第7話 皇帝と悪魔の対話 その3

 陛下の国の最大の問題点は、官僚不足ですな。

 そして課税の基礎になる生産力の情報がない。

 これを解決するために、徴税請負人を雇うのです。

 適当な土地の有力者を任命して、その者に陛下が必要とする生産物を徴収させてもいいですが、なんなら最低落札額付きの入札制度にして、国庫が受け取る税額を、徴税請負人に決めさせてもよろしい。

 入札制度にしないなら、徴税請負人候補者それぞれにその土地の話を聞き、とりあえず「来年の地租」を決めるとよろしいでしょう。

 徴税請負人になりたい者たちは、たいてい、土地の有力者で、その土地をよく知る者たちです。古くからの郷氏・豪族……前の国でなんと称していたかは分かりませんが、ある地域で一定の武力を背景に影響力を持っている者たちです。

 前の国の中央政府のために便宜を図っていた者も多く、叙爵されている者もいたでしょうが、彼等の目的は、基本的にはその地域で影響力を保持することを第一としています。

 影響力を保持し続けるには、徴税権を獲得するのが一番近道なのですよ。

 ですので、陛下が徴税請負人制度をちらつかせれば、前の国への忠誠などドブに棄ててすり寄ってくるでしょう。

 彼等のような土地の有力者がいないような国柄の場合は、ことはややこしくなり、正攻法で陛下の武力を背景に徴税を浸透させていくしかありませんが、まあ、大丈夫でしょう。

 存在している国の方が多いものです。

 徴税請負人選定に際して、よりおおくの生産力があると報告した者に徴税請負人をやらせると言っておけば、すくなくともあまりにすくない生産力を報告することはないでしょう。

 徴税請負人は、むろん無償の奉仕者ではありません。徴税にかかる費用を自己負担するかわりに、陛下に納税してもまだ手元に残るだけの産物や金銭を手数料として納税者から取り立てます。

 あるいは、徴収した生産物を独自のルートで売却し、利殖を図るかもしれませんな。

 すなわち、陛下には「金銭で百単位」を納税すると約束しておき、麦を陛下への納税用に百単位、手数料として百単位徴税したとします。

 麦が高く売れるタイミングで二百単位の麦を売却し、「金銭で二百四十単位」を獲得し、陛下に約束した「金銭で百単位」を納税するのです。

 陛下にとっては忌々しいことでしょう。

 特に生産物を独自ルート……闇で売却した先に敵国があれば、陛下の国の存立をも揺るがしかねない。

 しかしながら徴税請負人は自身の儲けのために徴税を請け負うので、前の国への忠誠を簡単に棄てることを見込んだように、陛下への忠誠も求めてはいけません。

 彼等は陛下の臣がいま所有していない技術と知識を持っている、というだけの者たちです。

 ですので、あまりひとりの者が何年も連続して徴税請負人になるのは好ましくありませんな。

 繰り返しますが、納税請負人は、陛下の代わりに徴税する仕事を請け負い、遂行する見返りに、その地域から余分に収奪し、また利殖で儲ける者たちです。

 言わばちょっとした《その地域の王》なのです。

 しかもその地域のことを陛下よりもよく知り、徴税に必要と称して(実際必要ですが)武力も持っている。

 小さな有力者たちは、小さい者だからこそ陛下の役に立つのです。

 常に競わせておくのがよろしい。

 もちろん、陛下はゆくゆくはご自身で徴税されることを目的としていらっしゃるでしょうが、それを彼等に吹聴する必要はありません。

 結局、陛下の臣が、この国の事情にはまだ不案内なのが問題なのですよ。

 徴税請負人のやり方に不満があっても、納税者を生かさず殺さず、『比較的』適切に土地の生産力を見極めて税の徴収を行えるのは、現時点では彼等しかおりません。

 そして入札式なら、徴税請負人希望者の門戸をひろく開けている限り、生産力が上がれば落札額が上がり、国庫に入る税額も増えることになります。

 地租の最終目標は国家が国土の特色を把握し、短期的には安定した税収を、長期的には生産力の向上を、国家が主体になって図れるようになることです。

 ですから、早急に各地域の事情に通じた官僚団を作る必要があります。

 選定された徴税請負人には、監督官とでも称して陛下の臣を数名ずつおつけになることですな。

 むろん、ただ『監督』するだけではいけませんぞ。

 繰り返しますが当面の目標は、陛下の官僚団を育成し、彼らに耕作地の面積を算出させ、生産力のランクを付け直させ、徴税を行わせることです。

 すなわち、陛下の国の中枢組織が、あらたな地租台帳を作ることができる……徴税の技術を身につけ、徴税のための体制を整えること、です。

 そして陛下の官僚団が定期的に地租台帳を再評価できる体制を構築することが、喫緊の課題なのですよ。


 「そう熱くならずとも、入札式徴税請負人制度を使い続ければ良いではないか」と。

 僭越ながら申し上げれば、陛下は徴税権を他者に預けるということの怖さを見くびっておられる。

 むろん、偉大な陛下のことであれば、見くびっているのではなく、正当に評価して「その程度のもの」だとお考えなのでしょう。実際、支配地域の一部地域において入札式徴税請負人制度を続け、なおかつ長く存続した国もございます。(※古代の地中海を支配した国です)

 けれど、陛下のご子孫はいかがでしょうか?

 海千山千の徴税請負人たちと渡り合っていくには、やはり情報が必要なのではないでしょうか。

 徴税請負人たちが結託して納税額を安価に落札し、民には苛酷な税を課して、自分たちの懐ばかり肥やしていたとして、陛下やご子孫がその地域の正しい生産力を知っていなければ、徴税請負人たちの入札額が正当な価額か、謀った価額かの判断すらつきませんぞ。

 不作となり、税の減免を求めてくる民の声を聴くにせよ、どの程度減免すればよいのか、減免どころか緊急の食糧支援が必要なのか、あるいは減免する必要のない程度のものなのか、必要な税収を確保しつつ、民の暮らしが成り立つようにするためにも、情報は必要なのです。


 徴税を行うためには、国土と民に通じねばなりません。

 そして国土と民に通じること、それはすなわち、この国を支配すると言うことなのですよ、陛下。

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