アスとハル
争いの予感は、随分と前から音を立てていた。圧倒的な力を有するシェダル帝国が、自らの富と権力を増やすために、様々な地方へ赴いている音も。
「なぁ、ハル。どうして長老たちは、毎晩毎晩、身を寄せて話し合っているんだろう?」
アスは赤々と燃える火を囲みながら、兄貴分のハルに尋ねた。煤け髪の幼いアスは、外の世界のことをあまりよく知らなかった。
「さぁ、何だろうな? 残念ながら、俺にも分からない」
ハルはわざと首をかしげて、いかにも知らなそうな顔をした。彼は小さなナイフを使って、かわいい犬を彫っている。
「なんだ、ハルも知らないのか。ハルは何でも知っていると思ったけど、やっぱり知らないこともあるんだな」
「そりゃあ、俺だって人間だからな。何にも知らないのと何でも知っているのは、神様じゃなけりゃ無理なのさ」
ぱちぱちと炎がはじけ、きゃっきゃっと少女たちが笑う。今夜の夕食は、カイグ民族の伝統料理、うさぎの肉を使った鍋だった。
「それよりもアス、明日も一緒に狩りに行くか。おまえの弓の腕前は、正直に言って微妙だからな」
「そんなことない! この前だって、こんなに大きなりすを捕まえた!」
両手で大きな丸を描くアスを、愉快なハルは笑う。「そりゃあ、たまげたな! とんだ化け物だ!」と。
「さぁて、アス。冗談はそれぐらいにして、ほら、できたぞ」
ハルは器用に動かしていたナイフを止め、尻尾の丸まった犬を投げて寄こした。子ども扱いする態度に膨れながらも、アスはひょいと犬を受け取る。犬は好きだ。アスの犬の名はペゥル。狩りのお供にもなるし、大事な友達にもなる。
「……ペゥルにそっくり」
「だろ? 今度は『化け物りす』も彫ってやるからな」
実の兄のような、とてもとても優しい表情で、ハルはアスの髪を撫でる。その彼も、もういない。弓矢で射られて、血を流して死んだ。
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