第26話 ユイの誕生日


「それで、てめーらも負けておめおめ戻って来たと?」


 誰もいない廃ビルの一室で、学ランを着崩したステレオタイプのヤンキー、黒木(くろき)健二(けんじ)がソファに座り、子分達をギロリと睨みつける。


「す、すいやせん、でもあいつすっげー強くて」

「ていうか別に武美って俺らに害があるわけじゃないし」

「ほうっておいてもいんじゃないですかね?」

「そうそう、ぐべらっ!」


 黒木が空の酒瓶を子分の一人に投げつけて、子分は頭を押さえて床をのたうち周る。


「害ならあるじゃねえか、ここいらは俺のシマだ、そのシマで俺以上に恐れられている奴がいる。そりゃ俺が馬鹿にされてるってことだぞ!!

 スネークって言っても武美に比べりゃ大した事ねぇってな!!」


 黒木のすごんだ声に子分達は縮みあがる。


「女の分際で地上最強の生物だのオーガだのなんだのと大層な名前で呼ばれやがって、金剛武美は俺が潰す、このスネークのリーダー、黒木健二様がな!!

 分かったら人集めろ!! あのアマは俺が直接潰して、そんで嫌ってほど犯してやる!」


 さらに空の酒瓶を手に取り、それを床に叩きつけると子分は逃げるようにドアへ向かおうとするが、一人の子分が進み出て、他の子分達も足を止める。


「その事なんですが黒木さん、ちょいと耳よりな情報が……」

「んっ、なんだ?」

「これを見てくだせぇ」


 差し出された一枚の写真に黒木の口が怪しく歪む。


「こいつぁいい、なんだかんだであいつも女だな、こーんな顔が見られるとは思わなかったぜ……

 そうだよな、ただ捕まえて犯すだけじゃつまんねぇ、ショーには観客がいなきゃな」


 ピッと写真を指で弾いてテーブルの上に放ると、黒木はポケットから取り出したスタンガンをスパークさせて下卑た笑顔を浮かべる。


 子分が差し出した写真、それは武美が皆人とのマンツーマンで野球の練習をしていた時の物で、そこには見た事も無いほど幸せそうな武美の顔が映っていた。




「どうしても静葉さんですか?」

「静葉ちゃん一択!」

「やれやれ、わかりましたよ」


 言って、ユイは再び携帯電話を手に取った。

 三度のコール音の後に、


「ああ静葉ちゃん? 俺俺」

『うちで俺俺詐欺はお断りしております』

「やだな静葉ちゃんたら、俺だよみ、な、と」


 と、皆人の声と口調でしゃべるユイ。


『ああ皆人君? どうしたの?』

「うん、実は来週の日曜日ってユイの誕生日らしいんだよね、だからプレゼント選びたいんだけど女の子って何買ったら喜ぶのか分からないからさ、静葉ちゃんに手伝ってほしいなぁ」

『ユイちゃんの? 分かった、じゃあ午後に駅で待ち合わせしましょう、時間はそうねぇ』


 それからしばらく雑談を交えつつ買い物の相談をして、ユイは携帯を切った。


「というわけで静葉さんと一緒にショッピングデートの約束を取り付けました」

「ひゃっほーい! ありがとうユイ、君は最高の孫娘だよ!」

「そう思うなら武美さんと結婚して欲しいものですねぇ」

「まだ言うかこの悪魔め! てめぇなんか最低の孫娘だ!」


「おじい様は情緒不安定ですねぇ、しかし性交の成功確率がほぼ〇パーセントの静葉さんに固執するという事はほぼ一〇〇パーセント私の貞操を捧げなくてはいけませんね、やれやれ、近親相姦とは罪なお方だ」


「静葉ちゃんと上手くいけばいいだけだろ! 見てろよユイ! 俺はこのデートで必ず静葉ちゃんをモノにして見せるぜ!」


 熱く語る皆人に冷めた目で、


「はいはい、おーえんしてますよ」

「少しは俺を信じろって、それに、これは俺だけの問題じゃないしな」

「?」

「お前の貞操は置いといても、とにかくユイは俺の為にわざわざ未来から来てくれたわけだし、お前の為にも絶対、童貞神にはならねーからな、期待して待ってろ」

「おじい様……」


 グッと親指を立てて笑う皆人の姿に、ユイは一瞬感極まったような声を出してから、


「何故でしょう、そのセリフが童貞エンドへのフラグにしか聞こえません」


 ずしゃーん!

 盛大にすっ転んだ皆人が呻く。


「ちきしょう……絶対童貞捨ててやる……ん、まてよ」


 起き上がり、皆人はユイを見直す。


「こうなったら来週はお前の嘘の誕生会しねーとな、ユイ、実際のところ何か欲しいものあるか? つってもこんな一〇〇年前の世界じゃ古くせーもんしかねーけどな」


 先程の会話の中で、来週がユイの誕生日という言葉を思い出して、皆人は嘘パーティーをしようと思ったのだが、ユイは相変わらず無感動な声で返す。


「いえ、来週は本当に私の誕生日ですよ」

「え?」

「ですから来週の日曜日は生まれたばかりの私が孤児院の前に捨てられた日であり、そしておじい様が私を引き取ってくださった日なんです、だから、私にとっては一年で一番大切な日なんですよ」


 そう言うユイの顔は、いつもの無表情ながら、声だけが少し柔らかいと感じた皆人だった。

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