*3-6-2*

 セントラル1からの通信を受けたサンダルフォンのブリッジでは、皆がレオナルドに対して一様に敬礼を示していた。

 同じようにフランクリンも敬礼をするが、レオナルドはそのような様子を見て手振りで制止しながら言う。

『構わぬ。今は儀礼よりも重要なことを諸君らに伝えなければならない。単刀直入に言うが、ゼファート司監。探査レーダーに映るドイツ、スペイン連合艦隊と民間船は捉えているな?』

「は、彼らの停戦要求により共和国側の空中戦艦の攻撃から逃げ延びることが出来ました」

『その口ぶりからすると気付いているだろうが、彼らは最初から諸君らの応援として共和国接続水域まで艦の針路を向けてくれた。後で直接礼を示して欲しい』

「後ほど、必ず」


 レオナルドはフランクリンの返事に頷き、今度は顔をマリアへと向けて言う。

『クリスティー局長。貴女に至っては彼らが到着する以前から気付かれていたのだと存じますが』

 すると、マリアは小さく息を吐きながら言った。

「やめてくれ、レオ。君からそのように余所余所しい物言いをされると、その何だ。むず痒くなる」

『失敬。だが他の隊員の面前ということもある。少し我慢したまえ』

 表情一つ変えること無く言うレオナルドに対し、仕方ないという素振りを見せてマリアは返事をする。

「良いだろう。それと端的に答えを返すなら、先の質問に対する答えはYESだ。分かっていたから敵の申し出を断った。君達の意思のみによって国連軍を動かしたという事実。これについては当然目を瞑るつもりだ。何せ、分かってはいたが私は“何も知らなかった”のだからね?」

『求めていた答えをおっしゃって頂けて何よりだ。では話を進めよう』

 全て言わされている。マリアは思いながらも状況が状況だけに言葉を呑み込んだ。何より、モニターの向こう側にいる2人とは早々に言葉を交わしておきたいと考えたからだ。


 レオナルドが言った後、本題を切り出そうとした時であった。

 艦橋に至る扉が開き、向こう側からマークתの一同が姿を現した。

「ゼファート司監」

 ジョシュアが言うが、フランクリンは左手で制止して言う。

「ブライアン大尉、話したいことが山のように積もっていることは承知している。だが、話は後にしよう。到着早々で申し訳ないが、今は“彼ら”と言葉を交わさねばならない」

 その言葉を聞き、レオナルドは同意を示して言った。

『そうしてもらえるとこちらも助かる。報告する必要もないやもしれぬな。君達のサポートが無ければサンダルフォンは航行不能に陥っていたかもしれないということは私も承知している。して、3人程姿が見えないように思うが』

 ジョシュアは言う。「はい。アヤメ・テンドウは先の敵艦との交戦によって疲弊し、部屋で休んでいます。介助としてヴァルヴェルデ隊員が付き添っております」

『マックバロン准尉については答えたくはないか』

 報告を聞いたレオナルドは核心に触れるように言う。その場にいた誰もが口ごもる中、マリアが言葉を引き継いで言った。

「彼女なら遠い海の向こう側だ。今頃はあの巨大な要塞の中に戻っている頃合いだろう」

『マックバロン。その名は共和国にとって重要な意味を示す。よもやと思っていたが、クリスティー局長。貴女の判断はどうやら今回も正しかったようだ』

「結果論だ。私も未来の全てが視えているわけではないし、枝分かれした多くの未来から常に正しい未来を掴み取れるわけでもない。今回は彼女に人の心があったというだけの話だろう」

 この物言いにルーカスが顔をしかめたが、隣に立つ玲那斗がすぐに肩に手を置いて宥めた。

 淡々と話を流れの隅に追いやったマリアを見やりながら、レオナルドは本題を切り出す。


『マークתがこの場にいるのであれば丁度いい。私の横に座る彼らと直接面識があることだ。会話も早く進むだろう』

 レオナルドが顔を隣に座る若い男女に向けると、若い男性が言う。

『機構の皆さん、初めまして。私はセルフェイス財団当主のラーニー・セルフェイスです。マークתの皆さん、ご無沙汰しております』

『シャーロット・セルフェイスです』

 モニターから聞こえる彼らの声を聞き、玲那斗とイベリスが反応する。

「ラーニー」

「ロティー……」

 2人の声を聞き、幾分か表情を和らげたラーニーは話を進める。

『初めての会話と、久方振りの再会がこのような状況下で成されたことが悔やまれます。

 まずは此度の接続水域での件について説明します。その前に、今回の戦争に我々セルフェイス財団がどうして関与しているのかということから説明しなければならないでしょう。

 我々財団は、機構が今回の世界大戦にいずれ何らかの形で関与をするのではと、この数週間ほど気に掛けてきました。

 以前から何かあれば力になりたいと思っていました。数か月前のCGP637-GGの事件、あの何もかもが間違いであった事件の折、我々を救ってくださった恩を返す時があればと。

 また、私達はグラン・エトルアリアス共和国とアンジェリカ・インファンタ・カリステファスの間に繋がりがあるという確証を随分と前から独自ルートで得ていました。

 もし仮に、機構の皆さんが此度の世界大戦に関わることになれば、あの悪魔のような少女と正面から対峙することになる。そう危惧したのです。

 そのような危惧を抱いていた矢先、世界特殊事象研究機構が国連軍に正式に編入され、彼らと協力関係を築いた上で共和国に向けて艦を送り出したという情報を得たのが昨日のことです。

 正直、焦りました。私達はアンジェリカに殺されかけた身ですから、彼女の恐ろしさを存分に知っています。すぐに手を打たなければ取り返しのつかないことになると。

 そこで、各国首脳部に対して財団が持ち得る独自ルートから働きかけを行い、貴方がた機構のお役に立てる行動が出来ないかと模索行動をしていたのですが……

 そんな最中の昨夜、深夜に貴方がたと合流を果たす予定であった国連軍艦隊が謎の消失を遂げたという報告に加え、明け方に太平洋でこれまで観測されたこともない規模の核爆発が確認されたという情報を入手したのです。

 合流予定であった国連軍艦隊はアメリカ海軍を代表する第七艦隊所属の第8空母打撃群だと聞き及んでいたこともあり、あの艦隊が何の抵抗を示した様子もなく消え去るなど尋常ではないと思いました。

 あの爆発の光のこともあり、居ても立っても居られなくなった私はまだ傷の浅かった欧州各国の首脳に対し、機構艦船に対する護衛を送り出せないかと打診しましたが、情勢を鑑みても難しいの一点張りで話は進みませんでした。

 最終的解決策として、総監に直々に力添えの申し出をし、謁見の許可を頂いた上でここまでやってきた次第です』

 ここまでの経緯を語るラーニーの話を引き取り、レオナルドが言う。

『イグレシアス隊員とヴァルヴェルデ隊員が所属するマークת。その小隊は彼らに対する唯一の対抗手段であると考えられる。それが失われることを彼は恐れていた。

 だが、財団からの働きかけが各国に断られるのと同じように、我ら機構からの働きかけも同様の結果しか生まないだろう。クリスティー局長は理由を存じているかと思いますが』

 唐突に話を振られたマリアであったが、分かっていたという風に即答した。

「君達には国連軍に対する命令権がない。あくまで“協力関係”にあるだけだからね。だが、それは国連に所属する各国にとっても同じことだ。唯一、私達セクション6のみがその権利を有していると言って過言ではない」

『であればどうするか。ここはひとつ、国際条約に基づく行動を自然発生的に起こさせるしかないという結論に至った』

「それが先の〈国連軍艦隊による民間船誘導〉であると」

『その通り。軍に属さぬ民間船、セルフェイス財団の所有する調査艦艇を当該海域に派遣することでのみ実現可能な策であったが、ラーニー氏の協力によって実現可能となった策だ。

 だが、その時既に状況は悪い方向へ傾いていた。諸君らがアンヘリック・イーリオンに導かれ、そこから脱出することが困難な状況に置かれていると知ったのはこの陽動作戦の決定と実行の後だった。

 万一、接続水域に接近する機会とタイミングを逸すれば、財団の艦船を単純に大きな危険に巻き込むだけではなく、諸君らサンダルフォンも含めた艦隊全てが全滅する可能性もあった。

 ここにきて、もはや一か八かの賭けとなってしまったが後戻りはできない。

 海上人命安全条約。この戦時下において有効となるかは分からなかったが、我々は賭けた。例え戦闘行為中であっても、停戦させるだけの力があるのではと』

 フランクリンの言葉にレオナルドは頷いて答えた。だが、すぐ傍からマリアが冷たい視線を送りながら言う。

「機構ほどの巨大な国際機関を束ねる者としては、随分と不安定な賭けに出たものだと逆に感心してしまう。

 仮に、あの場で敵艦がレーザー砲を発射するなりミサイルを発射するなりして、結果として戦争犯罪が成立しようがすまいが戦争の行く末に大した影響を与えるものではない。そういうことを指す言葉は勇敢ではなく、唯の無謀という」

『皮肉なら後で聞く。しかし、結果として敵艦は後退した。危険な状況は脱したと思っている。ラファエル級フリゲートの乗組員を失ったことは痛恨の極みであるがな』


 レオナルドの言葉に誰もが口を閉ざした。

 海に沈んだ仲間を思えば、危機的状況を脱したということに対して安堵する気分にもなれない。

 誰に何かが出来たわけではない。仕方がなかったと言ってしまえばそれまでである。

 リナリアの忘れ形見達の総力を以てしても覆ることのなかった未来であったのだから。


 船体を折りながら海へ呑み込まれた彼らの最期を思い出したのか、イベリスが顔を俯けて再び涙を浮かべる。

 玲那斗は左手をルーカスの手に置いたまま、右腕でイベリスの肩を寄せて慰めた。


 沈痛な空気が場を支配する中で重たい口を開いたのはレオナルドであった。

『さて、これ以上の通信は共和国を背にしている以上は控えるべきだろうな。諸君らには急ぎセントラル1へ帰投して欲しい。

 太平洋方面司令で展開しているメタトロンや、ミクロネシア連邦支部から入手した新たな情報もある。

 確か、諸君らの情報ではアストライアーとアンフィトリーテと言ったか。例のマリアナ海溝に姿を見せた核ミサイル発射施設と潜水艦についてだ。

 今後の動き方について財団の彼らも交えた協議をすぐにでも行いたい。

 よって命じる。艦隊旗艦サンダルフォンはグラン・エトルアリアス共和国領海から接続水域を抜け、直ちにラファエル級フリゲート2番艦、ドイツ、スペイン連合艦隊及びセルフェイス財団艦船と合流。その後は直ちにセントラル1へ帰投せよ』

「承知しました」

 命令に対し、フランクリンは即座に返事をする。

 

 その後、レオナルドは椅子から立ち上がると被っていた帽子を脱いで胸に手を当てて言う。

『それと、冷たい海に沈んだ同胞たちに対し、静かなる祈りを捧げたい』

 レオナルドの言葉と共にフランクリンをはじめとした全員が一斉に立ち上がり、彼らが沈んだ方角へ向き直った。マリア、アザミも彼らに倣いラファエル級フリゲート1番艦が沈んだ方角へ向き直る。



 主よ、憐れみ給え


 今日という日に、罪なき者が謂われなき罪を背負わされ身を滅ぼされた。

 ただ、そこにあったというだけで怒りの火によって溶かされたのだ。


 生命の母は魂を飲み込む死の深淵となる。

 冷たい海は物言わぬ神のように静かで、黙して語らず。

 光届かぬ晦冥。沈黙の先に救いなど無い。


 そこに罪などなかったというのに。

 しかして、主よ。どうか憐れみ給え。



 間もなくロザリアとアシスタシアは十字を切って祈りを捧げる姿勢を見せ、機構の隊員は最敬礼をして静かなる祈りを捧げた。

 マリアとアザミも胸に手を当て、彼らが沈んで行った方角をじっと見据えて黙祷を捧げる。


 波風を切り裂く音、機関が放つ微かな振動が船体に響く。

 未だ速度を緩めることなく、波を割いてサンダルフォンは航海を続ける。自分達を救ってくれた艦船群の待つ接続海域の外側へ向けて。

 ブリッジからはどこまでも広がる青い海が見えるが、同じように青かった空に急激に広がっていった雲の影が落ちたことで少し灰色がかった色合いへと変化していた。


 硬く冷たいコンクリートのような海面。

 沈んだ仲間達を想い、隊員達の頬には一筋二筋の涙が伝い、どこからともなくすすり泣く声が漏れだした。



 混迷を極める世界の中で傍観は許されない。

 だが、こんなはずではなかった。


 戦争が憎い。

 争いを呼ぶものが憎い。

 この怒りは、どこにぶつければ良い?


 自ら神の成り代わりであると嘯く幼き少女。彼女にだろうか?

 そんな彼女は言った。


〈この世界の破壊と破滅、それが私達の理想である〉


 救い無き世界の秩序と仕組みの破壊。

 その先にある新世界の創造。


 しかし、叶えられたとしても人が人である限り歴史は繰り返されるだろう。

 なぜなら、今その場にいた誰もが考えたに違いないからだ。

 この怒りを晴らす為には、共和国に対する報復をするしかない、と。


 であるならば、争いを呼ぶもの全てを滅ぼした先にこそ真なる理想が訪れるというアンジェリカの願いは――


 善か、悪か。

 真実か、虚構か。


 黙した神に成り代わり、神たる者の姿を模したという“人間”が決断を下す時が来た。

 


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