小さな姐御の本配属

第11話 報告

「西園寺。とりあえず隊長に神前を迎えに行ったことの報告しといた方がいいな」 


 そう言うとカウラはかなめの腕を引いた。仕方なくかなめはカウラに引かれてそのまま廊下を進む。そうして向かった司法局実働部隊隊長室のドアは少し開いていた。香ばしい香が三人の鼻を刺激する。


「何やってんだ?叔父貴は」 


 そう言うとかなめはノックもせずに隊長室に入った。


「ああ、戻ってきたの?」 


 そう言って司法局実働部隊部隊長嵯峨惟基特務大佐は七輪に牛タンを乗せていた。


「隊長なにやってるんですか……」


 誠は呆れながらそうツッコんだ。


「ええと、月島屋の春子さんからの紹介で精肉業者と意気投合しちゃってさ。食うだろ?お前等も」 


 そう言って嵯峨は立ち上がると後ろから取り皿と箸を用意する。


「ええと……じゃあお言葉に甘えて」 


 少しばかり驚いた後、カウラはそう言うとかなめと誠をつれて隊長室に入る。


 嵯峨の娘、茜が主席捜査官としてこの庁舎に出入りするようになって、一番変わったのがこの隊長室だった。


 少なくとも分厚く積もった埃は無くなった。牛タンを頬張る嵯峨の足元に鉄粉が散らばっているのは、ほとんど趣味かと思える嵯峨の銃器のカスタムの為に削られた部品のかけら。それも夕方には茜に掃き清められる。


 『奇才』と称される嵯峨だが、整理整頓と言う文字はその多くの知識のどこを紐解いても見当たらない言葉だった。茜の配属以前は部屋の床はまず嵯峨が付き合いで頼まれた書の為の墨汁で彩られ、そこに拳銃のスライドを削った鉄粉がまぶされ、その上に厚い埃が層になっていた。


 特にカウラは几帳面で潔癖症なところがあるので、この部屋に入るのを躊躇することもあったくらいだった。茜が掃除を取り仕切るようになった今ではとりあえず衛生上の心配はしないで済む程度の部屋になっていたので誰もが嫌な顔せずに焼肉を楽しむことが出来た。


「ちょっとベルガー。レモン取ってちょうだい」 


 嵯峨はそう言うと七輪の上で焼きあがった牛タンを皿に移す。


「ほら、皿」 


 そう言うと嵯峨は借りてきた猫のように呆然と突っ立っている誠達の手に皿を握らせる。接客用テーブルの上に皿に乗せた牛タンが並んでいる。量としてはおそらく二頭分くらいはあるだろうか。それを嵯峨は贅沢に炭火で焼いている。


「叔父貴、酒はどうしたんだよ」 


 嵯峨が焼いていた肉を横から取り上げたかなめが肉にレモン汁をたらしながら尋ねた。嵯峨は察しろとでも言うように横を見た。そこにはかなめをにらみつけているカウラがいる。かなめは肩をすぼめてそのまま肉を口に入れた。


「そう言えばクバルカ中佐は演習場から司法局本局へ出頭ですか」 


 カウラは大皿から比較的大きな肉を取って七輪の上に乗せた。


「まあな。法術関連の法整備とその施行について現場の意見を入れないわけにもいかないだろ?まあ俺が顔を出せれば良いんだが、俺はお偉いさんには信用無いからな」 


 そう言いながら嵯峨は焼きあがった肉にたっぷりとレモン汁を振りかけた。


「それより叔父貴。管理部に背広組のキャリアが来るって噂、本当なのか?」 


 かなめのその言葉を黙って聞きながら嵯峨は口に肉を放り込む。


「ったくどこで聞いてきたんやら?」 


 嵯峨は口の中で肉の香を確かめるようにかみ締めながらつぶやく。


「ああ、それは本当よ。予算取りの関係で東和軍とパイプが欲しいところだったから代わりに腕の立つ背広組の人材が欲しいって言ったらそれに適した人材がいるって話が来たのよ」 


 静かに肉をかみ締めていたアメリアがあっさりとした口調でそう答えた。


「背広組?マジかよ……」 


 かなめはそう言いながら一人、肉に箸を伸ばさない。


「嘘ついてどうするの?下士官の菰田じゃ規律が緩くなるだろ。かなめ坊、残念だな」 


 それだけ言うと嵯峨は牛タンを口に放り込む。誠はかなめを見つめた。ようやくかなめも決心がついたように肉に箸を伸ばすが、どこかしら躊躇しているところがある。


「迷い箸は縁起が悪いな」 


 そう言う嵯峨は彼女が取ろうとした肉を奪って七輪に乗せる。


「でも、本当に美味いな。西園寺も早く食べろ」 


 そう言ってカウラは肉をひっくり返す。


「そう言えばクバルカ中佐はこれまではうちが兼務業務で教導部隊が本務だったんですね」 


 カウラが水を向けると、肉をかみ締めていた嵯峨が微笑みながら箸を置く。


「まあね、アイツには遼南内戦で何度煮え湯を飲まされたことか……央都攻防戦の頃からの付き合いだから、もう8年の付き合いってことになるわけだ」 


「隊長は遼南内戦に参加してるんですか?」 


 誠は牛タンを頬張りながらそう水を向けてみた。


「まあね……俺は人民軍、西遼軍と渡り歩いて最終的にのさばってた独裁者をぶっ殺そうとしたわけだけど……その手柄はランに持ってかれたんだ……奴さん曰く『利用されるのは』こりごりだってね」


 そう言って嵯峨は足元のパックの酒を飲む。


「『利用されるのは』こりごりって……」


 誠は嵯峨の言葉の気になるところを繰り返しそう言った。


「うちじゃあ過去の話はご法度だ……いずれ奴も話すときが来るだろうからな」


 そう言って嵯峨はニヤリと笑った。その時、隊長室の扉が開いた。


「失礼します!」 


 そう言って入ってきたのはアメリアの仲間達。アメリア達の『おもり役』のパーラ・ラビロフ大尉と黒い長い髪にいつも不織布のマスクをしている操舵手のルカ・ヘス中尉がが立っていた。手にはそれぞれ紙皿と割り箸を持っていた。


「なんでオメエ等が来るんだよ?」 


 肉をかみ締めながらかなめがあからさまに嫌な顔をする。


「ああ、俺が呼んだ……この量だもん食べきれないよ……と言って全員を呼ぶには量が少ないし……ああ、神前。お前さんにプレゼントって言うかいつまでも22口径のおもちゃ銃って訳にはいかないわな」


 嵯峨は立ち上がると、執務机の後ろから別の七輪を取り出す。中の炭は十分におきていて真っ赤に網を載せられた網を熱し続けていた。そして嵯峨はそのまま机に置かれた大型拳銃を手にした。


「ルガー?」 


 その特徴的なトルグアクションにかなめは視線を奪われる。


「んなもんあるなら俺のコレクションにするよ。こいつはモーゼル・モデル・パラベラム。昔、オーストリアの伍長殿の起こしたどんぱちが終わってから作られたリバイバルバージョンだ。P08程じゃ無いがガンショーとかでは結構いい値がつくんだぜ」 


 嵯峨はそう言うと素早くマガジンを抜いた。


「こりゃあずいぶん趣味的なチョイスじゃねえか。神前の豆鉄砲と交換するのか?」 


 誠は射撃がまるで下手糞だった。一般的な軍用拳銃ならば初弾はまだしも、二発目以降はどこにあたるか本人にもわからない。そんな彼の為に嵯峨はお守り程度の威力しかない22口径のグロッグG44を与えていた。しかしそれはさすがにやりすぎだとかなめもカウラも思っていた。その為に誠でも二発目以降が当たりそうで威力のある弾丸を使用する銃を嵯峨は探していた。


 かなめは目の前の古めかしい拳銃に手を伸ばした。全員が肉から彼女の手の動きに目を向けた。かなめはグリップを握りこんだ後、何度か安全装置をいじる。


「なんだよ、じろじろ見やがって。オメエも持ってみるか?」 


 そう言うと肉を噛んでいたカウラに銃を手渡す。彼女も何度か手にした銃の薬室を開いてはのぞき込んでいる。


「あと二、三マガジン撃ってから調整するからな」 


 そう言いながら嵯峨は再び皿から牛タンを七輪の上の網に載せる。いつの間にか誠の隣に座っていたアメリアも黙って彼が載せた肉を素早く取り上げて焼き始めた。


「グリップはウォールナットのスムースですか?」 


 カウラから渡された拳銃のグリップを撫でながらパーラが嵯峨に尋ねた。滑り止めの無いオイルで仕上げたグリップがつややかにパーラの手の中で滑っている。


「俺はチェッカーの入った奴が好みなんだけど、どうせバカスカ撃つわけじゃねえんだ。神前が撃ってみて問題があるようなら交換するけど」 


 そう言うと嵯峨は半焼きの肉を口に放り込む。


「拳銃談義はそれくらいにして、隊長の殿上会出席のための留守の勤務のシフトは……」 


 アメリアのその言葉に嵯峨が黙って手を上げる。


「殿上会は俺は今回は出ねえといけないからねえ……公爵の位をかえでに譲らなきゃならねえからな……シフトはこれが終わったら全員の端末に流す」


 嵯峨はそう言うと酒を口に含んだ。


「いい匂いがするんだな」 


 そこに居たのは幼い容貌のランだった。突然のランの登場にかなめとアメリアは驚いた表情を浮かべていた。


「本局は……逃げやがったな、ランよ。ご苦労さん。お前も食っていけよ」 


 渡された書類を執務机に投げた嵯峨が声をかける。


「飯は食ったからな。それにアタシの本異動の歓迎会は月島屋の二階でやるんだろ?一応予約はしておいたけど」 


 それだけ言うとランはそのまま出て行こうとする。


「さてと、とりあえずまだまだあるからな……ちゃんと食っとけ、良いもんなんだから」 


 そう言って嵯峨が立ち上がった。牛タンパーティーは勤務時間終了まで続くことになった。

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