第22話 ケーキタイム
「皆人ー、ケーキができたわよ!」
勢いよくリビングに跳び込む鈴音に続いてユイと、ケーキを持った静葉と武美が部屋に入る。
「待ってました、そういえばバトロワ学園実写映画化するらしいぞ」
「マジかよ」
「あたしは知ってたわ、朝、店の人が雑誌届けに来たから」
「なぁ、これ公開されたらみんなで観に行こうぜ」
「あ………………」
皆人が突き出した雑誌の表紙を見て、ユイの表情が固まる。
「おもしろそうだな、観に行こうぜ」
「あたしも好きだし、全然OKよ、静葉も観るでしょ?」
「うん、その漫画主人公がかっこいいよね」
実写映画化の告知。
友達の家で読んだ。
みんなが好きな漫画だった。
映画に行く約束をした。
かつて愛する人から聞いた思い出を見て、ユイの胸に熱いモノがこみ上げる。
自分はあの人の過去にいて、自分も思い出の中に入る事ができていることが嬉しくて、少しでも気を緩めると涙が出そうだった。
しかし今日ここに来たのは自分の裏工作あっての事。
この中で他に雑誌を持っているのが鈴音だけである事を考えると、きっと本来の歴史では鈴音がまた自慢話をするために皆人を家に呼んだのだろう。
それが、自分がこの時代に来た事で静葉の家に変わった。
自分が皆人の人生に確かに干渉していると感じられて、歴史は変えられる、自分の行動は彼の人生に影響を及ぼせると確信して、ユイは自分の使命を今一度、強く、深く胸に刻んだ。
この人を幸せにする。
二度とあんな顔をはさせない。
この人だけは、どんな事をしてでも幸せにしてあげるのだと、ユイは自分の魂に誓う。
「よっし、じゃあさっそく食べようぜ」
「食べよー♪」
わざとらしく喜んで、ユイは静葉のヒザに座る。
こうして媚びを売って静葉に気にいられれば、今後取り入り易くなり皆人の幸せに繋がるからだ。
「へー一人一つずつ作ったのか?」
小さめの丸型ケーキは四ホール。
明らかに見た目が悪いのは武美、綺麗なのは静葉が作ったものだろう。
まずは静葉が切り分けてくれたケーキを一口。
「私が作ったやつなんだけど、どうかな?」
「うまい、やっぱり静葉ちゃんは最高だね」
「おいしー♪」
「くっ、おいしいぜ」
「認めざるをえないわね」
恋敵である武美と鈴音も認める美味さ、これが平野静葉の実力だ。
「じゃあ今度はアタシのを」
静葉のケーキを完食すると、続いて見た目がやや崩れているケーキを食べる。
途端にその場から笑顔が消える。
鈴音自身も理解しているのだろう。
何も言わずもくもくとケーキを食べ続ける。
「ところでこれは誰が作ったんだ?」
皆人が指したのは、まるでお店で売っているような、あまりに綺麗に整い過ぎた一品で、生クリームの飾りがもはや芸術の域に達している。
最初は静葉のかと思ったが静葉のケーキは最初に食べた。
消去法でまず消える武美ではないとすれば……
「それは……」
静葉が言い淀むと、ユイが自分を指差す。
「おにいちゃん、これはあたしが作ったんだよ」
「え? ユイが?」
ユイにこんな才能があったのかと驚いていると、武美と鈴音が女子にあるまじき邪悪な顔で舌打ちをする。
「けっ、どうせ見た目だけだぜ」
「そうね、見た目だけは合格ね」
言っている間に静葉が切り分け一口食べる。
次の瞬間、世界が光った。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
武美が泣き吼える。
「美味しいいいいいい! 美味いし過ぎるぅうううううう!!」
静葉が泣き叫ぶ。
「言葉で表せない! というよりこの味を言葉で形容することがおこがましいわ!!」
鈴音が泣き喚く。
「パパが連れてってくれる五つ星レストランのデザートが霞(かす)むぅううううう!!」
一気に口の中へかきこんだ皆人が問い質(ただ)す。
「ユイ! お前これどうやって作った!! どんなズルをした!?」
「え? 普通にノリとパッションでいいかんじに作ったらこうなっただけだよ」
小首を傾げるユイに驚愕しながらも皆人はこの状況を利用すべく最後のケーキ、と呼んでいいか分からない黒い物質を切り取り自分の皿に乗せる。
「よし! この美味しさが口に残っている間に食べれば武美のゲロマズケーキのダメージもきっと緩和されるはずだ!!」
失礼極りない発言をしながら武美が作った魔界の異物を口に入れる。
武美は「てめえもう一度言ってみやがれ!!」と激高するが鈴音が「待って」冷静に制止する。
「アンタが殴る分残ってないわよ」
見れば、ソファに横たわったまま口から黒煙を上げて、皆人の魂は天へと召されていた。
「おにいちゃん、まだ死ぬには一〇八年早いよ!!」
「あはは、ユイちゃん、それじゃあ皆人君一二五歳まで生きる計算になっちゃうよ」
皆人を揺するユイに笑いながらツッコム静葉に、ユイは苦笑いで、
「そ、そうだね」
と返した。
なっちゃうよ、ではなく、皆人は本当に一二五歳まで生きるはずなのだが、それを知る者はこの場にユイと皆人だけである。
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