22世紀から猫耳少女が来ましたよ

鏡銀鉢

第1話  22世紀から猫耳少女が来ましたよ



 ある日未来から猫耳美少女が現れてピンチを救ってくれる。


 そんな展開があったとして、世の男子諸君は一体どうするだろうか。




「どわぁあああああああああああああ!!」


 三波(みしま)皆人(みなと)、○×△学園二年男子は叫んだ。


 平日の夜、自室で今日も今日とてニコニコできる動画サイトでランキングチェックをしていたのだが、突然部屋の天井に真っ黒な孔(あな)が開いて、そこからイナビカリがゴロゴロのピシャーン状態だ。


 これは夢か? 白昼夢なのか? それとも最近の雷は晴天の中、人様んちの天井ブチ破れるほど進化したのか?


 そんな疑問が膨らむ中、雲に乗った陣太鼓装備のカミナリ様が落ちて来るかと思いきや、穴から落ちてきたのは巨大なカプセルだった。


 昔見たSF映画の冷凍睡眠装置を彷彿とさせる棺桶サイズのソレは床にぶつかるとその衝撃で開いたと思うくらい同時にフタが開いて、中から青い猫耳が姿を現した。


「突然出て来てこんにちは、ここは三波家であなたは皆人でよろしいですか?」


 棒読みでそんなチンプカな質問をする小学生くらいの猫耳少女に、皆人のメガネがずり落ちた。


「えーっと」


 言葉に困ると棒読み無表情少女がスルリとカプセルから抜け出して、室内にも関わらず白いサンダルを履いたまま目の前に降り立つと、猫耳少女は鼻がくっつきそうなほど顔を寄せて来る。


 紺色の帯で止められた浴衣は丈が短くフトモモが見えて、なのに腕は振り袖で隠れていて、それでいて肩口に大きくスリット入っているせいで肩だけはしっかり露出している。


 そして……猫耳カチューシャである。


 よく見れば、脚の間から青い猫の尻尾のようなモノが垂れているが猫耳カチューシャ同様、これでもアクセサリーだろう。


「おお、この不幸の星の元に生まれてそうな目と年齢イコール童貞歴確実の冴えない顔、そしていかにもコッソリ使い込まれてそうな右手、これぞ神(かみ)皆人(みなと)の証」


 活字で読むと驚愕し感極まっているようにも感じるが、それでも棒読みは変わらない。


「っていきなり失礼だろ! なんだよお前は!?」

「これは失礼いたしましたおじい様」

「お、おじい様?」


 珍妙怪奇。


 いきなり空間に空いた穴からカプセルに乗って猫耳少女が現れて自分をおじい様扱い。

 ただ、漫画を腐るほど読んできた皆人はだいたい想像できる。

 まさかあの展開なのかと。


「はい」


 言って、猫耳少女は三歩下がって大仰に手をまわして右手の先を自身の平らな胸に当てる。


「私は三波ユイ、一〇〇年後の未来からおじい様を神となる運命からお救いするべく参上しましたあなたの孫娘です」


 世界の時間が止まること五秒。



「マジかぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 まさかあの展開かと思いはしたが、まさかそんなという気持ちもあったが、どうやらフィクションがリアルで起こってしまったらしい、と皆人は絶叫した。


「生前二次関数の問題を解くのがやっとだったおじい様の幼い脳味噌では理解できないかもしれませんが事実です」

「なにげに酷いな君、ていうか老人で二次関数解けたら十分凄いだろ」

「まあおじい様の頭の程度なんて置いといて」

「(置いとかれた)」


 皆人ショックである。


「私が何故この時代に来たのか、その理由をご説明しましょう」


 行儀よく正座して小柄なユイがこちらを見上げてくる。


 改めて見直せば、ユイはかなりの美少女である。


 無表情ながら品の良い整った顔立ちと大きな目に小さな口、白くキメ細かい肌も、彼女の年齢を考慮しても綺麗過ぎる。


「聞いてますかおじい様?」

「え? あ、うん、聞いてるよ、そういえば俺が神になるとかどうこう言ってたけど、まさか未来の俺はファンタジー展開に巻き込まれて世界を救うために神になって人成らざる存在へ昇華し世界の一部として取り込まれ――」


 そんな中二病みたいな妄想を語りながら鼻息を荒くする皆人をユイがぶった切る。


「いえ、死ぬまで一二五年間童貞でした」

「はい?」

 童貞で神って何? と皆人が首を傾げる。

「ですから、おじい様は一二五歳まで生きて人類史上もっとも長生きした人間としてギネスに登録され、生涯童貞だったためにネットでは神として崇められ世界中の童貞達の中で伝説になっているのです」

 どこから取り出したのか、スッと差し出された記事に目が点になる。


 人類史上もっとも長寿な男性、一二五歳を迎える。

 

 長生きの秘訣を聞いたところ、三波皆人氏はガッツポーズで「童貞でいることです」と熱く語る。


 なお、ネット上では長い間童貞を保った男性を魔法使いや賢者と言い、六〇歳で大賢者、七〇歳で童帝、そして死ぬまで童貞だった人は童神と言われます。


ですが、三波氏は一二〇歳の誕生日以来ネット上では彼だけに許された称号として、大童主神皇帝(だいどうしゅしんこうてい)、別名DOU‐TEI‐SHIN、通称DTSと呼ばれているそうです。


 性行為はおろか女性とデートもした事がなく、恋人いない歴も一二五年という――



 途中で壁に投げつけた。

 血の涙で前が見えない。


「いやだぁあああああああああああああああ!!」


 自身も畳の上にダイブしてのたうちまわる。


「ていうかお前孫娘とか言ってたじゃねえか!」


 ガバッと起き上がって詰め寄る皆人をブリッジでかわすユイ。


「私は六歳の時におじい様に引き取られた養子です。孤児院から拾って頂き感謝します」


 崩れ落ちた。

 本当に自分は生涯童貞なのかと、女性のアレもコレもくぱぁも全部知らないまま妄想に溺れるしかないのかとさめざめ泣いて、もう指一本動かす気力も無い。


「うぅ、セ○クスと言わなくてもせめてパイズ○くらい経験したかった……」

「ご安心を、おじい様」


 僅かに感情が、力強さがこもった声に皆人は「え?」と見上げる。


「だから私が来たのです」


 とん、と胸を叩くユイに皆人の顔が明るくなる。


「そそ、そういえばお前確か神になる運命から救うとか言ってたよな?」

「はい、おじい様は死ぬ直前に言いました『死ぬ前にセ○クスがしたかった』と」

「あ、俺死んだんだ。まあ当たり前だけど」


 人は誰もが死ぬが、まだ生きている自分の死を未来の世界で見届けた人物との出会いに微妙な気分になってしまう。


 頭の中で紙にえんぴつでぐちゃぐちゃと書き殴った映像が浮かぶ。


「ですから私はおじい様の童貞神となる運命を変えるべく未来から来たのです。私がおじい様の恋愛を全力でサポートし、必ずやおじい様の童貞を喪失させてみせます」


 ガッツポーズで小学生女児に童貞喪失宣告をされる状況に皆人の口元がひきつるが、とりあえず自分の恋のサポートをしてくれるというのであれば邪険にするわけにもいかない。


「わかったよ、でも凄いな、一〇〇年後にはタイムマシンが一般化してんのか?」

「いえ、これは盗品です」

「ほえ?」


 まぬけな顔で尋ねる皆人に、ユイは背後のカプセルを撫でて、


「おじい様の未来を変えるのに必要たったので近所の研究所を襲撃して開発中のタイムマシンをジャックしてきたんです。

 狙った時代に行けるか心配でしたが、見たところおじい様はまだ十代のようですし、まあ成功でしょう」


「か、過激だな……」


 見た目によらない豪胆さに漫画みたいな縦線が顔に入った気分だった。


「っで、その猫耳や浴衣に尻尾はなんだよ? 流行ってんのか?」

「おじい様の趣味です」


 皆人は無言で懺悔(ざんげ)した。


「……で、でも問題はこれからだよな、映画や漫画だと結構そのへんいい加減なご都合主義だけど、この時代にお前の戸籍なんてないし犬や猫じゃあるまいしいつまでも俺の部屋にかくまう事も――」




「そうなのユイちゃん皆人の恋の手伝いをー」

「はっはっはっ、それは未来からわざわざ御苦労、これで僕達も孫の顔が見れるな」

「えへへー、でもぉ、ユイからしたら二人はおじいちゃんとおばあちゃんみたいな存在だよ♪」

「あぁん可愛い、ママ女の子欲しかったの、お婆ちゃんじゃなくてママの事はママって呼んでね」

「パパのこともパパって言っていいぞユイちゃん」

「はぁい、ママ♪ パパ♪」


 リビングの寸劇に皆人の表情が絶対零度まで下がる。

 ユイ、てめーさっきとは随分態度が違くないか?


「ていうかなんで父さんも母さんも普通に受け入れてんだよ! 未来だぞ! 俺の孫だぞ! 俺まだ一七歳だぞ! 高二の春ですよ今は!!」

「まあ人生生きてれば未来から孫が来る事もあるわよ」

「そうだぞ皆人、パパも曲がり角で食パンくわえた転校生のママとぶつかったのがきっかけで結婚したし、革命軍に追われる小国の姫様を助けたり山で助けた宇宙人が宇宙戦争の鍵になってたりしたんだ。未来からの孫がくるぐらい人生の通過点だ、みんなやってるんだ」

「初耳だよ!」


 ヒトラー風に叫んでも返ってくるのはこんなもの。


 神様はこのバカ親を作る時ちょっとハイになっていたに違いない。


「うふふ、あの時助けた宇宙人君元気かしら」

「きっと母星で幸せに暮らしてるよ」

「ところでわたし、その小国のお姫様の話聞いた事ないんだけどそのお姫様とはどうなったのかしら?」

「ちょ、ママ、顔が怖いよ、何も無いから、ほんとだから、ぎゃ! ぎゃー!」


 リビングで起こるDV(ドメスティック・バイオレンス)から目を逸らすと、視界の端でユイが元の無表情で親指をがっつり立てている。


「(未来の俺はどんな教育をしたんだ……)」


 これからの日々を思うと胃痛の陰が見え隠れする皆人だった。

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