フレンチトースト、或いはパン・ペルデュ。貧しい騎士の友たるこの退廃的な食べ物(2)

 朝は何かと忙しいので、家族揃って食事するなんていうのは、まァ、無理な話だ。なので、各自それぞれ手が空いた時にいただく。

 わたしは余った材料で、いわゆる賄いを自分で作って食べることにしているんだけど、気がついたら家族の分まで作らされていたりする。

 これも修行とは、お母さんの弁だ。ちなみに姉のアマンダには料理の才能はない。残念ながら母の才能は彼女には受け継がれなかったようだ。その点、わたしは前世のバラエティ豊かな食に対する経験の他に、じつにささやかなチート能力がある。

 二十一世紀の日本人だったわたしの実家は、母と祖母が昔ながらの喫茶店を経営しており、父は輸入食材卸会社の営業だったりした。おまけに父の妹である叔母は、スコットランド在住の風俗史家だ。

 実家には趣味と実益を兼ねた料理本のコレクションがあった。様々な国の、様々な時代の。それこそ書庫の棚が埋まるほど。

 そして、わたしのささやかなチートとは、それら蔵書のレシピを紙とインクさえあれば自動書記で複写できること。

 これで転生先が中世ヨーロッパ風のファンタジーな異世界だったり、中華なファンタジーの異世界だったりすれば、食の革命を起こしたりできたのかもしれない。

 が、何の因果か転生先は産業革命後の飛ぶ鳥落とす勢いの大英帝国最盛期。とっくの昔にエリザ・アクトン『家族のための最新料理法』は出版されていて版を重ねていたし、後世この手の本の代名詞である超ベストセラーにしてロングセラー、イザベラ・ビートン『家政の書』だって書店に行けば積んである。サヴォイ・ホテルで偉大なるエスコフィエが、オペラ歌手メルバ夫人にデザートを捧げたのもついこの間の話。

 ただ、冷凍冷蔵技術はまだまだ発展途上なこともあって、こっちで和食に挑戦するのは中々に無理がある。味噌や醤油は入手しづらいし、残念ながらそのツテもない。そもそもわたしの知っている〝和食〟は二十一世紀のものだし。

 ちなみにお米は普通に流通している。ジャポニカ米ではないけど。

 前世が前世のせいか、わたしのケジャリーを作る腕前は、すでにお母さんより上と家族から絶賛されている。……中華鍋を手に入れるべきかも?

 わたしはポリッジを自分用のお椀に注いで、ベーコンの切れ端と一緒に炒めた蕪を入れて巻いた卵焼きの皿をテーブルに置いた。

 うちのポリッジはシンプルに水と塩だけのものだ。ミルクで煮たり甘みをつけたりなんてしない。少なくともわたしは嫌だ。あと、卵焼きはあくまで卵焼きで、オムレツでないのはミルクを使わないから。野菜でつくった出汁で作ってある。

 イングランドだと海藻食べないらしいけど、ウェールズだと食べるらしいんだよね。海苔の佃煮でも作れないかな?

「あー、またリリーが一人でなんか食べてる」

「お姉ちゃん、お兄ちゃんも」

「おはよ、リリー。くれ」

 言うが早いか兄の手が伸びてきて、素早く皿の上から卵焼きをくすねていく。まったく油断も隙もない。

 五つ年上の兄ネッドは成長期の真っ最中なので、いつでもどこでもどんな時でもお腹を空かせている万年欠食少年なのである。

「ちょっとお兄ちゃん!」

「これ、ネッド!」

 お母さんの咎める声も軽く受け流し、もそもそと口を動かしながらネッドが椅子に腰を下ろす。くそう、無駄に脚が長いな。

 モブ顔のあたしと違って、ネッドはお父さん似でイケメンだ。しかも、お母さん譲りのツヤツヤのダークブロンドにキラッキラの青い眼。姉のアマンダだって美人だけど、ネッドよりは落ちる。きょうだいのうちで一番美形度が高いのは兄なのだ。おかげで村ではモテモテである。

「少し前にポリッジも食べたろう」

「足りねー」

 そう言ってネッドは真っ平らなお腹をさする。肉体労働も多いので、腹筋がバッキバキに割れているのも知っている。くそう。

 前世のわたしに言ってやりたい。兄貴なんていたって、そんないいモンじゃない。

「肉くれ、肉」

「もー、何で、こんなのが兄貴なんだかな」

 自分達用のお茶を入れながらアマンダがボヤいている。兄と姉の年齢は二歳しか違わないので、末っ子のわたしより多く被害を被ってきたゆえの発言である。

 ダークブロンドに琥珀色の眼のアマンダは、しっかりもので面倒見のいい姉だ。ちょっぴり気の強そうな猫っぽい感じ。掃除やお裁縫はお手の物だけど、料理の才能だけがない。甘いものはもちろん好き。

「なぁ、リリー」

 二人して何かを期待しているように、こっちを見てくる。

「お母さーん?」

「作っておやり」

 前日の残り物を使ってもかまわないと言質を取り、わたしは仕方なく立ち上がった。残ったポリッジは普通にネッドが食べていた。むう。

「しょーがないなー」

「やったー!」

「さすがわたしの妹!」

 いい歳してと思わないでもないが、食材が無駄になることを思えば仕方ない。あ、ソーセージがあるや。ベイクドビーンズも残ってるな。よしよし。

 うちのベイクドビーンズは缶詰じゃなくて、戻したインゲン豆を壺に入れてオーブンで蒸し煮にして作ってある。豆多めだけど、しっかり豚肉だって入ってるぞ。挽肉だけど。

「キャベツと玉葱〜」

 輪切りにした玉葱をオーブンで焼く。よく洗ってざく切りにしたキャベツをフライパンで炒め、カレー粉で味をつける。

 この時代、すでにカレー粉は開発されて、大英帝国領では普通に流通しているのだ。

 やったね♪

 何せ、日本のカレーライスの元は、この頃の英国式カレーだ。インドはまだ大英帝国の植民地だったりするので、現地で本格的なインド料理や俗に言うアングロ・インディアン料理を食べてた人もいっぱいいる。

 そりゃ香辛料を自分で配合するに越したことはないが、便利なものはあったら使っちゃうよね、やっぱり。

 炒めたキャベツを皿に移し、適当に切れ目を入れたソーセージをフライパンで焼く。ベイクドビーンズにはチリを振って、味を再調整する。

 じつは昨日、作っておいたパンがあるのだ。試作品だったんだけどなぁ。

 少し太めの棒状に成形したテーブルロールを取り出し、縦に切れ目を入れてゆく。そこにカレーキャベツを詰め、焼いたソーセージを挟む。ケチャップと粒マスタードを乗せれば、ホットドッグの出来上がりだ。キャベツは詰めないでソーセージと焼き玉葱を挟んだ方には、味変させたチリ風味ベイクドビーンズをかけてチリドッグ擬きにした。

「お、うま」

 さっそく手を出して頬張る兄の第一声に、わたしはドヤ顔でうなづいてみせた。

 そうだろう、そうだろう。もっと妹に感謝してもいいのだぞ、兄よ。

「あら、いいわね」

「おや」

 お母さんも興味を惹かれたらしい。

「昨日、何か焼いてると思ったら、このためのパンだったのかい」

「うん」

 試食用に半分切ったホットドッグをお母さんに差し出す。

「どこの料理?」

「アメリカ」

 正確に言うと、アメリカ発祥日本で魔改造されたものだ。元々はパンにソーセージを挟んだだけの軽食。確かカレーキャベツが入ってるのは、日本でも関西圏だけのハズ。

 ニューヨークの屋台では、もう普通に軽食として売られているはずだ。

 家族はお客さんのために取っている雑誌をわたしが熱心に読んでいるのを知っている。そこから知識を仕入れていると思っているようだ。アマンダに言わせると、わたしは新しいもの好きらしいので。

「新しいね」

 ありきたりの材料だけど、組み合わせれば新しい料理になる。

「うん、新しいね」

 わたしは新しくて懐かしい味に齧りついた。

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