第6節 -不可視の薔薇 ~ウェストファリアの亡霊~-

* 1-6-1 *

“とあるデータベース”参照による情報開示

 閲覧者:アンジェリカ・インファンタ・カリステファス


MDCCLXVI - File code:GoW-2037-4/1 TYPE:Secret

【ミュンスター暴動 / ウェストファリアの亡霊事件】

 ミュンスター暴動、或いはミュンスター騒乱とは、ドイツ連邦共和国ノルトライン=ヴェストファーレン州ミュンスターにて発生した、宗教対立を発端とする一連の暴動・大衆扇動事件の総称である。


 ことの始まりはヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学に通うキリスト教系学科を専攻する生徒たち同士の諍いによるものであると言われている。

 ローマ・カトリック教会派と福音主義派という2大宗派の内、どちらがより優れた信仰であるかの議論からやがて口論へと発展し、対立から争いへ至ったという。


 また、同時期の4月5日の復活祭の夜、ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学の構内で〈三十年戦争が起きていた時代を彷彿とさせる古めかしい鎧を纏った血まみれの兵士の姿〉が一部の生徒などに目撃されるという怪異話が持ち上がった。

 両宗派学科専攻の学生同士の対立姿勢が明確化し急激に溝を深めていった時期と、亡霊の目撃情報が噂され始めたのはほぼ同時である。

 また、亡霊の目撃情報は学生たちの間のみならず、ミュンスター全域へと拡散され、特にドームプラッツ内での目撃情報は後を絶たなかった。


 やがて、学生同士の諍いに過ぎなかった宗教対立はミュンスターという街に暮らす大人達にも波及し、ある時を境としてミュンスターに暮らす住民同士の間でもカトリック派と福音主義派双方による口論や激しい争いが日常的に繰り広げられるようになった。


 中でも亡霊目撃から2日後の4月7日に起きた〈旧市庁舎窓外放出事件〉は関連事件として特筆すべきものである。

 この事件はプリンツィパルマルクトの旧市庁舎の上階窓から福音主義派の人物が数名窓から転落したというもので、西暦1618年5月23日にボヘミアのプラハで起きた窓外放出-或いは窓外投擲-事件を彷彿とさせるものであった。

 旧市庁舎窓外放出事件が起きたことで、いよいよもって三十年戦争の記憶を強く想起させた亡霊について人々は〈ウェストファリアの亡霊〉という名を付けて呼称することとなった。


 学生を含めた住民同士の対立が深まる日々の中、4月21日深夜。ついにプリンツィパルマルクトで両派閥間で懸念されていた過激な衝突が現実のものとなる。

 カトリック派と福音主義派が深夜の通りで衝突し、口論や殴り合いの喧嘩だけに留まらず、商店に対する略奪や放火が行われるという惨事が起きたのである。

 プリンツィパルマルクトでの暴動をきっかけとし、以後は同通りで宗教対立にまつわるデモ行進の流れは加速の一途を辿ることとなった。

 その翌日からは聖ランベルティ教会から聖パウルス大聖堂までの道のりを大勢の人々が埋め尽くすという大衆デモが繰り広げられることとなる。

 デモは形式的には〈信仰の自由〉を叫ぶものであったが、実際は宗教対立を煽る〈一部の人間の扇動による〉呼びかけに端を発したものであり、信仰の自由を呼び掛けるにはほど遠い〈カトリックと福音主義の両派による明確な対決姿勢〉を象徴するものとなった。


 こうして一部の扇動者達が中心となって引き起こされていたデモは、拡大に対して警戒を行っていた警官隊と衝突寸前まで緊張を高めることとなったが、4月24日の正午、当時のローマ・カトリック教会ミュンスター司教区の司教トーマス・エルスハイマーによる和解演説がメディアで放送されたことによって一気に終息を迎えた。

 後にデモの拡大に際して大衆扇動を行った者達は警察に逮捕されたが、そのいずれもがネオナチに関りを持つ人間であったことが発覚しており、逮捕者はナチス信奉の罪と同国刑法に定められる大衆扇動罪によって実刑を下されている。


 また、住民たちの間で噂されたウェストファリアの亡霊は事件終息後に目撃されることは無くなったという。



MDCCLXVI - File code:GESP-A GoW TYPE:Classified

【ウェストファリアの亡霊】

 グラン・エトルアリアス共和国 特別兵装試作実験体【〈18の秘蹟〉における零】

 製作者:アンジェリカ・インファンタ・カリステファス


 絶対の法により生み出された〈心理曝露をもたらす精神干渉系クリーチャー〉の一種。

 三十年戦争当時に見られた兵士の姿を模したクリーチャーで、その姿を見た者に対して意識外に封印された体験記憶である〈解離による下意識の呼び起こし〉或いは、意識内にあって普段は認識することのない〈深層心理の曝露〉という作用をもたらす。


 人間が持つ精神防御機構で封印された酷く辛い体験記憶、或いは心の傷である〈トラウマ〉を強制的に暴き立て、当該の人物の精神を壊し発狂させる効果を発揮する。

 また、そうした深い心の傷を負わないものに対しては〈日常生活で抱える不満の解放〉を促す効果を発揮する。

 普段の生活において、解放できない怒りを心の内に秘め抑圧状態にある者がウェストファリアの亡霊と遭遇した場合、文字通り“人が変わったように”攻撃的側面を躊躇なく表面化させることになる。


 本クリーチャーの制作及び運用目的は〈人間心理の曝露によって、意図的な大衆扇動と争いを拡散できるのか〉という意図に収束されている。

 抑圧の効かなくなった〈常日頃から怒りの感情を発したい〉と思う人間同士が〈特定の事象に関する〉諍いを始めることによって、その負の感情が周囲へ伝染し、結果として大きな争いが生まれるのかという実験の為の産物である。

 同クリーチャーの実験における〈特定の事象〉には、キリスト教に関連した宗派対立が利用された。


 尚、本クリーチャーの顕現及び本体維持の為には〈赤い霧〉の存在が必要不可欠である。 



 発現効果:精神曝露性質による対象への精神干渉

 運用方法:赤い霧より発現させた同クリーチャーを対象に遭遇させる

 生成方法:絶対の法による

 生成コード:解析不可


 講評:

 ドイツ連邦共和国ミュンスターにて、大衆扇動による戦争誘導効果の立証の為に導入された本試験クリーチャーは、対象地域による運用を経て絶大な効果を発揮することが確認された。

 唯一の弱点として、赤い霧の散布・敷設された環境下でしか運用できないということが挙げられるが、その一点を除き他に懸念点などは見受けられない。

 よって、永劫と変わらない人間の本質を効率よく利用する為の手段として、赤い霧の制限を受けない運用が可能な〈アムブロシアー〉への能力搭載を検討すべきである。

 能力委譲・搭載に関して、絶対の法によらない精神干渉の科学的方法論に基づく確立が求められる。


〈ウェストファリアの亡霊 評価試験〉

 試験ステータス:実施完了

 承認日:西暦2036年11月

 承認者:総統 アンジェリカ・インファンタ・カリステファス

 評価:S 精神干渉作用に関して、以後アムブロシアーへの搭載を推奨

 実験地:ドイツ連邦共和国 ノルトライン=ヴェストファーレン州 ミュンスター

 実験日:西暦2037年4月

 最終データ更新:西暦2037年5月



MDCCLXVI - File code: GoW-2037-4/2 TYPE:Classified

【赤い霧】

 グラン・エトルアリアス共和国 特別兵装試作実験体【〈18の秘蹟〉における無間】

 製作者:アンジェリカ・インファンタ・カリステファス


 コード:GESP-A GoW〈ウェストファリアの亡霊〉発現の為に必要な透過性粒子媒体であり、絶対の法により生み出された。

 意図的な大衆扇動を引き起こす要因としてウェストファリアの亡霊をミュンスターへ導入する際、亡霊の発現媒体としての役目を担った。


 亡霊を発現させる為には絶対の法によるエネルギー供給が必要となるが、この霧はそうしたエネルギー源としての役割を担い、且つ事前的に超広範囲に拡散、敷設しておくことが可能なものである。

 絶対の法を運用するアンジェリカ・インファンタ・カリステファスの所在や意思に関わらず、精神干渉が容易であると判定された対象が敷設された近辺を通りがかるだけでウェストファリアの亡霊を顕現させて効果を付与することが出来る。


 また、効力を重点的に発揮させたい位置における霧の濃度を上昇させることで、効力を数倍にまで引き上げることも可能である。



〈赤い霧 評価試験〉

 試験ステータス:実施完了

 承認日:西暦2036年11月

 承認者:総統 アンジェリカ・インファンタ・カリステファス

 評価:- ウェストファリアの亡霊の発現に必要な措置であった為、評価は不能とする 

 実験地:ドイツ連邦共和国 ノルトライン=ヴェストファーレン州 ミュンスター

 実験日:西暦2037年4月

 最終データ更新:西暦2037年5月



MDCCLXVI - File code:PL-G05-A / RC-Nun TYPE:Secret

【アシスタシア・イントゥルーザ】

 出身:ヴァチカン市国

 誕生日:No Data

 身長:166cm


 コード:PL-G05 / RC-Patriarch〈ロザリア・コンセプシオン・ベアトリス〉によって西暦2032年初頭に生み出された人形。

 徹底的に観察してみたとしても本物の人間との見分けは一切つかぬほど精巧に作製されており、人体創造に近しい神の領域の御業によって生み出された。


 毛先に向かい緩やかなウェーブを描くローズゴールドの髪にレッドパープルの瞳を持つ。

 アシスタシア・イントゥルサの花が命名のモチーフであり、花言葉である〈女性美の極致〉を体現した容姿をしている。


 ロザリアの持つ〈生命に対する絶対の裁治権〉の力の一端を引き継ぎ、本来この世に存在すべきではない怪異に対しては絶対的な有利性を持つ。

 与えられた不死殺しの力が込められた、蒼い炎を纏う大鎌を武器として使用し、自在に出現させたり消したりといったことが可能。

 この力によって、聖母の奇跡事件当時にミクロネシア連邦ポーンペイ島を徘徊していた〈ヨタヨタ歩きの怪物〉や、ウェストファリアの亡霊事件当時においてミュンスターのドームプラッツ内を徘徊していた〈ウェストファリアの亡霊〉を多数仕留めている。


 人形ではあるが従属型の仕様ではなく、ロザリアは彼女に世界のあらゆる知識を与えた上で自由意志を持たせている。

 知識以外における感性の発現、及び製作者である自身に対する接し方については何ら強制となる術式を行使しておらず、アシスタシア自身が目で見て、耳で聞き、精神で感じ取った世界の在り方を自分自身で考え、吸収して成長するようにしているとみられる。

 よって、ロザリアは自立行動型である彼女のコントロールについて自身の力を常に割く必要がない。


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