第35話 うちに来てくれてありがとう


 その言葉で、またユイの目の色が変わった。


「お前が話してくれた未来は分かった。でもなユイ、ここにいるのはお前に何もしていない、ただの高校生なんだ、お前に恩を返してもらう義理も、お前が自分の人生を捨ててまで尽くす義務も無い。

 確かにもう自分の時代を捨ててこの時代に来ちゃってるけどさ、こう言ったら悪いけど、俺が死んだら未来のお前って親いないわけじゃん、でもさっき俺が言った通りにすれば、俺の両親、それこそお前からしたらひい爺ちゃんとひい婆ちゃんがいる。

 だからこの時代で自分の人生を取り戻してくれ、お前の人生はお前のモノだ。

 こんなくだらない、ヘタレでつまらない人間なんかの為に使っちゃダメなんだ!」


 それは皆人の本心からの叫びだった。


 皆人は自分の矮小さを知っている。


 彼女も無く、毎日武美達に振り回されたり一人で漫画やゲームにうつつを抜かす典型的な小市民。


 つまらない人生を送るつまらない人間、そんな自分が他人を巻き込んでいいはずが無いのだ。


 しかし、それでもユイは首を横に振って、重たい鉄骨を持ち上げようとする。


「いやです」


 その声は震えていた。


「でもお前、このまま俺に尽くしてどうするんだよ!?

俺が幸せになって、それでお前は満足なのかもしれないけど、その為にこの時代に来たのかもしれないけど、そのどこにお前の人生があるんだよ!?

お前自身の幸せがねえじゃねえか!!

断言する。お前はいつか、絶対に後悔する日がくる」


 ユイの思いを切り捨てる皆人に、ユイも同じ言葉で返す。


「断言します。私は絶対に後悔しません」

「でもお前の人生はお前の」


 皆人がそこまで言って、ユイは顔を隠すように伏せて、震える声を絞り出す。


「未来の貴方は言いました『自分は不幸だと、自分の人生は不幸に始まり不幸に終わるはずだった』と、でも言ったんです『君がうちに来てくれてからはずっと幸せだった』って、そして死ぬ直前に言ってくれたんです…………

『おじいちゃんの夢を叶えてくれてありがとう』って…………

『うちに来てくれてありがとう』って…………」


 うつむいた顔を上げたユイに、皆人は心を奪われた。

 大粒の涙を降らせながらユイは泣き叫ぶ。


「あの言葉だけでいいんです!!

あの言葉は私の残りの人生全てを引き換えにしても安すぎます……あの言葉だけで……ああ言ってくれただけで……」


 鉄骨が持ち上がる。


「私はあなたに尽くす、あなたに全てを捧げる……例えあなたが私の知るあなたで無かったとしても、あなたがそれを望まなくても…………

私は私の全てを駆けて三波皆人という人を幸せにしてみせる!!

だから……」


 ようやく一本の鉄骨を排除して、ユイは人生初めてのわがままを言う。


「……お願いだから側にいさせてよ……おじいちゃん」


 ユイはしゃがみこんで、皆人の頭を抱いて涙ながらに笑う。


「おじいちゃんと一緒にいられる事が、ユイのしあわせなんだから」


 皆人は気づいた。


 自分はまだユイに何もしていないかもしれない、けれど、ユイにとって自分はやは三波皆人なのだ。


 失った愛する家族とまた会えて嬉しく無い人間などいない。


 自分に会えて、自分と過ごせて、この少女はどれほど嬉しかったか、あらためて、自分はこの少女の事を何も理解できていないと思い知らされる。


「そうだなユイ、一緒に帰ろう、お前のおかげでこれも使えるしな」


 ユイが鉄骨をどけてくれたおかげで、皆人の腕は自由になり、そしてポケットに、ある物を入れている事を思い出した。


 ポケットから取り出したカプセルを渡して、皆人はニカリと笑う。


「頼んだぞユイ」

「うん、おじいちゃん、デーモンアーム装着!」


 ユイの背中に、救いの手が顕現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る