*2-2-5*

『待ちなさい!そっちに行ったらダメだ!』

『少しくらい良いでしょう?出航までまだまだ時間はありますし、こんな機会は滅多にないんですから!』


 ヘルメスを通じて聞こえる元気の良い少女の声。

 その声の主について、機構に在籍する人間なら知らぬ者はいない。

 1年前、有り得ざる聖母の奇跡を現実に起こし、奇跡の少女と言われたミクロネシア連邦出身の少女。

 太平洋の島国で起きた神秘なる事件。


“虹の架け橋”


 プロヴィデンスにはそのように記録される一連の奇跡を起こした彼女は今、緊急で出航準備を行っている只中のサンダルフォン艦橋で無邪気にはしゃいでいるようだ。


『うわぁ~外の景色が綺麗!故郷の海を思い出しちゃう!見渡す限り海しかない景色というのも新鮮!』

『分かった分かった。そこでしばらく景色を楽しんでくれ。ほら、特等席だ』

『艦長席ね!ありがとう!』

『だがもうすぐ本艦は艦船用ドックへ移動して緊急の出航準備へ取り掛かる。景色が見られるのはそこまでだ』

『えー?ずっと見ていたいのに』


 重苦しい空気を吹き飛ばすような明るい声が絶え間なく聞こえる。

 シークレットルームにいる全員が状況を理解したところで、サンダルフォンの艦橋にいる通信員から報告の続きが入る。


『申し訳ありません。お聞きいただいた通りです。我々が出航準備に取り掛かろうとした時には既に彼女がここに。彼女が特別な存在であることは我々も承知しております。ついては、如何様にすべきか判断を仰ぎたく』

 フランクリンはレオナルドに再び目配せをする。静かに2度頷いたレオナルドはフランクリンの代わりに言った。

「私だ。ヴァレンティーノだ。ゼファート司監に代わって君達に通達をしよう。出航までの間、彼女を宜しく頼む。危険が無い範囲で艦内の案内をしてくれても構わない。景色に飽きたらカフェテリアに美味しいデザートがあるだろう?ごちそうしてあげなさい」

『はっ、承知いたしました』

「緊急時にすまないな。君達も知っているかと思うが、彼女は我々にとって重要な存在だ。くれぐれも、宜しく頼む」

 そう言ってレオナルドは通信を切った。


 奇跡の少女 アヤメ・テンドウ。彼女の中に宿るリナリア公国の忘れ形見の1人、アイリス・デ・ロス・アンヘルス・シエロ。

 リナリア公国に縁を持つ最後の1人は、どうやら一足先に個人的な出航準備に取り掛かっていたらしい。

「あらあら、1年前は孤高の狼といった様子でしたのに、随分と年相応の無邪気さが出たものですわね。貴女の影響でしょうか、マリー」

 答えを得たロザリアの言葉にマリアが言う。

「当時は事件の渦中だったからね。“2人とも”気を張り詰めていたのだろう。今の彼女達の様子こそが本来の姿だと私は思うよ」

「マリア、今彼女はもしかして君と一緒に暮らしているのかい?」玲那斗は言った。

「そうだとも。例の聖母の奇跡が終わりを告げて間もなく、彼女は私のところに来た。というよりは、私が彼女を迎えに行ったという方が正確だろうか。事件が始まった頃、彼女の魂があの島にあるとロザリーが私に教えてくれてね」

「なるほど。あの時、仕切りに彼女が言っていた“お姉様”とはやはり貴女のことだったのね、マリー」

 ようやく穏やかな表情を見せて言ったイベリスに、マリアも穏やかな表情で言う。

「君達に限らず、まったくもって縁や想いとは不思議なものだね」

「どんな力よりも強いものだと思うわ」

「あぁ、そう信じたいものだ」

 最後、マリアは少し寂し気な表情をして呟くように言ったのであった。その後、表情を引き締め直して言う。

「誰か、他に確認したいことがあれば聞こう」


 一同から返事はない。皆が覚悟を決めた面持ちで前を向いている。

 皆の暗黙の意思を確認したマリアは静かに一度頷き、作戦に関する詳細事項の説明へと移った。

「それでは、詳細部分の確認に入るとしよう」



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