第2話 ジャイアニズムヒロイン金剛武美

「それで、これからお前は何するんだ?」


 月曜日の朝、通学路を並んで歩く二人、家を出たばかりなので周囲に他の学生の姿は無いがしばらくすればいつものメンバーと合流するだろう。


「はい、まずはこの時代のおじい様の女性関係を調べます。作戦はその後に」

「まあいいけど、とにかく誰かに会ったらお前はウチで預かってる従妹(いとこ)で俺の事はおにいちゃんて呼べよ」

「はい、おにいちゃん」

「ぐはっ!」


 強烈だった。

 可愛らしい小学生女児(ユイ曰く一一歳)の上目遣いおにいちゃんに全身がくすぐったくなって歩きながら身悶えする。


 はたから見れば変態そのものだ。


 しかもユイは血のつながらない養子。


 義理の妹など日本中のオタクが欲しいモノベスト三入り確実の宝具ではないか、皆人の中に住む小さな皆人達が総立ちで万歳三唱だ。


「おーっす皆人」


 曲がり角から現れた人物が手を振ってくる。


 活発そうなショートヘアーに元気のいい弾ける笑顔、大きな目に筋の通った鼻、文句無しの美人だ。


 二十代と言って通じる大人っぽい女子高生は、男の皆人よりも高い身長に制服の上からでも分かるメリハリのあるダイナマイトボディを揺らしながら駆けて来る。


 男子として小柄なわけではない皆人が軽く見上げる形で手を上げた。


「おはよう武美(たけみ)」

「おお、この人がモンスタートラック武美ですね」


 ほがらかな朝が砕け散った。

 武美の顔からすーっと笑顔が引いていく。


「ユユユ、ユイ! お前何言っちゃってるんだよ!」

「とりあえずあの人を殺せば幸せに一歩近づきますよね? じゃあこの電磁投射砲(レールガン)で」


 浴衣の袖から銀色の銃を出しかけるユイの手を抑える。


「バカ! 変なモノ出すな!」

「え? だっていつもおにいちゃんがキングベヒーモスとかキングコング殺しとか言ってたじゃないですか?

 あまりの怖さに会う度に寿命が縮まるとか何度も半殺しにされたとか」


「(それは未来の俺だろがぁああああ!!)っていう夢を見たんだよなユイ? でもそんないけない夢の内容を本人の前で言ったら」ガシッ!


 骨が砕けそうな握力で肩をロックされて体は武美の方へターン。

 紅蓮の業火を両目に灯して髪を揺らめく武美に皆人の額から汗が止まらない。


「へぇ、皆人って家であたしの事そんなふうに言ってるんだー」

「違いますよ武美大明神様! わたくしめのような小市民にそのような勇気――」

「いつも半殺しだっけ? そうかそうか、じゃあ望み通りに」


 岩をも砕く鉄拳が鋭く光る。


「してやんよ!!」


 昇龍拳で天に昇る皆人、空からコンクリートにべちゃりと落ちると馬乗りにされて路上で公開が処刑が始まるのだった。


「ギッタギタのメッタメッタにしてやんよー!!」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」


 助けを求めようにもユイの姿は消失。

 昨日見せてくれたサイレントスーツなる服の効果は絶大だ。

 さすがは二十二世紀の道具である。


「(逃げやがった)」


 こうして通学路には一生消えない血の跡が広がった。


「おいそこのお前!」

「○×△学園の金剛武美(こんごうたけみ)だな!」

「ちょいとツラ貸しな!」


 三人の金髪ピアスが声をかけるが、皆人をボコる拳は止まらない。


「おいてめー!」

「人の話聞けよ!」

「このクソアマ!」

「うるせえんだよ!」

 腕の一振りで三人の金髪ピアスがぶっ飛んでアスファルトに転がった。

「ったく、人のハッピータイムを邪魔しやがって」

 皆人フルボッコタイムはまだまだ終わらない。




「うぅ、朝から死ぬかと思ったぜ」

「自業自得だろ」


 生まれたてのバンビのようにヨロめきながら教室に入ると、すでに後の二人は隣同士の席で談笑をしている。


「おーっす鈴音(すずね)、静葉(しずは)」

「おはよう武美、なに皆人、アンタまた武美にボコられてんの? アンタも好きねー」


 呆れ顔で自分の席にちょこんと座るのは、ユイより少しばかり高い程度の身長しかない小柄な貧乳ドリルヘアーお譲様、緑川(みどりかわ)鈴音(すずね)だ。


 金持ちとやたらと広い人脈が自慢で螺旋を描く髪が本人の動きに合わせて上下に揺れる。


「俺だって好きでボコられてるわけじゃ――」

「仕方ないわよ鈴音ちゃん、だってそれが皆人君の立ち位置なんだから」

「そうだよね静葉ちゃーん、それが俺の立ち位置だもんねー」


 長い髪を肩より下で切り揃えた少女が柔らかく笑うと皆人の態度が急変、誰が見ても分かり易過ぎるベタボレアクションだ。


 彼女の名は平岸(ひらぎし)静葉(しずは)、女子高生の可愛らしさを残した綺麗な顔立ちに澄んだ声、女子にしてはやや高めの身長、均整の取れたスレンダーなプロポーションながら程よく大きなバストとヒップを持ち、モデル並に長い足は体育の時間のたびに皆人を魅了する。


 おまけにこの柔和な笑みを見ると皆人はもうこの世の全てがどうでもよくなってくる。


 頭がバカになってる皆人は気づいていないが、彼女の毒性には武美と鈴音、そしてサイレントスーツで姿を隠したユイまでもが言葉を失った。


 今、ユイは皆人のすぐ隣に立っているが装備者の姿と音を完全に遮断し、壁や天井に張り付く事ができる最強の隠密装備のおかげでその存在はクラスの誰にも知覚されていない。


 しかしながらこの状況はユイにとって意外と言わざるを得ない。


 てっきり皆人はクラスで目立たない地味な存在かと思いきや、未来の童貞神はいきなり三人のそれぞれタイプの違う美少女に囲まれ雑談に花を咲かせている。


 これほど恵まれた環境で何故童貞なのかとユイは首をひねるばかりだ。


「そうだ皆人、今日の放課後野球の試合するんだけどメンバー足りないからお前来いよ」

「げっ、野球?」


 武美の誘いに皆人が青ざめる。


「おう、今日こそは宿敵黒玉商店街の連中にあたしら白玉商店街の強さをみせつけてやろうと思ったのに文房具屋のオヤジが昨日ケガしてよ、不戦敗なんてかっこわりー真似できるかっての!」


 グッと拳を握る武美に対して皆人は乗り気では無いが、


「わたしも応援に行くから頑張ってね」

「勿論だよ静葉ちゃん、俺がんばるぅー」


 またもや静葉の言葉で態度を急変させる皆人、その様子に武美と鈴音が羨ましそうな、そして不機嫌そうな顔をする。


 当然皆人は気づいていない。


 そんな空気を壊すように、というより向かい合う皆人と静葉を邪魔するように鈴音が立ち上がる。


「そういえばドラマ『踊る教師』の未公開映像付き限定ブルーレイがあるんだけど野球が終わったら見にこない?」

「おっ、見る見る」

「わたしも見たいなー」


 踊る教師とはダンス好きのフランクな教師を主人公にした人気ドラマで、限定版ブルーレイは数量限定で手に入れるのはかなり難しい。


「でもなんでそんなの持ってるんだ?」


 皆人の質問に鈴音が薄い胸を張る。


「パパの知り合いに事務所の関係者がいてさ~、まあアタシがちょっと頼んだら一発よ」


 いつも思うがお前のパパはどんだけ顔が広いんだ、と言ってやりたい衝動に駆られる皆人であった。


 彼女が何か自慢をするたびに『パパの知り合いに~~』と言っている気がする。


 それでも、鈴音の自慢話は耳につくがそのおかげでこうして恩恵を受ける事が多いので皆人達は鈴音の家に行く事が多い。

 そして、


「一緒に見ようね」


 と皆人にウィンク。

 逆に武美の目が少し鋭くなって、皆人は小首を傾げながら「おう」としか言わない。


 三人の様子を見て静葉はクスクスと笑って逆にユイは無表情のまま額に青筋が一本浮かんだ。


「みんなー、先生が来たぞー!」


 監視役の生徒の合図で全生徒が慌てて自分の席に駆けこむ。 


 これはこれで凄い団結力だがきっと先生は悲しむだろう。


 入室してきたのは、眼鏡をかけ、長い髪を頭の後ろでお団子型に結った知的な女性で、きっちりと着こなした紺色のスーツが彼女の厳格さを物語っている。


 日直の『起立、礼』の言葉が終わり、先生が用紙束を取り出した。


「はい、ではまずこの前のテストを返しますが、三波君、君はまた四九点ですよ、いつになったら正解数のほうが多くなるんです?」


 ジロリと睨まれて、三波は慌てて弁明をする。


「いやあれですよ先生、俺はずっと日本にいるから英語なんて使わないしそもそも俺文法は分かってるんですよ、ただテストに出る単語が分からないだけで」

「なんで文法だけ分かるんですか?」

「そりゃ英語読めなきゃ海外の無修正エロサイト利用できないじゃないですか、だから文法は完璧にして単語も利用規約の文や検索ワードに使う単語しか覚えてません」

「三波君、君はお昼休みに職員室へ来なさい」

「しまったつい本音が俺のばかー! 違いますよ先生、俺エロサイトなんてぜーんぜん使ってませんし、年齢誤魔化して通販でエロDVD買ったり私服姿で大学生のフリして⑱禁ゲーム買いに行ったりなんてしてません!!」

「今度家庭訪問に行きます」

「ノォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 その寸劇に、静葉はクスクスと笑い、武美と鈴音は恥ずかしそうに赤面してうつむいてしまった。


「(学生時代のおじい様ってなんなんだろう…………)」

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