*4-5-2*

 無機質でありながらも柔らかな音色を響かせる航空管制システムのアラーム。共和国周辺一帯をモニタリングする広範囲レーダーの探査音。

 共和国周囲に展開する艦船群を映し出すホログラフィックモニターの横には、衛星から捉えた敵艦隊群を鮮明に映し出す別のホログラフィックモニターが並ぶ。

 たった今、戦いの火蓋が切って落とされた海上決戦の映像の様子はさながら映画作品の一部を切り取ったかのようだ。

 中央管制室の中心に立つシルフィーは、先ほど敵艦艇群から射出されたハープーンとレーザー砲の連撃によって、爆発炎上し沈みゆく自国艦船の映像を温和な笑みを浮かべたまま眺めた。



 全ては計画通り。

 全ては作戦通り。



 顔を真っ赤にしながら、必死の形相で、決死の覚悟で挑み来る世界連合艦隊。

 おそらく今頃は小さな艦橋の中で拳を突き上げ気勢を上げている最中であるのでしょう。

 とはいえ。貴方がたが誇らしげに討ち取った眼前に立ち並ぶフリゲート、ネーレーイデスは無人の艦船。そのような空の艦を撃ち抜いて悦に浸っている道化ぶりといったら――

 でも、ねぇ? 楽しいでしょう? 敵国の艦船が美しく燃え上がり、水平線を赤黒く染め上げ、巨大な鋼鉄の塊が冷たい海に引き込まれていくのを見る様は。

 えぇ、えぇ。貴方がたも間もなく、間もなくそのように。地獄の門は口を開き、貴方がたの到着を歓迎しておりますが故。


 そう。どこまで行ってもわたくし達のお楽しみを提供する道化に過ぎない貴方がたには、褒賞として特別な結末を用意して“差し上げる”べきでしょう。

 我らが主、我らの王、我々の夢。

 あぁ、アンジェリカ様、アンジェリカ様、どうかご覧くださいませ?

 自由なる風。わたくし、シルフィーは貴女様にご満足いただける最高のショーを運んで見せましょう。




 やがてこらえ切れなくなった不敵な笑い声を漏らしながら、シルフィーは迫りくる連合艦隊を見やり狂気に歪んだ笑みを覗かせる。


 メトロノームのように心地よい警報アラームだけを響かせる、和やかな雰囲気のアンヘリック・イーリオン中央管制室。

 しかして、穏やかさの中にある狂気。独特の緊張感が空間を包み込む中、1人の兵士が言う。

「シルフィー様、予定通り連合艦隊は接続水域を跨ぎ、我が国の領海線へ向け進行中です。次はどのようにいたしますか?」

 指示を仰がれたシルフィーはしなやかに手招きする仕草を見せながら、甘く優しい声色で言う。

「このまま彼らを迎え入れましょう。領海線まで、真っすぐに。正面以外、周囲に展開しているネーレーイデスを前面に集結させてくださいませ。出来る限り、慌てふためくように、みっともなく。演じさせるのです」

「承知しました。ダイレクション:ヨッド及び、ダイレクション:ダレットまでの部隊をアレフまで移動させます。

 全フリゲート ネーレーイデスへ伝令。ダイレクションコントロール、ヨッドからダレットまでの各部隊はアレフへ集結」

 くすくすと笑いながら言うシルフィーの命令を聞き、兵士は指示に従い指令を発した。

 その後、別の兵士が状況報告を上げる。

「ダイレクション:アレフ、被害甚大。先の敵艦隊の攻撃により、ポイント:イプシロンに展開している艦船の40パーセントが大破、或いは戦闘継続不能です」

「敵艦船群にさらなる動き有り。艦載機発艦に合わせ、レーザー撹乱幕を射出した模様。レーザー減衰率90パーセント」

 報告を聞いたシルフィーは楽し気な様子で言う。

「では、お望みの展開をお贈りして差し上げましょう。ネーレーイデス4番から12番、及びラオメドン城壁のステロペース改射撃用意。照準、敵艦船側方。この状況で届くはずもありませんが、万が一にでも当てないよう。慌てふためき、間抜けに照準を外してくださいませ?

 続き、艦載しているカローンを発進させてください。敵航空機の遊び相手になれば十分。本国へ飛来する敵機のみ撃ち落とし、それ以外は海上で適当にあしらうことにいたします」

「はっ! ネーレーイデス、武装解放。ステロペース改、射撃用意。エネルギー充填率40パーセント。目標、敵艦船側方。射撃します」

「ラオメドン城壁設置のステロペース改、援護射撃体勢良し、射撃を開始します」

「カローン発進用意、搭乗アムブロシアーのコントロールをシルフィー様へ委譲します」


 そうして、兵士たちの出す指示を聞いたシルフィーの瞳は虹色に輝き出した。

 シルフィーの脳神経をコピーし、複雑な思考パターンまでも再現可能としたニューロモルフィックチップ。これを埋め込んだアムブロシアー達に対し、彼女は脳波コントロールのみで直接指示を送り込むことが出来る。

 同時に操ることの出来るアムブロシアーの数に基本的な制限はなく、全てはシルフィーの脳内で処理できる情報量に応じてそれは決定される。

 だが、先に彼女が発したような単純な命令を遂行させる程度であれば数百はおろか、数千の大群であっても意のままに動かすことが可能だ。

 やがてネーレーイデスから飛び立ったカローンは迫りくる敵機を生かさず、殺さず、命令通り忠実に“ただあしらう”といった飛行動作で翻弄し始めた。


 兵士が新たなる状況の報告をする。

「ステロペース改、敵レーザー撹乱幕の影響により目標到達前にエネルギーの消滅を確認」

「カローン各機、敵戦闘機との交戦を開始しました。現状の被弾はありません」


 報告を聞きながらシルフィーは両手を広げて上に持ち上げ、そっと瞳を閉じて思う。



 これがわたくしの戦場。

 これがわたくしの作る芸術。

 戦地で戦う者、艦船群は演者で戦術は表現。

 音を奏でる為の指揮を執るかの如く、或いは映像作品を構成する為の指揮をするかの如く。

 誰にも邪魔されることの無い、全てはわたくしの意思によってのみ練り上げられる至高の作品。

 そう―― もはやこの地に、この世界にわたくしの行いを邪魔するものなどありはしない。幼き日の惨めなわたくしとは違う。

 あぁ、どうか、どうかご覧くださいませ。アンジェリカ様、アンジェリカ様! 麗しき我らの王! 世界に、ただ一人の理想の御方。

 わたくしは貴女様の為に…… 貴女様の為だけに、今世紀始まって以来の最高の作品を貴女様にお届けいたします。


 再び目を開けたシルフィーは変わらぬ虹色の瞳を輝かせたまま満面の笑みを浮かべ、自らが練り上げた作戦の要となる指示を送った。

「そろそろ頃合いでしょうか。トリートーン、ロデー、ベンテシキューメーをダイレクション:ギメルより領海線に沿って進軍させてくださいませ。

 システムハーデス展開率は90パーセントで固定。トリートーン、ロデー、及びベンテシキューメーへ伝令。カドゥケウス改のエネルギー充填を急がせるように。次いで、各艦カローン発進用意。

 ネーレーイデスには、敵艦船群が横一列で領海線まで到達できるように囮を演じ続けさせてください。決して敵隊列を乱れさせてはなりません。進路を外しそうになる艦船がいれば、高速魚雷-ケトゥス-の威嚇射で即座に修正を。

 ただひたすらに無能を、足掻き続ける愚者を演じさせてくださいませ」


 シルフィーは艦隊決戦に向けて温存していた3隻の艦船の出撃を命じる。

 原子力空母トリートーン、原子力航空巡洋艦ロデー、及びベンテシキューメー。

 海洋神ポセイドンと妃アンフィトリーテの間に生まれたといわれる子の名を冠した艦船群。

 常に三位一体で行動を共にする3隻は、ネメシス・アドラスティアやアンティゴネの設計思想の原型となった艦船でもあり、それらの空中戦艦群が完成した後に改良を施されたという歴史を持つ最新鋭艦船だ。

 トリートーンは高い自衛能力を備えた巨大空母で、移動要塞と形容するに相応しい能力を保有している。右舷と左舷両側に長く伸びる滑走路を持ち、艦橋が船体中央に据えられた珍しい設計の空母であり、上部と下部前後に合計8基の電磁カタパルトを装備している。

 戦闘機カローンを計100機艦載しており、それらを最大効率で発進させることで瞬時に戦場の制空権を獲得することが戦場における運用目的だ。

 ロデーとベンテシキューメーに至っては、大国が設計思想のみを提唱してついぞ実現することのなかった航空巡洋艦という仕様を世界で初めて高次元で実現させた艦船である。

 2隻はネメシス・アドラスティアなどに搭載されるフローティング・ミラー・ビットデバイスである特殊防御兵装〈アイギス-ミラージュ・クリスタル-〉を装備し、カドゥケウス改二連装高出力レーザー砲などと合わせ、攻撃と防衛における能力を最大規模まで高められていることが特徴だ。もちろん、航空巡洋艦という名の通り、多数のカローンを艦載しており空母として機能も果たす。

 トリートーンは空母としての役割に比重を置き、ロデーとベンテシキューメーは巡洋艦としての役割に比重を置き運用される。

 ロデーとベンテシキューメーの間に座して制空権獲得を目指すトリートーンを、左右の2隻が援護しつつ敵戦力を削るという運用が基本戦術である。


 とはいえ、実のところこの3隻はこれまでの海戦において実戦投入されたことが無い。

 投入以前に、シルフィーの『出すまでもない』という判断によって戦場へ送られたことが一度も無いのだ。

 故に、今回の最終決戦における運用が最初の実戦投入であり、最後にして初めて、世界中から集まった艦船群を相手に牙を剥くこととなったのである。


 モニターの向こう側に見える連合艦隊を見下し、嘲笑するかの如く笑みを浮かべたシルフィーは低く囁く。

「さぁ、おいでなさい。連合艦隊の憐れなる子羊たち。貴方がたが領海線を越える瞬間、狼の牙によって横腹から抉り抜いて差し上げましょう。

 その誇らしげな武勇が、希望に満ち溢れた気勢が、絶望へと転じる様をわたくしは見たい。

 そう、今貴方がたは“永遠”の前に立っている。地獄の門は、貴方がたを歓迎いたします」


 意気揚々と進撃を続ける連合艦隊に、可能性や希望など存在しない。

 与えられるものはただひとつ。


 罪による報酬は、死である。



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