第36話 トキメキ


 弥生は俺にとって特別だから。

 だから俺はあんなに怒ったんだ。


「俺、八〇点の料理作る子にトキメクんだぞ」


 だからハッキリと言った。


「好きだ弥生、俺と付き合ってくれ」

「ッ!? あ、あの、あの、あたし」


 弥生の顔が耳まで赤くなって、慌てふためく。


 そうだ、俺は弥生の事が好きなんだ。


 この大人びていて、高校生離れした容姿で近寄りがたい空気を持っているのに、本当は子供の時好きになった男の子を何年も慕い続けて、スカートの中を見られただけで真っ赤になって、好きな人の為に初対面の男子に料理を教えてくれるよう頼み込んで、傷だらけになりながら料理の練習をして。


 そして料理が上手くなったり、好きな人の事を話すと本当に、誰よりも愛らしい笑顔を見せてくれる、この一途で純粋で可愛過ぎる女の子の事がずっと好きだった。


「俺弥生の事凄い好きだし、弥生と一緒にいたいし弥生とデートしたいって凄く強く思っている」

「待って! ちょっと待って! そんないきなり!」


 声を大にして、顔を限界まで赤くして、今にも爆発しそうな顔の弥生に俺は続けて、


「弥生の事好き過ぎてキスしたい」


 ぷつん


「うわあああああああああああああ!!!」

「おわっ!」


 いきなり大麻が飛びかかって来て、俺はそのまま押し倒されてしまった。


 ドサ!


 ご神木の葉が数枚落ちて、その何枚かが俺と弥生の上に乗る。


 弥生はリンゴみたいな顔を俺の胸板に押し付けて隠しながら、ぎゅっと抱きしめてくる。


「それって……同情じゃない?」

「同情じゃない、本当に好きだ!」

「本当に本当?」

「本当に本当だから」

「じゃあ」


 顔を上げて、弥生が上目づかいに見てくる。


「本当にキスしたいの?」


 これは反則だろう。

 少しは自分の魅力に気付いてほしい。


「キスしたいに決まってるだろ! 好きなんだから!」


 誰もいないからって真昼間に俺はよくこんな事が言えるもんだ。

 愛の力バンザイ。


「じゃあさ」


 弥生が俺の上を歩腹前進してくる。

 じりじりと顔に近寄って来て、赤い顔を近づけて。


「その……春人ぉ……」


 これってやっぱり。


「あむ」


 心臓が止まらない。


 姉さんとは違う、生まれて初めてする身内以外とのキスは、俺の知ってるキスとは全然違くて、漫画で読んだ『甘い』とか『気持ちいい』とかよりも純粋に心が満たされた。


 そのまま弥生の舌先が俺の舌に触れて、だけど深く絡む前に弥生の頭が支えを失ったように落ちてきた。


「!? ちょ、弥生! 急にどうし、あっ……」


 上体を起こして、口を離すと、弥生は気を失っていた。

 つまり、


「恥ずかし過ぎて気絶って……」


 可愛い過ぎるだろう。

 腕の中でぐったりして動かなくなる恋人の頭を撫でて、俺はつい、その真っ赤なほっぺたにキスをした。

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