*4-5-3*
遠い空に黒煙が立ち昇っている。紛うこと無き戦火の狼煙だ。
あれはどちらの艦船群から放たれる煙なのか。
サンダルフォンのブリッジにいる誰もが、遥か彼方で起きている戦いの行方に不安の息を呑む。
レーダー上では世界連合の艦隊と共和国の艦隊とが、互いに有視界戦闘範囲に入ったところであり、つい今しがた先遣艦隊旗艦より共和国に対する停戦協定の破棄通達と攻撃開始を行うと伝令が入ったばかりであった。
そのような中、ただ1人だけ明確に海戦の状況を把握していたイベリスが皆を安心させる為に言う。
「大丈夫。あの黒煙は先遣艦隊から立ち昇るものではない。先遣艦隊は今、共和国の水上艦船ネーレーイデスと交戦を始め、最初の攻撃に成功したところよ。
共和国側の水上艦隊の内、正面に展開していた艦艇群の40パーセントほどが既に戦闘継続不能な状況に陥っているわ」
彼女の言葉にブリッジは安堵の吐息とざわめきが漏れる。同時に、これまでの苦境を覆す最初の戦果に小さな喜びを示す者もあった。
イベリスは続ける。
「共和国側は国土周囲に張り付かせていた残存のネーレーイデスを急遽、連合艦隊が攻撃を仕掛けた方面へ集結させる動きを見せている。
けれど、連合艦隊側が共和国領海線に辿り着くまでに陣形を再度整えることはおそらくできないと思う。プロヴィデンスの計算上でも結果は同じよ。間違いなく、連合側先遣艦隊が領海線に辿り着き、そこを突破する方が先ね」
状況の報告を聞いたフランクリンが確認の為に言う。
「イグレシアス隊員、我々の向かう先はこのままで良いのだな?」
「えぇ、今のところは」
「分かった。針路そのまま、艦隊は第二種戦闘配備のまま待機」
すると、指示を受けた隊員達が矢継ぎ早に返事をした。
「針路固定のまま、速力を維持。艦隊隊列を保ち前進します。目標地点への到達予定時刻は計画通りです」
「第二種戦闘配備のまま待機。状況、経過観察。周囲の警戒は厳とせよ」
イベリスは周囲の声を聞き流しながら、再び目の前に広がる水平線の彼方へと意識を集中した。
これで良い。これで良いはずなのだ。示される状況は連合国側に有利であると物語っているし、直接目にした景色に不穏な気配など微塵も感じられない。
であるはずなのに、なぜだろうか? イベリスは内に沸き上がってくる不安感を拭えずにいた。
風が、ざわついている。
全方位を海に囲まれた共和国は、連合艦隊がどの方面から仕掛けても対処できるよう、国家周辺を取り囲む形でフリゲート ネーレーイデスを配備していた。
結局、連合国側が一点突破の為に北北東の方角から集中攻撃を開始した為に防衛線は機能せず、その突破されかかっている防衛線の補填の為に慌てて他地点の艦艇を集結させようとしている有様だ。
しかし、どうにも様子がおかしい。明らかに出来過ぎている。共和国がこれまで世界各地で繰り広げてきた戦線というものはこのようなものだっただろうか?
イベリスはプロヴィデンスに収められた各国の交戦データを参照しつつ、思考を巡らせる中で2週間前に出会った1人の女性の姿を思い浮かべた。
シルフィー・オレアド・マックバロン。美しさと淑やかさの中に、隠しても隠し切れない狂気を秘めた油断ならない人物。
アンヘリック・イーリオンへ足を踏み入れたあの日、これまでアンジェリカの企てだと思っていた計画のほとんどが実は彼女の立案によって実行されたものであるという事実がつまびらかとなった。
穏やかな笑みの向こうに隠された冷酷な本性。仮に、今共和国の艦隊指揮を執っているのがアンジェリカではなく、彼女であるとしたらどのような作戦を遂行するだろうか。
他者を苦しめることに享楽と快楽を得るような人物が考え得ること。
おそらく、希望に満ち溢れた状況を一瞬にして絶望へと変化させるような仕掛けを施してくるに違いない。動的な感情の変化を弄ぶ一連の過程にこそ娯楽を見出すはずだ。
であるならば、連合艦隊が有利であるという状況は彼女によって作られた虚構。
全て演じさせられている、或いは真の目的の為に踊らされている可能性がある。踊らされているのは何もこちら側だけではない。連合艦隊を陥れる為に、敢えて共和国軍艦艇も無能の役回りを演じているのだとしたら――
その時だ。共和国の兵器一覧を参照する中で、妙に引っかかりを感じた項目が存在したことを思い出す。
プロヴィデンスに新たに登録された機密区分のデータベース。そこで閲覧した共和国が持つ兵器艦船群において、未だにどの戦場にも姿を見せていない艦船が確か存在したはずだ。確かその名はトリートーン、ロデー、ベンテシキューメーだっただろうか。
イベリスは確証を得る為、すぐにプロヴィデンスのデータベース上から当該のデータを参照した。
『共和国の保有する主な水上艦艇はネーレーイデス。最新鋭の装備が施された高性能フリゲートであり、実に共和国の9割以上の軍艦艇が万能の使い勝手を誇るこの艦種で占められている。
他にはネメシス・アドラスティア、アンティゴネ、アンフィトリーテ、それと――
あった。原子力空母トリートーン、原子力航空巡洋艦ロデー、ベンテシキューメー。最新鋭の装備を持つ世界最高の水上艦艇。ただし、今に至るまで一度も戦線に投入された実績はなし。
そのような艦船が、共和国の命運を決定づける最終決戦においてすら、未だに姿を見せていないだなんて』
直後、ある結論に思い至ったイベリスは即座にフランクリンへと向き直って言った。
「艦長。すぐに彼らを、先遣艦隊の進行を止めて! 今すぐによ。減速指示を出し、陣形を斜線上に取りながら9時方向に転舵させてるように伝えて頂戴。このまま進めば先遣艦隊は間もなく全滅するわ」
真っすぐにイベリスの目を見据えて話を聞いたフランクリンは何も問わず、すぐに先遣艦隊へと伝令を送るように通信員へ命令を下す。
「先の指示をそのまま先遣艦隊全艦へ伝達しろ」
指令を聞いた通信員は慌ただしく先遣艦隊へ伝令を通達した。
イベリスの近くで話を聞いていたアイリスが真意を問う為に言う。
「どうして? どう見てもこちら側の有利じゃない。もしここで立ち止まれば、針路変更をしている間に西側から回り込んでくるネーレーイデスに背を向けることで、一気に形勢が不利に傾く可能性もあるのよ? 本隊の到着に先駆けて、わざわざ彼らに立て直しの時間を与えるような真似をするだなんて」
彼女の質問と同様の感情を持っていたフランクリンや、他のブリッジクルーもイベリスが何を答えるのか聞くために耳を澄ました。
イベリスは迷いのない目をアイリスへ向け、はっきりした口調で言う。
「彼ら共和国にはまだ姿を見せていない艦船群が存在しているの。プロヴィデンスのデータを見た限りでは、アメリカ海軍が持つ世界最大の空母エンタープライズより大型の空母が1隻と、共和国しか持ち得ない艦船が2隻。
名を原子力空母トリートーン、原子力航空巡洋艦ロデー、ベンテシキューメーというわ。
共和国周囲に展開しているネーレーイデスは全て囮で、先遣艦隊をそのままの直線隊列で引き込むためにわざと不利な状況を演じて見せている」
「油断しているところを側方から一斉攻撃で仕留めようという算段か」
フランクリンが言うと、イベリスは頷いて言った。
「もし、艦隊指揮を執っているのが彼女であればそうするでしょうね。艦隊側方からの強力なレーザー攻撃によってまとめて沈めるつもりよ。そして今、姿を見せていない3隻についてはプロヴィデンスの予測では東側に存在していると見込まれる」
ブリッジの一行にはイベリスの言う〈彼女〉が誰であるのかは分からなかったが、今の状況の後に訪れる展開としては十分に有り得そうな話だと考えることは出来た。
反論をするようにアイリスが言う。
「仮にその予測が正しかったとして、共和国の持つ特別な艦船が東側に存在しているという根拠は明確なの? もし判断を誤っていれば、やはり後ろから狙い撃ちされることになるわ」
多数の人命に関わる判断であり、今のイベリスに間違いは許されない。1つの判断ミスが数百から数万人の命を失くす結果に直結するのだ。
アイリスの反論に対し、イベリスは言った。
「グラン・エトルアリアス共和国へ上陸する為の港、要は正面玄関は西側に集中しているの。今の先遣艦隊の位置から見た東側というのは水上艦船が出航するには最も遠い位置にある。
言い換えれば、事前情報を見ているだけなら最も注意を向けにくい、注意をする価値を見出せない場所が本土の東側ということになるわ。
自分の城を守ろうとするとき、玄関である城門を固めようと考える―― 或いは自らが仕掛ける側であるなら、最も厳重な警戒が敷かれているのは城門であると考えるのは誰もが持つ固定観念のひとつだと思う。
現に、共和国側は敢えて港がある西側方面を重点的に防衛するように見せかける為、そちら側へ多くの艦船を配置しているわ。
今の時点で東側から脅威が迫っていると認識できる人は多くはないはずよ」
「そう、あくまで確率論の話ということね。明確な根拠ではなく〈有り得るとすればどちらの可能性が高いか〉という話。なるほど、AIの演算が導きそうな答えだこと」
アイリスが発した皮肉の物言いを気にする素振りを見せず、イベリスは言う。
「アイリス、本隊の全艦艇に第一種戦闘配備指示を通達して。共和国の姿を見せていない水上艦艇が先遣艦隊と交戦を始めればどうあれ戦況は一気に混乱に陥る。
シルフィーは先遣艦隊の壊滅をあの子の御前で見せる為だけに、わざとこのような趣向の作戦を取った。
であれば、混乱に乗じてあの子がやってくるということ。私達が彼らの元へ辿り着くよりも先に、空からあの子が来るわ」
イベリスの言う“あの子”がアンジェリカを指していることは明白だ。
アイリスは不満げな表情を浮かべながら言う。
「貴女の命令に従って行動するのなんて本当は願い下げだけれど、お姉様の言いつけだから聞いてあげるわ」
「いいえ、アイリス。これは命令ではなくお願いよ。全艦隊の通信を用いた伝令を下すよりもそのほうが効率が良い。マリアから聞いているでしょう? 貴女から伝令を通達する可能性については全艦長に事前通達が回っているから、みんなすぐに行動で示してくれるはず」
イベリスの言葉を聞いたアイリスはそっぽを向き、大きな溜息をつくと静かに目を閉じる。
そうして再び開かれた彼女のライトニングイエローの瞳は淡い光を放っていた。
アイリスは自身が持つ異能を用い、全員の頭の中へ直接語り掛けるように言う。
【艦隊旗艦サンダルフォンより全艦へ通達します。直ちに第一種戦闘配備へ移行してください。東海上よりまだ見ぬ敵勢力が進行しつつあり、間もなく空から新たなる脅威が顕れます。繰り返します、直ちに第一種戦闘配備へ移行し臨戦態勢を整えてください】
第六の奇跡、聖母の奇跡、或いは“虹の架け橋”と呼ばれた、1年前にナンマドール遺跡で示した奇跡と同じように。
アイリスの呼び掛けから間もなく、本隊の各艦船から警戒アラームが響き渡り、戦闘体勢へと移行したことが伝わって来た。
サンダルフォンの通信にもひっきりなしに他艦艇から状況を知らせる伝令が舞い込んでくる。
アイリスはイベリスを見据えて言う。
「どう? 満足かしら」
「えぇ、ありがとう」
イベリスが礼を言うと、アイリスは再度視線を逸らして言った。
「ねぇ、ひとつ聞いて良い?」
「何かしら」
「貴女、さっき効率がどうのとか言っていたわね? そう考えるなら、どうして先遣艦隊への命令を私にさせなかったのよ」
アイリスの主張は尤もである。伝令から行動までに時差が生じる通信より、全員の意識に直接語り掛けるという手段は先遣艦隊にこそ使うべきではなかったのかということだ。
彼女の主張に対し、イベリスは自嘲気味に言った。
「だって、貴女は根拠を示さない限りは私の言うことを聞かないでしょう? 根拠を説明していたら間に合わないと思ったのよ」
すると、呆れ気味にアイリスは言う。
「見くびられたものね。言ったでしょう? 貴女の命令に従って行動しろというのはお姉様の指示なのよ。お姉様の言いつけに私が従わないわけがないでしょうに。
万物を視通す神の目をもってしても、そんなことにも気付けないようでは貴女もまだまだ器としては足りていないということね」
「そうね。人には何もかも視通すことなんて出来はしない。だから貴女を信じてあげられなかったことは私の落ち度であり、真に私の器量が足りていないということの証明でもある。本当にアイリスの言う通りだわ。
けれど、先に貴女が言った通り。今この状況下における不確定要素は徹底的に排除しなければならない。
貴女が私のお願いを素直に聞くかどうかについてはプロヴィデンスの演算で測ることの出来る要素でもないし、貴女の素直さに賭けるより私は絶対的に確実な手段を選んだという、突き詰めればそれだけのことよ」
以前とは違い、皮肉を突き返して来たイベリスにアイリスは少しばかりの動揺を抱いた。
イベリスは冷たく、淡々とした口調で続ける。
「アイリス、覚えておきなさい。私はマリアのことは大切な仲間であると思っているけれど、あの子の抱く理想の在り方については信用していない。
貴女があの子の理想の為に、あの子に仕えると決めているのであれば、今の私は貴女のことをどうしても不確定要素の1つであると断じなければならないのよ」
イベリスの言葉を聞いたアイリスは、昨晩にサンダルフォンの甲板でアルビジアと会話した時のことを思い出した。
『私のことを私だと認めた上で、その在り方も正しいと、口にせずとも認めてくれたのはあの子だけだった』
アルビジアはそう言い、その言葉こそが自らのイベリスに対する考えを変えさせたのだと。
つい今しがたイベリスが自身に言った言葉の真意はただひとつ。彼女はマリアの理想が実現した後の世界で起きることを、端的に自分に示して見せたのである。
機械による真偽判定。機械による確率の判定。
マリアに仕える自分が信用に値するかどうかを機械的な数値で読み取り、僅かでも懸念があると認めたからこそイベリスは自身を頼ることなく、先遣艦隊への指示に通信機を用いる判定を下した。
それはつまり【お前のことは信用できない】、或いは【条件によって切り捨てるべき存在である】と断じられたに等しい。
悪意無く、ただその場で自らの想いと理念によって行動しただけなのに、機械による判定はそれを良しとしなかった。
それだけで切り捨てられるという未来。これが本当に正しいものなのかとイベリスは遠回しに問い掛けている。
人間の誰かでも無く、機械にすら認めてもらえないという絶望の片鱗を味あわされたようだった。
アルビジアが言った【自身の全てを認めてくれたのはイベリスだけだった】という言葉の重みが今ならはっきりと理解できる。
しかし、それでも――
千年想い焦がれた願いを手放すことなど出来はしない。
命果てる時まで、今度こそマリアと共に。
その夢を叶えることをアヤメと誓い合った。
それだけが自分達の願いであるはずなのだから。
アイリスはイベリスの僅かに虹色に輝く瞳を睨みつけるように見据え、黙して立ち尽くす。
対して、自身の真意が確実にアイリスに伝わったことを悟ったイベリスは、やはり何も付け加えて言うこともしなかったが、すぐに彼女から視線を外して正面へ向き直り言った。
「先遣艦隊の動きが予測より思わしくない。間もなく艦隊の半数以上が沈められるでしょう。3分21秒以内にフランスのシャルル・ド・ゴールを減速させ、隊列から50メートルほど後方へ。2分後に日本のいずもの針路を右へ4度、10秒間維持させた後に直進へ戻すよう指示してください。その後は両艦艇とも位置と速度を維持したまま。そうしなければこれから沈む艦船の断片が艦首右舷側を直撃して航行に支障が出るわ」
「はっ、直ちに」
「続きサンダルフォン、電磁加速砲射撃用意。俯角3、方位角右20で固定。射撃タイミングを私に委ねてください。以後の火器管制も私が執り行います」
「はっ…… はい。電磁加速砲射撃態勢。俯角3、方位角右20固定。射撃コントロールをプロヴィデンスリモートへ移行します」
意図を掴むことが出来ず、火器管制を担う隊員はイベリスの指示に従った。
「シャルル・ド・ゴール所定位置まで後退します。相対速度合わせ、良し。いずも、針路修正よろし」
命令通りの結果が得られたことについて、イベリスは淡々と言う。
「それで良い。電磁加速砲のコントロール受領。現状を維持しつつ警戒を厳に」
冷たく言い放つイベリスを見て、先に彼女が発した言葉の意味に気付いたアイリスは叫ぶように言った。
「イベリス! 貴女まさか、味方の艦船を撃つつもりではないでしょうね!?」
この言葉にブリッジの誰もが息を呑む。
問われたイベリスは躊躇することなく、また振り返ることもなく言う。
「人聞きの悪いことを言わないで。私は沈んだ船の残骸を撃つといっているだけよ」
「その角度、その方向! まだ沈んでもいない艦に照準を定めようとしているじゃない!」
「……沈む艦船の断片を排除しなければ、本隊の進行に支障が出る。予測上ではドリス・ミラーの左舷側50メートルの距離、シャルル・ド・ゴールの右舷側10メートルの距離で残骸は通過するわ。事前に対処しなければ、これだけの規模の艦隊が海を漂う鋼鉄の塊を避けながら進むことは難しい。撃たずに足止めを受けて全員沈むか、撃って沈む艦船の断片を排除するか。どちらが正しい答えであるかは誰の目にも明らかでしょう?」
「それは本当に艦船群が沈められてから見定めるべきことでしょう! 今貴女がやろうとしていることは違う。まだ戦っている最中の艦船を後ろから狙い撃とうとしているだけよ!」
半ば叫ぶように詰め寄るアイリスであったが、イベリスは振り返ることすらなく淡々と返事を続ける。
「これはもはや“決定された未来”よ。可能性の話をしているのではない。私が射撃を行う頃には撃たれた艦船から生体反応も消失しているでしょう。救命艇を用いた脱出も不可能。撃たれた瞬間に生命は蒸発するわ」
そこまで言うと、イベリスはようやく少しだけ後ろへ振り返り、冷たい視線だけをアイリスに浴びせて言う。
「アイリス、“私達の敵はまだあそこに浮かんでいる。一隻の犠牲に傷心して立ち竦んでいる暇なんて無いのよ。貴女は今、この船に乗っている人々まで同じようにするつもりなの?”」
「っ……!」
僅かに振り向きながら言ったイベリスの瞳は真に虹色の輝きを放っており、彼女に“人ならざる者の姿”を垣間見たアイリスは一歩後ずさりした。
2週間前、自身がイベリスに対して言った言葉がそのまま返される。
この時になってようやく、アイリスは目の前に立つ少女が今までの彼女ではないということに気付いた。
目的を達する為なら手段は選ばない。
正しい結末を導く為に必要な犠牲は切り捨てる。
感情に惑わされず、必要なことを必要なだけ徹底的に行う。
極論して今のイベリスという存在には、戦争終結の為に人間の排除が必要であるなら、それを明確に躊躇なく実行するかもしれないという一種の恐ろしさがあった。
同時に、どうしてマリアが自身に対し、『イベリスの命令には絶対に従うように』と敢えてまで忠告をしたのかについても理解することが出来た。
従わなければ居場所はない。従わなければ待ち受けるのは戦場での死。彼女にはこの後に起きる出来事のほとんどすべてが見えているのだから。
アイリスが足をすくめ、イベリスに対する恐怖でさらに一歩後ずさりしたその時、1人の隊員が緊急の報告を上げた。
「東側海上に新たなる敵艦船群を3隻捕捉。既にレーザー砲射撃態勢に入っている模様です。データ照合、艦種特定。プロヴィデンス機密区分に該当データ有り。艦名、トリートーン、ロデー、ベンテシキューメーです」
「先遣艦隊の大多数が敵艦のレーザー砲射線軸内です。このままでは半数以上が深刻な打撃を受けることになります!」
イベリスの予言めいた予測が的中した。
これが機械の導き出した未来の結末というものなのか。
アイリスは両手を口元に当て、愕然としたままモニターを見つめる。
同じようにブリッジの全員が状況を唖然と見守るしか出来ない中、光学映像に写し出された巨大な3隻の艦船砲塔から一瞬の閃光のようなものが発せられた。
直後。その先へオーロラ光のようなものが過ぎ去り、同時に共和国領海目前で直線状に立ち並ぶ連合艦隊の艦船が次々と溶かされ、焼き払われていく様がモニターに映し出されたのであった。
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