第32話 おとずれるピンチ

「え?」


 ただ一人、不良達に突き飛ばされ、床に倒れた皆人だけが逃げ遅れ、そして下敷にきなった。


 けたたましい金属音が響く中、皆人の姿が見えなくなった事でユイと武美の心臓が止まって我が目を疑った。


 遠目に見ていた、そして助けるべく駆けだして間に合わなかったユイは何度も冷静になろうとしながら震える手を抑えた。


 皆人は大丈夫だと。

 自分が介入して変えた未来は静葉とのデート、デパートで事故に巻き込まれたなら自分のせいだ。


 だが今回の事件は自分の行動とは関係が無い、つまり、本来の歴史でも起こったはずの事件、そして皆人は健康な体で一二五歳まで生きた。


 ならば皆人は無事だと、どんなピンチになろうともこの時代の皆人が死ぬことはありえないと自分に言い聞かせつつ、未来の皆人から聞かされた多くのタイムスリップ物のタイムワープ理論を思い出してしまう。


 蝶の羽の一羽ばたきが天候に左右するとされるバタフライ効果、どんな些細な事でも、それが巡り巡ってあらゆるものに影響を及ぼしてやがて大きな事を引き起こすという事だ。


 すなわち、ユイは直接何もしてないかもしれないが、ユイがこの時代に来た事でユイは人々の目に触れ、動く事で空気の流れを変え、歩く事で地面の小さな砂粒や小石の位置を動かしてしまった。


「(まさか……)」


 有り得るのだ。

 本来この事件が起きなかった可能性が、ユイがこの時代に来た事でこの事件が起きた可能性が。


「(おじいちゃん!)」


 皆人との約束などどうでもいいと、ユイは駆けだそうとして、そのコンマ一秒前に武美が吼えた。


「みなとぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


 聞く者全てが恐怖するほど怒りの込められた咆哮に、自由が利かないと知っても不良達は震えあがる。


 黒木でさえ一瞬だが動きが止まってからナイフと体を退いた。


「脅かしやがって、いくら吠えたところで金属製のワイヤーロープがある以上お前は」


 ブチッ


『え?』


 両手と両足を結ぶワイヤーロープ二本、それが同時に千切れ、狂獣は解き放たれる。


「てめえら抑えろ!」


 慌てて三〇人もの不良達が近くの鉄パイプや角材を手に武美に襲い掛かるが無駄だった。


 武美の拳や脚が不良達を武器ごと薙ぎ倒し、へし折り、不良達は次から次へと人形みたいにぶっ飛んで倉庫の棚や積まれた箱に激突して、這う這うの体で逃げる。


 中には倉庫の壁を突き破り、そのまま外まで放り出される輩までいる始末だった。

 その時、乾いた一発の銃声に武美の拳が止まって振り返る。


「そこまでだ武美」


 一丁のハンドガンを持った黒木が銃口を向け、勝ち誇ったように笑っている。


「敵ながらおみごとと言ってやるよ、でもここまでだ、てめぇが反則的に強いのは認めてやるよ、その拳でさっさと世界を目指せって素直に言ってやる。

 けどここまでだ、これからこの町を仕切るのは俺、黒木健二様だ」


「てめぇにそれが撃てるのかよ?」


 こちらを睨みつけたままありがちなセリフを言う武美に、黒木は上機嫌に笑った。


「あはははは、そうかそうか、お前俺が実際はビビリとかそういうの期待してるんだろ?

 でも残念だったな、俺はもうこれで八人も撃ってるんだぜ、しかも二人はお寺行きだ。分かるだろ? 

 てめぇ一人撃ち殺す事なんかにゃなんの躊躇いも」


「長えんだよ!」


 武美の姿は消えると同時に目の前に現れ、一発のボディブロウが黒木を一気に倉庫の出口まで吹き飛ばす。


 吐き出す血飛沫で軌跡を描きながら床に叩きつけられたが、後の事は確認せず武美は皆人に駆け寄る。


「皆人! 待ってろよ、こんな鉄骨すぐどけて」


 パァン!

 

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