メランコリア・A -崩壊の冠-
リマリア
序章 -Code Green : D-Day 2037/09-
第1節 -荒野に散る-
* 0-1-1 *
西暦2037年9月22日 ケルジスタン共和国 アメリカ軍駐屯地付近にて
ここは地獄だ。
端的に言って、それ以外にこのような惨状を的確に表現できる言葉を俺は知らない。
上空で燦然と輝く太陽が地を焼いている。砂嵐が止み、陽光の眩しさで目を開いた俺の目に飛び込んできたのは、辺り一面に広がる仲間達の死体の山であった。
無造作に投げ捨てられたように散らばる“人間であったもの”の数々。原型を留めていないものも少なくない。
昨日まで笑い合いながら食事を共にしたはずの仲間達も、今はあの中の一部となり果ててしまった。
風に砂煙が立ち昇る中、他に目に映るものといえば、自分達を守ってくれるはずであった兵器の残骸だけである。
敵機関砲の掃射によって穴だらけになった装甲車。レーザー砲攻撃によって焼け溶けた戦車。
友軍の飛行機は機首から大地へ突き刺さるように墜落し、爆発炎上して燃え尽きていた。
それはまるで、神に祈りを捧げる為の十字架のようだ。
破壊され尽くした兵器の残骸の多くは人間の血で赤黒く染まっていた。
機械の油や燃料が仲間たちの血と共に流れ出て、焼け落ちた黒色の燃え跡をなぞりながら乾いた砂地を湿らせる。
「ちく、しょう」
男は途切れ途切れの呼吸の中で、やっと言葉を発した。声にならない声で、たった一言の恨み節を呟くのが精一杯だった。
焼くように日差しが照らす大地の中に転がっているというのに、震えが止まらない。奥歯ががちがちと立てる音だけが、自分の耳の中に否が応でも響き渡る。既に足先の感覚はなく、指先も震えるだけで動かすこともままならない。
体は冷たくなっていくというのに、自分の伏せる地面には絶えず温かいものが広がっていく。
赤い絨毯の上で寝ているかのようだ。
薄れゆく意識の中でそんなことを思う。身体から流れ出るそれは少しずつ、少しずつ広がりながら地面を染めた。
男の脳裏に先程の記憶が蘇る。
あぁ、畜生。〈奴ら〉は何の感情も抱いてなどいないという風に、あっという間にこの地獄を作り上げていきやがった。
この景色が生み出されるまで、時間にして10分も経過していなかっただろう。
……怖かった。強くて恐くて仕方なかった。あんなもの、まともな人間が作る兵器ではない。
頭に焼き付いて離れようともしない光景が想起される度、目からはとめどなく涙が溢れ出してくる。
「ちく、しょう……ちくしょう、ちくしょう!」
止まらない回想が頭を巡るたび、吐き気が込み上げる。
こちらの装甲車や戦車、対空砲や飛行機を破壊したのは敵の戦闘機だ。
だが兵士を……仲間達を殺したのはまったく別のものであった。
敵は人間ですら無かった。
虫だ。
虫の形をした超小型の機械が大群で押し寄せ、あっという間に視界を埋め尽くし、為す術も持たない自分達に殺戮の限りを尽くしたのだ。
蜘蛛の形をしたドローン兵器が張り巡らせたのだろう、目に見えない鉄線によって仲間の身体は次々と切断されていった。
見えない鉄線の存在を認識したことで身動きが取れなくなった自分たちを襲ったのは蜂型のドローンだ。
あれに刺された者は皆、突如正気を失い、敵味方構わず銃を乱射しながら崩れ落ち、最後は全身から血を噴き出しながら死に絶えていった。
機械に人を殺させる……確かに戦場で良心を痛めることもなく、人の精神が勝敗に関与することも無い“効率的な戦争”なのだろう。
しかし、あんなものを作った人間がいる。その事実を考えただけで気が狂ってしまいそうだ。
概念でいう地獄を見たことがあるわけでもないが、他に表現できる言葉も見当たらない。
この世界にそんなものが存在するのなら紛れもなく、今自分が目にしているこの景色こそが地獄であるに違いない。
どうして、こんなことになったのだろうか。俺達が何かしたのか?
こんなところで、人の尊厳を否定されるような殺され方をして、惨めな死を迎えなければならないほどの大罪を俺達が犯したとでもいうのだろうか。
いいや、違う。そんなことはしていない!神に誓って!
では、祖国が何か間違ったことをしたのだろうか。そんなことは俺達の知ったことではない。
グラン・エトルアリアス共和国。奴らは自分達の自由獲得と地位保障を声高に叫び、勝手に戦争をはじめやがった。
あの国にしても、祖国にしても、戦う意味や意義、価値などもはやどうでもいい。
なぜ、俺はここで死ななければならないのだろうか。
なぜ、俺達はここで死ななければならなかったのだろうか!
ただそれだけが悔しい、悔しい、悔しい!
去年、生まれたばかりの娘が祖国にいる。あの子の顔を見ることも、小さな手を握ることも、もう叶わない。
戦争が憎い。戦争が憎い。戦争を起こす奴らが憎い。
男は薄れゆく意識の中、最愛の妻と最愛の娘の顔を思い浮かべて涙した。
二度と叶わぬ再会を想い、瞼を静かに閉じる。
願わくば、この惨禍が妻やあの子に及ばぬことを……
安らかな眠りに就く間際、男の耳に最後に届いた音は、どこからともなくやってきた機械の“羽音”であった。
全てを嘲笑うかのような羽音が耳元まで近付いた直後、男の首筋には針で刺された感覚が伝わる。
あぁ畜生……最後の最後まで、こいつらは俺達の尊厳を踏みにじるのか。
男はそう思った後、まもなく意識が暗闇に呑まれていった。
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