第9話 ドザえもん
千本ノックにタイヤ引きマラソンなどの地獄を終えてライフゲージ一ミリ、そんな状態で皆人はベンチに辿りついてなんとか休憩を取る。
「よーし、よく頑張ったな皆人」
無論武美はライフ満タン、疲れなどまるで感じていないようす。
そもそも運動会やマラソン大会でも息切れ一つしたことのないこの魔人の辞書に『疲れ』と言う言葉があるかどうかがそもそも疑わしい。
「頑張ったっていうか死にますた……」
「ははは、そうだ、いいもん作って来たから食えよ」
言って、ベンチの隣に座ると鞄の中からタッパーを取り出す。
「レモンの蜂蜜漬け作ったんだよ、疲れた時にはこれがいいって聞いたからさ」
嬉しそうにタッパーを開こうとする武美、その姿にユイは思わず感心してしまうが、対象的に皆人は青ざめてヒザが笑っている。
「ほら、うまそうだろ?」
笑顔で魔界の異物を召喚する武美、開かれたタッパーから瘴気が立ちこめている。
きっと武美の事だから、いらんアレンジをしたのだろう、武美はそういう女である。
紫色の液に浸かった黒ずむ黄土色のレモンを指でつまみ、一口。
ピチューン!
残り一ミリのライフが消えた。
口以外にも目と耳から吐血しながらベンチから、崩れる積み木のように転がり落ちる皆人、ダイイングメッセージは血文字で『おっぱい』だ。
「だいじょうぶおにいちゃん!?」
武美に見られる前に失礼極まりないダイイングメッセージを踏み消しながらユイ登場。
皆人を起こしてどこからそんな怪力が出るのか皆人をベンチに座り直させる。
「あれ、あんた確かこの前の」
性格のチャンネルを変えたまま、
「どうもこんにちは、親戚のユイです♪ もうおにいちゃんたらいくら疲れたからって倒れるなんて情けないよ♪」
ベンチの真ん中、丁度二人の間に挟まれる形で座り込むユイ。
皆人の白目にグルンと黒眼が戻る。
「ちっげーよ、武美の料理がマズ過ぎるんだよ!!」
「(ちっ、人のフォローを)そ、そんな事ないよね、武美おねえちゃん♪」
「そうだ! あたしの料理がマズイなんてこと」
パクリ
武美に九九九九のダメージ、毒、マヒ状態になった。
「ぐぅおおおおおお…………す、すまん皆人、これは酷い」
「「(フグが自分の毒で死んだ……)」」
皆人とユイの心の声がシンクロした。
さすがに吐血はしないが喉と腹を抱えて苦しむ武美。
「うぅ、こんな腕じゃ女としてのプライドが……」
「なんだお前女のプライドあったのか?」
「当たり前だろが!!」
武美の右ストレートが皆人の顔面を打ち砕く。
皆人はもっと言葉に気をつけるべきだとユイがため息をついてからフォローを入れる。
「で、でも武美おねえちゃんすっごい美人だし魅力十分だと思うけどなー、おにいちゃんもそう思うよね?」
視線で『空気を読め』と言うとさすがに皆人にも通じたらしく、ワンテンポ遅れて頷く。
「お、おう、確かに武美は美人だと思うぞ」
「あ、あんたら何言ってんだよ!」
赤面して慌て始める武美、ユイは心の中で『計画通り』とほくそ笑む。
「おにいちゃんて可愛い女の子と美人な大人っぽい女の人ならどっちが好きぃ?」
「俺は美人派だな」
「背の高い女の人と小柄な女の子ならどっちが好きぃ?」
「背え高いほうかな」
「じゃあスレンダーな人とグラマーな人ならどっちが好きぃ?」
「グラマーなほうが好きだな」
ユイは心の中で『イエぇス!』とガッツポーズを取った。
「じゃあおにいちゃんて武美おねえちゃんのこと好きぃ?」
武美の顔が爆発、ユイの肩につかみかかるがユイは皆人の袖をつかんで『ねえねえ』と揺さぶる。
「いや」
皆人を覗いた世界の時間が止まること五秒。
「だって武美すぐ殴るし蹴るし昇龍拳するしカメハメ波するし」
そこまで言って、立ち上がる武美から溢れだす殺意に気付き、皆人とユイは背筋が凍る。
「いやいやいや、でもあれですよ武美様、武美大明神様はしょうしょう元気がよろしすぎるだけで顔もスタイルも最高だし、もうちょっとやんちゃぶりを直せばホントすぐにでも結婚したいくらいでございますですよ! ってあれ?」
いつのまにか殺意はどこへやら、武美は耳まで真っ赤にして口をもごもごと動かし、目も焦点が合っていない。
「おいどうしたんだよ武美?」
ポン
と肩に触れた途端。
「うわぁああああああああああああああああああああああ!!!」
「ぐぼばぁああああああ!!!」
カメハメ波のように突き出された両手が皆人のみぞおちを直撃、肺と胃袋の中全てを口と鼻からブチまけながら、後方へ数十メートルぶっ飛んで川を水切り石のようにバウンドして対岸へ突き抜け土手に上半身を突き刺し皆人は止まる。
「とびましたねー」
などとユイが和んでいる間に武美はバットとボールを持って走り去ってしまう。
一人残されたユイは、やれやれとばかりに川を渡ると哀れな祖父を引き抜き、雑にずるずると引きずりながら、また川を渡ってベンチに戻る。
川を渡っている時はブクブクと背後から音がしていたがユイに気にするようすは無い。
「(こいつは本当に俺の味方なのか?)」
こうして皆人はドザえもんになった。
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