第14話 ラッキースケベを利用しよう!

 にぱー、っと笑うユイに武美は『え?』と首を傾げ、ユイの恋愛講座が始まった。


「いーいおねえちゃん? 武美おねえちゃんは裸を見られて恥ずかしいかもしれないけど結婚したらどのみちもっと凄いことするんだよね?」

「そ、それはそうだけど」


 赤面したまま視線を逸らす武美に、ユイが心の中で怪しく笑う。


「いいですかおねえちゃん、恋愛とは愛情以外でも相手を意識するかどうかで決まるのです」

「愛情以外で?」

「例えば皆人おにいちゃんが武美さんを恋愛対象として見ていない場合、つまり眼中にない場合は武美おねえちゃんがどれだけアピールしても効果は薄いの、これはおにいちゃん自身が武美おねえちゃんの事を見ていないのと見ても意識してないから記憶に留まらないのが原因ね」

「う、うん」


 年下の少女の説法を黙って聞く武美、トンデモない革命があったものだ。


「それではっきり言えばおにいちゃんくらいの年の男の子ってみんなすっごくエッチでスケベなんだよ」

「は、はっきり言うなよ、そりゃ確かに皆人はスケベだし、おっぱい大好きだけど……」


「だから一見すると卑怯に見えるかもしれない色仕掛けってものすごく有効なんだよ」

「それってただスケベ根性働いているだけで純愛じゃないだろ?」


「ちがうちがう、スケベ根性は純愛に転換できるんだよ」

「へ? そうなの?」

「うん」


 と頷くユイにぐぐっと詰め寄る武美、なりふりかまってられない武美にはユイが何故こんな事に詳しいのかを気にする余裕は無い。


 というよりも、妹の舞子のせいで小学生女児が性に詳しくても驚けないのかもしれない。


「おねえちゃんの裸を見ておにいちゃんはすっごくコーフンしました。一生記憶に残るぐらいのインパクトがあったに違いないんだよ、これでおにいちゃんは今後ずっとおねえちゃんを意識するんだよ」

「だからそれはただカラダ目当てで」

「最初はそれでいいんだよ」

「最初?」


「そう、どんな理由にしてもとにかくおにいちゃんはおねえちゃんをプラスの意味で意識してるでしょ?

 確かに『あの胸にしゃぶりつきたい』とか『お尻を揉みたい』とかそんなエッチなことかもしれないけど、静葉ちゃん以外にも武美おねえちゃんていう女の子の事を強く思うようになって、よく見るようになって、そうすれば武美おねえちゃんのアピールは全部ちゃんと覚えてくれるでしょ?」


「た、確かに……」


 一一才の少女に諭される一七歳がここにいた。


「それにあたし思うんだけど、エッチな意味で好きになるのってそんなに悪いことなのかなー」

「いや、それはさすがにアウトだろ!」


 これまでまんまと丸めこまれる武美だったが、流石にこんなトンデモ理論は受け入れられないと拒否する。


 だが、ユイは理詰という弾丸を銃に込める。


「だけどさ、人間て内面は大事だけど外見も重要だよね? 女の子だって美形とか細身とか長身とか男の子に見た目の好みあるよね?」

「それはまあ、あるけど」


「ならおっぱいやお尻が大きいのが好きとかムチっとしたフトモモが好きっていうのも責められないんじゃないかな?」

「いやでもただカッコイイ男子を求めるのと卑猥なモノを求めるのは違うだろ?」


「卑猥? なんで? 性的魅力ってだけで何で悪くなるの? それって人の勝手なイメージじゃないの?

 それに好きな人を抱きたい、好きな人に抱かれたいって思うのは自然なことだよね? 

 じゃあその愛の行為の時により強い快楽を求めるのってデートとかで楽しい時間を過ごしたいっていうのと同じじゃないかな?」



「え、いや、それは……」


 武美がもう少し賢ければ反論もできたろうが、武美の頭ではそんな賢明さは望むべくも無く、しばらく黙ってから、


「そうだな」

 と頷いてしまった。


「よし! まずはエロ根性上等、好きなだけあたしをスケベな目で見やがれ皆人、カラダ目当てで近づいたあんたをあたしの魅力で振り向かせてやるぜ!」


 単純思考がハイパーポジティブモードに移行して武美は立ち上がり、天井に拳を突き上げる。


「でもおねえちゃん、そもそも武美おねえちゃんておにいちゃんのどこが好きなの?」

「どこがって?」

「だってバカでスケベな変態だよ、いいところ無いよ」

「ユイちゃんはっきり言うんだな、でもそうだな、普通に考えたらこんなバカでどうしようもない奴、好きになったりしないと思う、だけどさ」


 嬉しそうに笑って、武美は目を細める。


「こいつさ、幼稚園の時から、あたしに嬉しい事があると一緒に喜んでくれるし、悲しい事があると泣いてくれるんだ、その時、もうこいつの事いじめてたのにだよ」


 言って、倒れる皆人を見下ろす。


「自分がどんなに大変でも、どんなに損しても、困っている人がいたら絶対見捨てないし、泣いてる子供がいたら真剣に笑わせようとするんだ」


 その話に、ユイの顔から表情が消えて、体の中が熱くなった。


「前から楽しみにしてたゲームに先着一〇名の特典ディスクがあって、こいつ前の晩から並んで手に入れるとか言ってたのに、店に行く途中で迷子見つけて、警察に預ければいいのにその子おぶったまま町中歩いて親見つけて、結局特典ディスク貰えなかったのに、親がみつかって良かったってあたしらに、本当に嬉しそうに話すんだよ、そんな奴他にいないよ、うん、そんなバカ、こいつ以外には絶対いないよ」


 間を置いて、


「だからあたしはこいつが好きなんだと思うし、鈴音もそんなこいつだから好きになったんだと思う、こいつはバカだからあたしや鈴音の気持ちなんて知らないけどな」


 幸せそうに語る武美を見て、ユイは静かに皆人を見つめた。


「(この時代のおじいちゃんも変わらないな……一〇〇年経っても変わらないなんて、本当に……)」


 その時、死にかけの皆人が小さく唸った。


「今だよ武美おねえちゃん、おにいちゃんにアピールアピール」

「おう!」


 自身に溢れた顔で武美は仁王立ちで皆人を見下ろして拳を作る。


「気がついたか皆人? なあ皆人、お前の言う通り商店街の人間じゃねえあんたを練習させたり試合に参加させて悪かったな。

 お礼に今度一緒に遊びに行こうぜ、あたし奢るからさ」


 言い切った。

 自然に、力強く、はっきりとデートに誘った。


 普段、皆人と遊びに行くのは静葉や鈴音を含めたいつものメンバーで、遊ぶ時だけだったが、例えカラダ目当てだったとしても自分に強い関心を持っている今ならきっと二人きりでもOKしてくれるだろうと思い、さらに野球にかこつければ自然な形で誘えて決して恥ずかしく無い、完璧だと武美は我ながら惚れぼれする。


 が、それもほんの数秒だけ。


 皆人が目を血走らせながら滝のように鼻血を流している事に気付くと小首を傾げて、視線の先を追って自分の体をゆっくりと見下ろした。


 メロンみたいなバストが深い谷間を作って、頭頂部のピンク地帯が空気にさらされている。


 そしてヒップや局部に感じる確かな空気の感触、つまり……金剛武美、全裸仁王立ちモード。


「くたばれぇええええええええええええええええええええええええええ!!!」

「いんぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 武美選手の世界を制する正確無比のゴールキックが皆人のゴールデンボールにクリーンヒット、再起不能の暴れん坊将軍もろとも皆人は窓ガラスを突き破る。


 その様子を、店先を箒で吐く武子が「あらあら」と見上げる。


 皆人はそのまま離れたゴミ捨て場に頭から突っ込んで、近所の子供達に木の棒でつつかれ始める。


「うあー! 見られたー! また見られたー! あたしのばかぁああああああ!!」


 胸と局部を両手で押さえながら泣き叫ぶ武美、その姿をふすまの隙間からこっそりと覗く舞子が『計画通り!』という顔で眺め、ユイは皆人の暴れん坊将軍が再起不能なら自分はこの時代で何をしようかと思案し始めた。


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