*3-5-6*

 正面から突っ込むかと思った。

 マークתの一行はふらつく足取りでサンダルフォンの階段を駆け上がり、艦尾甲板を目指しながら先程FFTMで味わった恐怖体験を思い出していた。


 ラオメドン城壁の正門を抜け、マリアから簡単に過ぎる事情説明を受けながら道なき道を走ってしばらくが経った頃だ。

 獣道としか言えない林道を抜け、全員の目に帰るべき港が見えた時には既に、サンダルフォンは離脱の準備を整え終わっていたのだが……

 後部搭乗ゲートが大きく開かれているのを見たマークתは、誰もがそこへ向かって“減速しながら乗り込む”ものだと信じていた。

 が、しかし。現実は甘くなかった。減速している余裕などないとばかりに、ブレーキの代わりにアクセルを踏み込んだアザミの見事な運転によって、FFTMはあろうことか〈そのままの速度で〉サンダルフォンの後部搭乗ゲートへ突っ込んだのである。

 時速100キロは出ていただろう。恐ろしさのあまり、男衆の誰もが目を伏せていたので速度表示など見ていなかったが。


 きっと彼女達には常識というものが通用しない。

 今、自分達と共に階段を駆け上がっているイベリスには申し訳ないが、リナリア公国出身の少女達とその付き人には人間の心が分からなくなっているののではないかとすら思えた。


 凄まじい速度を保ったまま後部ゲートへ突っ込んだFFTMの車内で、揃いも揃って悲鳴にもならない叫びをあげたマークתの男衆だが、〈気が付いたら〉格納庫の壁際でしっかりと車が停車していた。

 どうやって止まったのかなど知る由もない。目を開いたら止まっていた。そして車体は半壊していた。それだけだ。

 恐る恐る目を開いて周囲を見渡したとき、呆然とした様子で自分達を見つめる他の隊員達の視線の何と痛かったことか。

 視線から察するに、FFTMは現代科学の力では解き明かせないような“何か”が起きたことによって停車したに違いない。

 しばらくして、マークצで仲の良い隊員達が引き攣った笑みで自分達に手を差し出してくれるまで生きているという実感すらわかなかった。


 そうしてふらふらになりながら車を降り、気付いた時には車内からマリアとアザミ、ロザリアとアシスタシアは既に姿を消していたのである。

 マークצの隊員に聞いたところ、彼女達はブリッジへ上がるとだけ言い残し4人揃って早々に階段を駆け上がって行ったとのこと。

 情けない姿で車内に伏せていた男衆を心配そうに見守っていたイベリスだけが唯一の例外で、彼女はあのいたたまれない空気の中、4人が顔を上げるのをじっと待ってくれていた。


 4人は生涯忘れることがないだろう。

『何てことをしてくれたんだ……』と言いたげな目で自分達を見つめていた整備担当メカニックの表情を。


 そして今、間違いなく廃車コースが確定した半壊のFFTMを格納庫に置き去りにし、港から緊急離脱を開始したサンダルフォンの背を追いかけるように付いてきているというアンティゴネの姿を確認する為に艦尾甲板へ急いでいるというわけだ。

 サンダルフォンとラファエル級フリゲートがアンティゴネに狙われていると警告してくれたのは、艦首で外の状況を監視してくれていたアイリスであったらしい。

 彼女と、付き添いで隣にいるというアルビジアは今も甲板上から艦内には戻っていないというから、2人と合流する為にもその場所へ急ぐ必要がある。


「意外と揺れるな!全速で動いているとこんなものか!」

「4発ほど、牽制か狙ったかは分かりませんが電磁加速砲が撃たれたようです。射撃に合わせて、艦の姿勢制御をマニュアルにしているのでしょう。人力で操舵となれば揺れの制御もこの辺りが限界かと!」

 時折、航行時の衝撃によって揺れる階段を上りつつ、噛みそうになりながらもジョシュアと玲那斗が会話を交わす。

「ただ上るだけだってのに苦労する!」ルーカスが言う。

「あの2人は無事かしら?」

「アイリスとアルビジアなら大丈夫です。むしろ、見ての通り僕達の方が足手まといになりそうな気配しか感じません」

 甲板に生身で立ち続けるアイリスとアルビジアを気にかけるイベリスに対し、自虐を交えながらフロリアンが言った。

「違いない!流れ弾でも当たったら間違いなくお釈迦だ!だが、奴さんの目的が俺達であるなら、俺達が甲板に立っていれば不用意に射撃してくることも出来ないだろう」

「希望的観測ですが、そうであることを祈ります」

「フロリアン、お前が先頭に立っていればアンジェリカは狙ってこないんじゃないのか?」

「どうでしょうね。アンジェリカはともかく、アンジェリーナは僕を殺したがっているようですから」

「話したのか?」ルーカスが言う。

「っ!込み入った話は後で!」大きな揺れに足を取られそうになったフロリアンは、手すりに掴まり耐えながら言った。


 間もなく、5人は艦尾甲板に繋がる扉まで辿り着くことに成功した。

 非常にどたばたとした移動となったが、目の前の扉を開けば目的地だ。

「開けるぞ!」

「開いた瞬間にミサイルがこんにちはってのは遠慮願いたいもんだぜ!」

 玲那斗とルーカスが勢いよく扉を開くと、眩しい太陽の光が一行の視界を遮った。すぐに細めた目を開き、全員が空の向こうを直視する。

 すると彼方に、昨夜モニター越しに眺めた巨大な空中戦艦1隻の姿が見えたのであった。


 速力35ノット。

 時速約65キロの高速航行から吹きすさぶ海風を受け、イベリスの長い髪が前方にたなびく。

 風圧で後ろから押されるような感覚を肌で感じ取りながら、一行はじっと空中戦艦を見やる。

「あれがアンティゴネ。夜中に見るのとはまた違った趣だな。“神の法〈ピュシス〉に従う王女”の名を付けるとは、なかなかに良い趣味をしてやがる」

 ルーカスが言うと、マークתのすぐ後ろから幼い少女の声が聞こえた。

「であれば、あの艦に真っ向から対抗している私達はさながら“人間の法〈ノモス〉に従う者”といったところかしら?」

 声の方へ全員が振りむく。そこにはライトニングイエローの瞳を輝かせ、ただならぬ気を身に纏うアイリスの姿があった。

「ここにいると危ないわよ」

「アンジェリカは僕達が必要だと言い、おそらく僕達を再度捕える為にあの艦艇を追撃に回したんだ。だから、ここに僕達が立っている限り、この船に直接的な攻撃を仕掛けてくることはないと考えている」

 フロリアンが言うと、アイリスは幾分か表情を和らげて言う。

「お兄ちゃんが言うのなら本当ね。でも、危険なことには変わりないから私達の後ろに下がってて。もうすぐ、あれが来るわ」

「あれ?」


 玲那斗が言って振り返ると同時に視界に捉えたもの。

 アンティゴネからほんの微かに閃光のような光が発せられるのが見えた気がした。

 直後、コンマ数秒足らずの間に何もない空から3発の雷撃が降り注ぎ、雷の轟音と溶け合う様に、金属が爆発する音が立て続けに3発ほど大気を揺るがす。


 航行の風圧を遥かに凌駕する向かい風。

 爆発の衝撃波に耐え切れず、マークתの5人は思わず後ろにのけぞって甲板に伏せた。

 同時に、人間の目では決して捉えることの適わない速度で飛行していたのであろう物体が粉々に砕かれ、爆発四散する光景が目の前に広がっていく。

 空中に黒煙と炎が噴き上がり、散ってゆく無数の破片が白い煙の軌跡を描きながらサンダルフォン目掛けて降り注ぐ。

 その光景を見た一同は、昨夜ミラーシステムが爆風によって破壊された時と同じように、再び破片が甲板上に降り注ぐと覚悟して身を伏せたままにしたが、しばらく経っても破片が注がれることはなかった。

 不安な面持ちのまま、皆がおもむろに顔を上げると金属の破片はなぜかサンダルフォンの上空で突然反対方向に吹き飛ばされ、その全てが海へと落下していったのである。


「昨夜も、このようにすれば良かった。余裕が無くて、防ぐだけで精一杯だったから、ごめんなさい」

 甲板に伏せる5人の後ろから、ジェイドグリーンの瞳を輝かせたアルビジアが歩み出る。

「私達を狙ったミサイル攻撃。あのような物理的な攻撃なら、私とアイリスでなんとか対処できる。でも、光の兵器はそういうわけにはいかない。イベリス、貴女の力で何とか出来ないかしら?」

「光の兵器……レーザー砲のことね」アルビジアの問いにイベリスは答える。この時、昨夜国連軍艦隊を葬ったとされる攻撃についての話を思い出し、イベリスの表情は暗くなった。

「考え事をしている暇はないわよ。さっきのミサイルの発射角から見て、あれはそもそも私達に当てるつもりはなかったものだと思う。でも本命は違う。今、アンティゴネのレーザー砲は間違いなくラファエル級フリゲートを狙っている。

 もう時間が無い。いつ撃たれてもおかしくはないの。あれに干渉できるとすれば貴女の持つ力だけが頼りなのだけれど」

「でも、どうすれば」

 自信なく答えるイベリスであったが、すぐ傍で玲那斗が言う。

「イベリス、海水を蒸発させて大規模な霧を作るんだ。ブルーミングによる大気屈折しかない。目標を見失わせつつ、レーザーの収束位置をずらして焦点をずらす。どこまで意味があるかは分からないがな。どの辺りから発生させれば良いかは指示する」

 そう言った玲那斗は手に持ったヘルメスで現在のラファエル級フリゲートの位置を推定して目標ポイントを即座に示して見せた。

「ここだ!」

 理解よりも先に身体が動いた。

 玲那斗の指示通り、イベリスはアンティゴネに背を向ける形で立ち、瞬間的に髪色を金色の変化させ、瞳を虹色に輝かせながらその力を解放する。

 記録上は〈インペリアリス〉と呼ばれている。インペリアリスとは、彼女達リナリア公国出身の人物が持てる力を全力で行使する際に見られる現象だ。

 その瞳、アースアイを輝かせて発揮する超常的な力。イベリスの場合はミスティーグレーとプラチナホワイトの瞳と髪が金色に発行するという特徴がみられる。

 そうして彼女の髪色が変化した瞬間から、周囲は異様な雰囲気に呑み込まれた。まるでサンダルフォンの周囲一帯が異世界に囚われたのかと思うほどの異様な気配。


 強大な力が大自然に干渉し、大海原が人為的な変化を遂げていく様が見て取れる。

 海水表面が沸騰するかのように泡立ち、真っ白な蒸気を発生させ始めたのだ。


 そして間もなく、遠く遠い海上には突如として広大な〈霧の壁〉が大いなる姿を見せた。



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