第34話 俺はお前の知る俺じゃない



 燃え盛る炎の中で、三波皆人は考えていた。


 果たして自分は生きるに値するのか? と。


 この数週間、ユイの話を聞く限り、自分は不幸な人生を送るらしい。


 今一緒にいる武美や鈴音、静葉とは大学を卒業し社会人になると疎遠になり、三流会社で平社員をする自分と比べてどんどん立派になっていく友人達に合わせる顔が無くて、仕事が忙しいと理由をつけて同窓会にも出席せず、やがて皆人の元へは同窓会やクラス会の報せ自体届かなくなった。


 誰とも付き合わず、ただ意味も無く仕事をする日々を送ってもさほど出世もできず、定年を迎えた自分はユイと出会うまでの六〇年間も、結局誰とも付き合わず、近所でも煙たがられていたようだ。


 そして気がつけば、自分を知る人は全員死んでいた。


 なんの希望も無い、ただ苦しむだけの長い、地獄のような人生を送るだけと知り、軽くおどけて、ジョークですっ飛ばしたが、その程度で済ませられるはずがない。


 嘘だと思いたくても、ユイの存在自体が確固たる証拠だ。


 自分の不幸な運命を変えるために未来から来た少女、自分の孫、三波ユイ。


 彼女の言いたい事は分かる。


 孤児院に捨てられた自分を拾ってくれた唯一の家族、それが死んでしまって、彼女はどれほど悲しかった事だろう。


 そんな、自身の人生を捨ててまで救ってあげたくなるほど好きな人だったなら、きっと未来の自分はユイにとって余程大きな存在だったのだろうが、それはあくまで未来の自分だ。


 ここにいるたかだか一七歳の学生は彼女に何もしていない、恩を返される価値も無いただのガキだ。


 自分が死ねば未来に帰れない彼女は自分の人生を捨てた事が無駄になる。


 ならば自分が幸せになれば彼女が報われるのか?


 違うだろう。


 いくら自分が幸せになったところでそれはあくまで三波皆人の幸せ。


 ここは漫画の世界じゃない、厳しい現実(リアル)でいっぱいのデンジャーワールド。


 貴方の幸せが私の幸せです。


 そんな言葉が吐けるのは子供のうちだけ、若いうちだけ。


 今は良くても、三波皆人の幸せの為に自分の青春を、人生をなげうった三波ユイは大人になってからどう思うか。


 面と向かって愚痴を言ったりはないだろうが、きっとやりきれない思いがこみ上げるだろう。


「ユイの……あの子の幸せか…………」


「おじい様」


 そこへ、ユイが駆け寄り鉄骨を持ち上げようとする。


 しかし鉄骨は持ちあがらない。


 確かに彼女は武美並の超人だが、それはあくまで才能的な面での話。


 ユイが大人になれば、それこそ武美と互角以上に戦える最強戦士の誕生だろうが、今はまだ一一才の少女。


 一五〇センチにも満たない体格からは、鉄骨をそう易々と持ち上げるだけの筋力が発揮されるのは難しかった。


 皆人も、のしかかる鉄骨の重みが軽減されるのは感じているが、持ち上がる気配は無い。

 そして、皆人は決断した。


「逃げろユイ」

「!」


 そこには僅かな驚きという感情があった。

 いつも無表情な彼女だからこそ、僅かでも表情に変化があれば分かる。


「うちの父さんと母さんなら、きっとお前を受け入れてくれるだろう、記憶喪失とかそういう事で警察に届けを出してうちに住んでいれば、この時代じゃ本当の親が見つかるはずが無いお前はたぶん、国が戸籍とか用意してくれると思う、そうすればお前はこの時代の学校に通えるし、うちの両親の元で人生やり直せる」


「……何を言い出すかと思えば、見下げ果てたヘタレ野郎ですね」

「ああ、ここにいるのはユイの知る俺じゃないからな」


 その言葉で、またユイの目の色が変わった。


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