第23話 メートルバスト!


「ちょっと武美! アンタどんだけ料理ヘタなのよ!」


 ドリルヘアーを揺らしながら両拳を天井に突き上げる鈴音に武美も握り拳を作る。


「なんだてめー! あたしの料理に文句あんのか!?」


 その迫力に鈴音は拳を下ろして一歩下がる。


「いや、そんな怒らなくても」

「そういうてめぇだって人の事言えねーだろが、なんださっきのケーキ、あたしゃ砂糖の塊食べてるかと思ったぜ!!」

「うぅ……」


 何も言えずうつむいてしまう鈴音にさらに追撃とばかりに武美は調子を上げる。


「何が『アタシの腕を存分に披露してあげるわ』だ、まあ違う意味ですっげー腕は披露したんじゃないか?

 ったく、あたしは料理ができなくても男共がだーい好きなおっぱいあるし、けど料理できなくておまけに胸も無いなんて女として最悪じゃねーか、これだから貧乳娘は」


 武美は大きな胸を自分でも嫌がっていたはずだが、皆人を落とすべく手段は選ばないと決めたせいか、それとも鈴音を責めるためか、両腕で自慢のバストを寄せて上げて、ただでさえ常識破りの胸をさらに強調して高笑う。


 しかし武美の高笑いはそう長く続かない。


 すぐ近くで噴き上がる殺意と、堪忍袋の緒が切れる音に体が凍り付き、武美の顔にははっきりと『ヤベー』と書かれている。


 ギリギリという効果音が聞こえそうな動作で改めて鈴音へ向き直ると、そこにはハラワタを煮え繰り返らせるミニマムモンスターが息を荒げ、殺意剥き出しの眼光で武美を射抜く。


「えーっと鈴音さん? ちょっと落ち着いてあたしの話を聞きませんか?」


 あの商店街の益荒男達を牛耳るモンスタートラックが冷や汗を流し、顔をこわばらせる。


「ウガーーーーーーーーッ!!」

「うわわっ!」


 逃げようとする武美の背後に乗っかり足で胴体をロック。


 そして今日の武美はヘソが見えるほど丈の短い赤いシャツを着ていて、それが仇となる。


 鈴音にシャツの下から手を入れられて、力の限りその胸を揉みしだかれて武美が悲鳴を上げる。


「ちょっ、待、駄目、皆人の前でぇ! っておいおいおいブラの中にまで、じかに揉むのは!!」

「うがー! うがー! うがー! 爆乳がそんなに偉いのかぁ!? Hカップがそんなに偉いのかぁ!? メートルバストがそんなに偉いのかぁ!?」

「や、やめ!」

「ぐあああ、またデカくなってる!! アンタどんだけ成長すれば気が済むのよ!!?」

「だからだめぇ! そんなに揉まれたら、また大きくなっちゃう! もうIカップに届きそうなんだ、だからこれ以上は」

「Iカップだとぉおおおおおおおおおおおお!!!」

「シャツが、シャツがずり上って! 鈴音マジタンマ!」


 下から手と腕を大きく動かして揉まれるせいで、武美のシャツは裾が徐々に上がり、胸を揉む鈴音の手首が見えて、


「よこせー! 一〇グラムでも一グラムでもいいからアタシによこせ!!」

「うあ! ブラが! ブラが上にはずれて、お願いだからブラ付け直させてくれ! このままじゃ、このままじゃ本当に見える!!」


 シャツがさらにずり上がって、ついに武美の豊満な下乳が露出、もぎ取らんばかりに激しく、めちゃくちゃに揉む鈴音の手腕はさらにスピードアップ、武美は悲鳴を上げ、ついにシャツの裾がバストの上に乗っかった。


「見ないで皆人ぉー!!」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 鈴音の手ブラが肝心な部分を隠すが、揉み手に合わせて柔らかく形を千変万化させながら揺れ弾ける爆乳と艶っぽく乱れる武美に皆人の暴れん坊将軍が決起する。


 頼みの綱の静葉は恥ずかしそうに両手で顔を隠し、指の隙間からその惨事を見守るので精いっぱいの様子だが、ユイはその瞳の奥に黒い悦楽の光を感じて静葉への警戒をやや高める。


 そして武美が落ちそうになり、鈴音の反撃もやや緩まってこの惨事が沈静化の兆しを見せて、絶妙なタイミングで静葉がわざとらしく、小さく悲鳴を上げる。


「キャッ、やだ皆人君……それ」


 静葉がスッと指差した部分に全員の視線が集まる。

 そこにあったのは醜きバベルの塔を支柱に皆人のズボンに張られた巨大なテント。


「ばっ、ばかぁ! 皆人のスケベ! 変態! 見るなって言ってんだろが!!」


 恥ずかしさが入り混じった表情で怒っているように見えるが、ユイはその顔に一パーセントの“はにかみ”を見逃さなかった。


 おそらく、こんな状況で自分を助けず鑑賞に浸るエロ根性には腹が立つが、自分の裸を見たがり、しっかりと男の反応をしてくれるのが嬉しいという、複雑な乙女心だろう。


「(うーむ、やはり武美さんは可愛い人ですねぇ、なんとかしておじい様とくっつけたい)」

「ち、違う! これは誤解だ! これは決して武美のおっぱいにボッキしたわけじゃ」

「何言い訳してんのよエロ皆人!! やっぱりアンタも爆乳派か!? 爆乳がいいのか!? そうなのかー!」


 怒り心頭の鈴音、ここは上手くフォローしないと皆人の命に関わる。

 ユイは皆人の判断力に一縷(いちる)の望みを託すが……


「ち、違う! そんなことはないぞ! 確かに爆乳には男の無限の夢とロマンがつまっているけれど」


 そんな判断力は期待するだけ無駄だった。


「そりゃおっぱいは大きいほうが揺れるし弾けるしあの重量感には胸が熱くなるけれど、俺は決して揉みたいとか突っつきたいとか持ち上げたいとか吸いたいとかしゃぶりたいとか埋(うず)もれたいとかまして挟まれたいとか、そんな事は、ぜーんぜん」

「うがぁああああああああああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああああああああああ!!」


 哀れ皆人は武美の背中から一度の跳躍で襲い掛かるミニマムモンスターの餌食になって天に召される。


 マウントポジションで殴られる皆人を助ける者は無く、武美は恥ずかしそうにブラとシャツを直しながら「また見られた」と落ち込み、静葉は「もう許してあげようよ鈴音ちゃん」と言いつつの口元に二パーセントほどの笑いが含んでいる事はユイに筒抜けである。


「確かに皆人君は去年の海でも私と武美ちゃんの胸に釘付けだったけど、それは男なら仕方ないよ」

「死ねぇえええおっぱい星人!!!」


 鈴音の拳が鋭くなって人が壊れるイイ音がリビングを満たす。


「(フォローと見せかけた追い打ち、やはりこの人、デキる!)」


 こうして、皆人の休日は過ぎて行く……

 ユイは静かに、皆人に向かって十字を切りながら自問した。


「(この人本当に幸せになれるのかな?)」

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