うには形だけでつまらない会合らしいぜ……今じゃあただ顔を合わせて鏡を仰ぎ見て終了……それが伝統なんだと」 


 めんどくさそうにかなめが答える。だが、誠にはその前の席から身を乗り出して、目を輝かせながらかなめを見ているアメリアの姿が気になった。


「あれでしょ?会議では平安絵巻のコスプレするんでしょ?出るんだったらかなめちゃんはどっち着るの?水干直垂?それとも十二単?」 


 アメリアの言葉で誠は小学校の社会科の授業を思い出した。甲武国の懐古趣味を象徴するような会議の写真が教科書に載っていた。平安時代のように黒い神主の衣装のようなものを着た人々が甲武の神社かなにかで会議をする為に歩いている姿が珍しくて、頭の隅に引っかかったように残っている。


「アタシが六年前に引っ張り出された時は武家の水干直垂で出たぞ。ああ、そう言えば響子の奴は十二単で出てたような気がするな……」 


 胸のタバコに手を伸ばそうとしてカウラに目で威嚇されながらかなめが答える。


「響子?九条大公家の響子様?もしかして……あのかえでちゃんと熱愛中の噂が流れた……」 


「アメリアよ。何でもただれた関係に持って行きたがるのはやめた方がいいぞ。命が惜しければな」 


 アメリアの妄想に火が付く前にかなめが突っ込む。アメリアの妄想はいつものこととして誠は話題に出た人物について考えていた。確かに四大公筆頭の次期当主のかなめから見ればそんな人物が話題に出てくるのは普通のことだが、誠にしてみれば四大公家の西園寺、九条、田安、嵯峨の家のうちの三家の女性当主が話しに出ていることに正直驚いていた。


 嵯峨惟基が当主を務める嵯峨家以外どれも現当主や次期当主は女性だった。先の『官派の乱』と呼ばれた甲武を二つに分けた内戦に敗れた当主九条頼盛の自決で分家から家督を継いだ烏丸響子女公爵と、当主田安元吉の一人娘麗子を頂く田安家、そして普通選挙法の施行以降の父の爵位返上により当主となったかなめの西園寺家。


 さらに誠がニュースとして知っていたのは、嵯峨が娘の茜が東和共和国に亡命という形で移住して甲武帝国国籍を失ったため、姪でありかなめの妹にあたる日野かえでを養女に迎えて家督を譲るという話も聞いていた。


 外を見ると風景は見慣れた豊川市近郊のものになり始めていた。いつものような大型車の渋滞をすり抜けて、カウラは菱川重工豊川工場の通用門を抜けて車を進めた。


「ちょっと生協寄ってなんか買って行きましょうよ。私おなかが空いているし……誠ちゃんも何か食べるでしょ?」 


 かなめににらまれ続けるのに飽きたとでも言うようアメリアがカウラに声をかける。それを無視するようにカウラはアクセルを踏む。


「オメエは毎日菓子ばっか食いすぎなんだよ……」 


 かなめの言葉にアメリアはうつむいた。かなめは先ほどまでの大貴族の話などすっかり忘れているように見えた。


「いいじゃないの!おなかは出てないんだから!だからお菓子とか買いましょうよ!」 


 そう言いながらアメリアはカウラの頬を軽くつついた。


 そんなアメリアをうっとおしく感じたのか、カウラは生協の駐車場に車を乗り入れた。


「誠ちゃんとカウラはいいの?」 


 アメリアの言葉にカウラは首を振る。


「僕はいいですよ……甘いものはどうも……」 


 そう言う二人を見てアメリアは長身をくねらせてそのまま車を降りた。


「今回の殿上会か……荒れるな」 


 かなめはそう言うと誠を蹴飛ばした。仕方なくアメリアに続いて車から降りた誠を押し出したかなめはそのまま外に出た。伸びをしてすぐに彼女は胸のポケットに手を伸ばす。


「荒れるって?」 


 誠の言葉を聞きながらかなめはタバコに火をつけた。


「おい、誠。甲武の国庫への納税者って何人いるか知ってるか?」 


 タバコをふかしながら前の工場の敷地内を走るトレーラーを眺めながらかなめが言った。


「そんなこと言われても……僕は私立理系しか受けなかったんで社会は苦手で……」 


 そう答えて頭を掻く誠に大きなため息をついてかなめはタレ目でにらみつけてくる。


「三十八人。全員が領邦領主の上級貴族だ。甲武は領邦制国家だからな。領邦の主である貴族がすべての徴税権を持っている。庶民はまず領邦領主に納税し、その一部が国庫に納税される仕組みだ」 


 カウラは迷う誠をさえぎるようにしてそう言った。


「さすが隊長さんだ。甲武の政治情勢にも詳しいらしいや。その三十八人の有力貴族はそれぞれに被官と呼ばれる家臣達が徴税やもろもろの自治を行い、それで国が動いている。まあ世襲制の公務員と言うか、地球の日本の江戸時代の武士みたいなものだ」 


 そう言うとかなめはタバコの煙を噴き上げる。


「けどよう、そんな代わり映えのしない世の中っつうのは腐りやすいもんだ。東和ならすぐ逮捕されるくらいの賄賂や斡旋が日常茶飯事だ。当然、税金を節約するなんて言うような発想も生まれねえ」 


 いつに無くまともなことを口にするかなめだが、彼女は甲武貴族の頂点とも言える四大公筆頭、西園寺家の嫡子である。誠は真剣に彼女の話に耳を傾けた。


「今回の殿上会の最大の議題はその徴税権の国への返還だ。親父の奴、この前の近藤事件の余波で貴族主義者の頭が上げにくい状況を利用するつもりだぜ」 


 そう言うとかなめは車の中を覗きこんだ。カウラはハンドルに身を任せてかなめを見つめていた。誠は膝に手を置いた姿勢でかなめを見上げている。


「しかし、それでは殿上会に無縁な下級士族達の反発があるだろうな。甲武軍を支えているのは彼ら下級士族達だ。特に西園寺。お前の籍のある陸軍はその牙城だろ?大丈夫なのか?」 


 カウラは静かにハンドルを何度も握りなおしながら振り返る。


「だから荒れるって言ってんだよ」 


 そう言うとかなめはタバコをもみ消して携帯灰皿に吸殻をねじ込んだ。


「荒れるか……九条一派と西園寺派で激論が戦わされると……なるほど。では荒れた議場をまとめる西園寺公の思惑をどう見るか四大公筆頭、西園寺家の次期当主のお話を聞こうか」 


 カウラはそう言うと運転席から身を乗り出してかなめの方を見上げた。


「ああ。徴税権の国家への返上問題に関しては親父は早期施行の急先鋒だが、田安公は施行そのものには反対ではないものの、そのあおりをもろに受ける下級士族には施行以前の見返りの権益の提供を条件に入れることを主張している。九条家はそもそも貴族主義者の支持を地盤としている以上、今回は反対するしかないだろう。そして叔父貴は……」 


 かなめはそこまで言うと短くなったタバコを携帯灰皿に押し込み、再び二本目のタバコを取り出して火をつける。周りでは遅い昼食を食べにきた作業着を着た菱川重工の技師達が笑いながら通り過ぎる。


「もったいつけることも無いだろ?嵯峨隊長は総論賛成、各論反対ってことだろ?早急な徴税権の国家への委譲はただでさえ厳しい生活を強いられている下級士族の蜂起に繋がる可能性がある。あくまで時間をかけて処理する問題だと言うのがあの人の持論だ」 


 カウラの言葉にかなめは頷いた。


「甲武の貴族制ってそんなに強力なんですか?」 


 間抜けな誠の言葉にカウラは呆れて額に手を当てる。かなめは怒鳴りつけようと言う気持ちを抑えるために、そのまま何度か肩で呼吸をした。


「まあ、お前はうちでは甲武国の平民出身の西と西園寺が会話している状況を普通に見ているからな。これは隊長の意向で身分で人を差別するなと言う指示があったからだ。そうでなければ平民の出の西が殿上貴族の西園寺家の次期当主のコイツに声をかけることなど考えられない話だ」 


 カウラはそう言うとかなめを見上げた。タバコを吸いながらかなめは空を見上げている。


「でも遅せえな、アメリアの奴。さっさと置いて帰っちまうか?」 


 話を逸らすようにかなめがつぶやく。


「とりあえずお前はその前にタバコをどうにかしろ」 


 そして、ずっとかなめの口元のタバコの火を眺めていたカウラが突っ込みを入れる。誠が生協の入り口を見ると、そこにはなぜかお菓子以外の物まで買い込んで走ってくるアメリアの姿があった。


「ったく何買い込んでんだよ!」 


「かなめちゃん、もしかして心配してくれてるの?大丈夫よ。私は誠ちゃんじゃないから誘拐されることなんて無いし……」 


 かなめは仕方なくタバコをもみ消して一息つくと、そのまま携帯灰皿に吸殻を押し込んで後部座席に乗り込む。アメリアは誠がつっかえながら後部座席に乗り込むのに続いて当然のように助手席に座り買い物袋を漁り始めた。


「誠ちゃん。このなつかしの戦隊シリーズ出てたわよ」 


 アメリアがそう言うと戦隊モノのフィギュアを取り出して誠に見せた。


「なんつうもんを置いてあるんだあそこは?」 


 かなめが呆れて誠の顔を覗き込む。


「大人買いじゃないのか?」 


 車を発進させながら、カウラはアメリアに目をやった。


「ああ、そっちはもう近くのショップで押さえてあるから。これは布教のために買ったの」 


 そう言ってかなめや誠にも見えるように買い物袋を拡げて見せる。そこには他にもアニメキャラのフィギュアなどが入っていた。


「よくそんなの見つけてくるな……」


「すごいでしょ」


「いや、呆れてんだよ」


 威張るアメリアにかなめは大きくため息をついた。カウラはそのかなめをバックミラー越しに見ながら微笑んでいた。

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