第4節 -絶対王政-

*6-4-1*

 激しいノイズと共にホログラフィックモニターに突如として映し出された映像。

 荘厳な大聖堂を思わせる空間に設置された演説台の背後に佇む一人の男。

 この数か月の間に、世界中の人々がこの男の姿を幾度となく目にしたことだろう。


 グラン・エトルアリアス共和国 大統領 アティリオ・グスマン・ウルタード。


 彼は一方的に開始した演説冒頭で名乗りを上げると、インド洋に燦然と輝いた悪夢の閃光に対する正当性をまくしたてた。


『自らの示した理念を放棄し、道を違え、志を共にしなかったはずの国際連盟の肩を持ち、彼らに服従して我々に対する武力行使まで行ってみせた。機構は志を捨て、悪に魂を売り渡したのである』


 その言葉が語られる背後では、北大西洋の海上で正面から向き合うサンダルフォンとネメシス・アドラスティアの姿と、互いに荷電粒子砲を撃ち合う様子が鮮明に映し出されている。

 さらに映像は時を遡り、先遣艦隊の先制攻撃によって次々と破壊される共和国のネーレーイデス艦隊群が映し出された。

 巧妙に編集された映像は、連合国が共和国に対して奇襲を仕掛け、一方的に共和国の艦船群を攻撃したというミスリードを誘うものであり、同時に演説をぶち上げる彼の言葉が無くとも共和国の戦闘行為に関わる正当性を誇示するに足る内容に仕上がっている。


 そうしてついに――

 太陽神の名を冠する爆弾が生み出した、悪夢の光を捉えた映像が流された。


『この光景を見よ、目に焼き付けよ、そして心に留め置くが良い。

 我々の勧告に従わず、降伏の意を示さぬ国は間もなく同じ道を辿ることになるのだと。

 世界は悪意に満ちている、世界は罪に満ちている。世界は一度我らが掲げる理想の下で浄化されなければならない。


 勧告に従わぬというのであれば、我々は躊躇することなく攻撃を開始する。

 今日という日が怒りの日であると知れ。ダビデとシビュラの預言のとおり、世界が灰燼に帰す日であると』


 その後、天高く突き上げた拳を静かに薙ぎ払ったアティリオは、各国の賢明な決断に期待すると言い残して世界国家に対する“最後通告”を終了したのであった。


 衛星から捉えた現在のインド洋上の映像が再びサンダルフォンのホログラフィックモニターに映し出される。

 数十万人の隊員達が集う巨大なギガフロートの姿はもうそこにはない。

 海上に浮かぶのは、切り裂かれたかのようにばらばらに溶かし砕かれたギガフロートの残骸だけ。


 1945年8月9日以来の、世界史における多くの人命が集う場所を標的とした核攻撃。それも、核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルによる攻撃は有史以来初の出来事である。

 上空で炸裂し、太陽の如く輝いた光。

 直下にあったギガフロートを瞬時の内に跡形もなく消し飛ばし、目に見えぬ死の熱線を大気に注ぐ“科学者の罪”の具現。


“無限の太陽が一斉に空へ光を放つなら、それは神の如く万能の輝きとなるだろう”


 遥か昔の予言めいた言葉が、現実となった瞬間だ。

 しかし、それは人々に恩寵を与える神がもたらす輝きなどではない。

 人が自らの業を以て人に対して放つ、偽りの神の光。滅びをもたらす破壊の煌めきであった。



 世界連合軍艦隊とグラン・エトルアリアス共和国軍艦隊が静かなる睨み合いを継続する最中、唐突にもたらされた悲劇に関する報告は勢いを無くし潰えている。

 サンダルフォンのブリッジに詰める隊員全てが茫然とホログラフィックモニターの映像に目を釘付け、ただ為す術もなく事の成り行きを見届けるだけ。

 個人の力、世界が持つ力の無力さに打ちひしがれるように、誰も彼もが言葉なく悲嘆に暮れる中、指揮官であるフランクリンは努めて静かな口調で通信隊員へ言った。

「セントラル3の状況はどうなっている」

「っ、はい…… 応答途絶。電磁パルスの影響により、各セントラル共に状況同じ。海中シェルターとの通信も確立できません」

「インド洋で警戒調査任務に当たっていたミカエルはどうか」

 この言葉に索敵を担っていた隊員が返事を返した。

「ミカエルのシグナルは健在です。連絡を取ることは出来ませんが、ラファエル級フリゲートと共にインド洋上にて状況観測を継続しているものと見られます」

 中性子を遮る海中ならともかく、大量の放射線が注がれる爆心地に洋上から近付くことなど出来ない。

 おそらく、ミカエルに乗艦している隊員達は自分達以上に歯がゆい思いと苦しい思いを抱いたまま、洋上に静止するしかない状況を苦々しく感じていることだろう。

 分かり切った状況確認を聞き届けたフランクリンは、視点を別のところに映して言った。

「メタトロンとの回線は開けるか?」

「はい。ノイズが入るかもしれませんが可能です。接続します」


 絶望的な状況の中、通信隊員が手際よくメタトロンとの通信回線を確立すると、間もなく応答音が鳴り響いた。

『コード:POC C2K 0002 ベートより、サンダルフォンの通信要求を受諾。識別名エヘイエー 太平洋調査艦隊旗艦メタトロン 艦長ハワード・ウェイクフィールド少佐』

 第一声だけで伝わってくる絶望の気配。

 憔悴しきった声色から察するに、これから聞こうとする内容について思うような回答は得られないだろうことをフランクリンは悟りつつ、気を鎮めながら語り掛ける。

「サンダルフォン 艦長フランクリン・ゼファート司監である。ウェイクフィールド少佐、応答に感謝する」

『問われる内容は承知しております。“なぜ、アストライアーから発射された核ミサイル攻撃を探知することが出来なかったのか”についてでありましょう』

「答えは承知している。システムハーデスによるミサイルそのものの隠匿。こちらも先の海戦において似たようなものを見た。それは高速魚雷を同システムにより隠匿したものだったが…… しかし、よもや弾道ミサイル発射時の熱源まで完全に隠匿するほどのものであったとはな」

『アイギス -ミラージュ・クリスタル-。アストライアー周辺に展開されたあの防御兵装が認識阻害の作用を加えていたことは明白です。あの浮遊する防御板にも同じシステムが組み込まれていますから。

 アストライアーがセントラル3にミサイルを射撃したと思われる時刻のデータを精査した結果、ミサイルの発射に関するそうした事実が確認されています』

「得られた情報をこちらに回せるか」

 淡々と検証作業を行う様は、セントラル3を喪失した直後の仲間の行動として冷淡に映るかもしれないが、フランクリンは彼らがそのような振る舞いを見せていることにむしろ安堵していた。

 同じ場所から2射目を撃たせるわけにはいかないのだから。

 問われたハワードは現在までに精査が完了した解析結果を報告する。

『はい。ミサイルの射撃時と思わしき推定時刻の動きについて、特筆すべきデータがいくつかありますので、それらをすぐに』

 ハワードが言った直後、メタトロンによる解析データの全てがサンダルフォンへ送信された。

 モニターに表示された資料に目を通してフランクリンは言う。

「この情報を真に受けるならば、未だ2射目は打ち上げられてはいないということになるな」

『アストライアーだけでなく、周囲に展開するアイギス、及び近海に静止したままのアンフィトリーテにも新たな動きはありません。発射態勢を整えたということは事実ですが、それ以上のことは何も。ただ、共和国標準時の正午を過ぎれば――』

 ハワードは意図的に言葉の先を濁した。

 痛いほどに気持ちは分かる。淡々と必要な情報についてのやり取りを行っているが、誰しもが平常心を保った状態を装っているに過ぎないのだから。

 フランクリンは彼の心情を思い、最後にセントラル3に関する情報が得られていないかを尋ねる。

「セントラル3について、何か得られている情報はないだろうか」

 すると、ハワードは静かに首を横に振った。

 言葉なくうなだれる様子から見ても、入手している情報はまったく同じものであることは想像に難くない。

 悲痛な面持ちで押し黙る彼を見たフランクリンは、アストライアーの状況報告に応じてくれたことに礼を伝えた。

「そうか。情報提供に感謝する」

『新たな情報が入り次第、随時提供しましょう。それでは』

 その言葉を最後に、メタトロンとの通信は終了した。

 閉ざされたホログラフィックモニターの代わりに、視界一面に広がったのは雲に暗く閉ざされ燃え上がる海上の景色。

 対面で静止するのはトリートーンを始めとする共和国の艦艇群だ。地獄の門で待ち構える使者か、或いは門番のような威容を誇示したままの3隻と艦首を向け合い睨み合う。


 時刻は午前11時50分を回り、刻限まで残り10分を切った。

 ここに集う艦船群の派遣元である国家政府が、それぞれどのような決断を下すのか。

 こちらから手を出せば核が再び撃たれ、手を出さなくとも時間の経過とともに核は撃たれる。

 降伏を示すほかにないのだろうか。


『マークת…… イグレシアス隊員。何をやっている。世界はもう、可能性を信じ続けるという希望を捨てざるを得ない状況にまで追い詰められたぞ』


 共和国の理想を挫き、動きを止める為にはアンジェリカを止める他に道はない。

 だが、これは一種の希望的観測だ。アンジェリカを止めたところで、彼女に付き従う者達が理想実現を諦める保証などどこにもない。

 彼らが降伏する可能性も未知数であり、さらに言えば彼女に代わって世界の破滅実現を強行する可能性の方が高いのではないかという懸念もある。

 前進する時は終わりを迎え、膠着状態の中で重大な決断を下さねばならぬ時が来た。


 セントラル3の仲間達の安否。各国が下す決断。マークתの動向――


 そうしてフランクリンが拳を閉じ、あらゆる物事について思いを巡らせる最中のことである。唐突に赤色の警報シグナルが点灯し、緊急通信のブザーがけたたましく鳴り始めた。

 怪訝な顔をしながら通信隊員が言う。

「緊急連絡、航空整備班からです。接続します」

 通信を接続するノイズが流れてすぐ、緊迫した声がブリッジに響き渡る。

『こちら第三航空整備班! 艦長、第四格納庫に収容していたソニックホークが何者かの手によって動き始めています! 制止を無視し、電磁カタパルトへと進行中!』

 直後、艦内航空管制を担う隊員が慌ただしく言った。

「第四航空格納庫、ゲート解放を確認! セキュリティが突破されました!」

「プロヴィデンス・コントロール、制御受け付けません! 命令伝達エラーが繰り返されています!」

 フランクリンは即座に制止指示を出す。

「発艦を止めさせろ! コントロールコンソール! 第四格納庫の電力供給を遮断するんだ!」

「無理です、ゲートコントロール同様に、電磁カタパルトの制御もこちらからのアクセスを受け付けません」

「艦内システムスキャンを実行、走査開始。 ……これは、格納庫内の制御システムが物理的に破壊されている模様!」

「何だと?」

 セキュリティシステムを作動させずに制御システムだけを破壊するなど有り得るはずがない。

 そんな芸当が出来る人間がいるとすれば――

 フランクリンが最悪の想定に思いを寄せる中、各隊員達が必死のソニックホーク発艦の制止を試みる声だけが虚しく響いた。 

「ブリッジより第四格納庫、ソニックホーク搭乗員に告ぐ。発艦許可は出していない。直ちに発艦を停止せよ。繰り返す、直ちに発艦を停止せよ」

「ソニックホーク、電磁カタパルト接続。車軸固定。サイクロンコンバーターより電力供給開始。リニアモーター起動、磁場の形成確認。射出態勢に入りました!」

『機体から離れろ! 吹き飛ばされるぞ! 退避! 退避!』

 航空整備班の怒号が伝わると同時に、甲高く鳴り渡っていた航空機のエンジン音に勢いが増す。

「ソニックホーク、停止せよ! 聞いているのか! ソニックホーク!」


 だが、その声が届くことは無かった。隊員の制止も虚しく、サンダルフォン艦尾付近にぽっかりと口を開けた第四航空格納ゲートより黒き翼が飛翔する瞬間が捉えられたのだ。

 発艦を確認した火器管制隊員が言う。

「対空迎撃システム再稼働。CIWS射撃スタンバイ。目標、ソニックホーク」

 指揮命令を無視した無断発艦は機構隊員規律における重大違反であり、状況によっては撃ち落とすこともやむを得ない。

 ましてや、今は敵と睨み合う一時停戦の最中にあり、しかも下手に動けば核ミサイルが世界を襲いかねないという状況下にある。

 予想通り、同じ懸念を抱いた各国艦艇からの通信接続要求がひっきりなしに鳴り渡った。

 おそらくは先の発艦に対する事情説明を求める為のものだろう。

 そして、発艦の様子は味方の連合軍艦艇だけでなく、共和国軍も探知したことは明白だ。敵軍の火器管制レーダー起動を知らせる警報音からして間違いない。


 誰が搭乗しているのか察しがついていたフランクリンは内心で躊躇ったが、隊員規則と非常時運用マニュアルに則って行動した隊員を止めることは無かった。

「ソニックホーク、後方より旋回して引き返してきます」

 索敵隊員の言葉に全てが凝縮されている。彼女が搭乗しているのなら、推定される行き先はおそらくアンヘリック・イーリオンだろう。

 であるならば、共和国軍をこれ以上刺激しない為にも、引き返してきた一瞬を逃さずに撃ち落とさなければならない。

 ところが、CIWSの砲火射程に機体が差し掛かろうかという直前。ブリッジ前方の視界に激しい閃光が走ったかと思うと、サンダルフォンの艦体が激しく揺さぶられた。

 直後、遅れて鳴り響く耳をつんざくような轟音が鳴り渡ったかと思うと、眼前を埋め尽くすほどの黒煙が一斉に艦体から噴き上がったのだ。

 艦体を上下に揺さぶる振動に耐えながら、隊員が艦の状況を報告する。

「上空からの雷撃により、CIWS及び電磁加速砲の全門を喪失!」

「自動消火鎮圧システムに異常! 消火班出動!」


 報告を聞いたフランクリンは、この一連の事件を起こした人物が間違いなく彼女であることを確信した。

『アイリス……! 第四格納庫ということは、手引きしたのは国連から体験加入で来ていたあの3人か!』

 だが、それが理解出来たところで何の意味があるわけでもない。

 ひとつ確かなのは彼女が離脱し、持てる武装の全てを失ったサンダルフォンから継戦能力の全てが失われたという事実だけである。

「ソニックホーク、真っすぐにアンヘリック・イーリオンへ進行」

 このままサンダルフォンが共和国軍に狙い撃ちされれば為す術はない。この場にいる全員が沈みゆく艦体と運命を共にすることになる。

 やむを得ず、フランクリンが艦の後退も含めた命令を思案していると再び一人の隊員が言った。

「共和国軍の火器管制レーダー、反応消失」

「ソニックホークに対する迎撃も行われていない模様」


 この2つの報告にフランクリンは大きな違和感を覚えた。

 共和国が手を引いた? まさか、彼女が共和国と結託していたとでも?

 いいや、それはない。国連所属であり、マリア直属の側近ともいうべき彼女がアンジェリカに手を貸すなどと言うことはまずもって有り得ないことである。


 では、なぜ――


 そもそも、なぜ彼女は、アイリスとアヤメはサンダルフォンを脱走するなどという行為に及んだのか。

 フランクリンは内心に湧き上がる悪い予感を拭えないまま、黒煙に閉ざされたブリッジ前方の視界に目を向けた。


 何かが起きる。


 イベリスの言う可能性でもなく、アンジェリカの言う理想結実でもなく、もうひとつの何かが。

 漆黒の機体の逃走劇は、新たなる激動の幕開けを予感させるものであった。



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