* 1-5-9 *

 私が財団支部を撤退した後、彼らがどうなったかまでは詳しく知らない。

 唯一分かるのは、先にも思い返した通り〈機構は財団を告発しなかった〉という事実だけだ。

 このことによって財団によるグリーンゴッドの効能隠匿事件は事実上もみ消される形となり、財団は世界から咎められることもなかった。

 英国政府や大国、国際連盟には事の顛末が詳細に伝わっていたはずだが、彼らも彼らで咎めることなどしなかった。

 財団はあらゆる方面に大きな借りを作ってしまったというわけだ。特に機構に対しては特大の恩が出来たに等しい。

 ラーニーという男がそれを借りなどと思うかどうかは別として、今後何かがあった時に彼らはきっと無条件で機構へ手を差し伸べるのだろう。


 些事ではあるが……厄介な話だ。


 それとついでといっては何だが、アルビジアの身柄は機構へと引き取られることになったらしい。

 そのままマークתに配属されて、玲那斗やイベリスと行動を共にするに違いない。


 あぁ、これも実に厄介な話だ。

 彼女のことは嫌いではないというのに。

 もうすぐ互いに殺し合う運命というわけである。


 正直、あの子の姿を連想する彼女を目の前にして、素直に殺せるかどうかというと……

 いや、普通に殺せるだろう。


 もとい。

 イングランドでの実験において、最後の最後は目的外の享楽に夢中となってしまったが、いずれにしても目的であったグリーンゴッドの試験は上手くいった。

 アビガイルにデータを渡したときの喜びようからもそれは感じ取れる。


 CGP637-GG。

 結局、グラン・エトルアリアス共和国内でも彼らへの皮肉も込めて、薬品の名前は彼らが名付けたそのままを採用することにした。

 今さらGEGP379などと名乗るよりよほどしっくりくる。


 計画はいよいよ大詰めだ。

 万が一、グラン・エトルアリアス共和国の計画に不測の事態が起きたとしても、この薬品さえ世界にばら撒くことが出来れば私達の最終的な目的である〈世界の破滅〉は叶えられると立証されたのだから。


 さて。イングランドを担当した私の目的はうまく果たすことが出来た。

 もう1人の私はどうだろうか。人間の本能に訴えかけるという例の作戦はうまくいっているだろうか?

 気の遠くなるような準備と手間をかけてこそ成し得る大規模な実験。


 ひとつの街を、戦禍に染める為の緻密な計画。

 歴史という名の亡霊が生み出す大きな惨禍、“18の秘蹟”。

 三十年戦争の再演。ナチスドイツが用いた大衆扇動の応用。



 あなざぁ・みぃ、でぃふぁれんと・みぃ、あるたーえご、あんじぇりーなあんじぇりーな。


 もうすぐ、もうすぐよ。

 私達の夢と理想は、もうすぐこの世界を火の海に変えて叶えられるの。


 待ち遠しいわね。

 えぇ、とてもとても待ち遠しい。



 自身の似姿として人間を生み出した“神”に対する冒涜、挑戦でもある。




 “見よ、それは極めて良かった”

 “神は最後に創造の冠として人を御造りになった”

 “しかし、神は人を創造した時、自らの能力をきっと過信していたのだろう”



 そして、神の似姿であり、創造の冠であるという人は、己の傲慢さ故に滅びの道を辿る。

 生物の頂点で繁栄を謳歌する冠は、やがて崩壊を迎えるのである。



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