第35話 女子番長を助けたい


 背後から全身を引き裂かれたような、断末魔の叫び声が聞こえるが俺は振り返らない。


 ただでさえ息が切れているのに、俺は全力で走った。


 この辺りで、しかも弥生が走った方角に神社は一つしかない。


 そして今日の自分を振り返っていた。


 俺はどうしてあそこまで怒ったんだろう。


 人の恋心を踏みにじる奴は最低だ。


 だけど、あんな殺意を抱くほど怒った事があるだろうか?


 喧嘩なんてしたことないのに、あんな大人数に立ち向かう勇気がなんで湧いたんだろう?


 というよりも、俺は本当に戸田の悪行に腹を立てたのか?


 打撲の痛みも忘れて走り続けて、それほど長くは無い階段を駆け上がる。


「弥生、弥生……どこだ弥生」


 俺は誰もいない境内の中を必死に探した。


「弥生!」


 果たして、幸せを約束された日に裏切られた少女はご神木の裏で一人泣いていた。


 ヒザを抱えて顔を伏せて、子供のように泣きじゃくる姿はあまりにかわいそうで、触る事すらためらってしまう。


 それでも、俺はその小さな頭を優しくなでた。


「弥生」


 顔を上げると、弥生はもう涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、初めて会った時の面影はどこにも無い。


「新川……」


 俺は言葉が続かない。

 ここまで来るのに夢中で考えて無かったけれど、なんて声をかければいいんだ。

 残念だったな。

 落ち込むなよ。

 次の恋を探そう。

 どれも違う。


「フルーツゼリー食べていいか?」


 だからってこれはないだろう。


「え? ……うん」


 涙顔のままに、ややきょとんとした顔になって、弥生はバッグの中から無事に残ったタッパーを取り出して俺に差し出してくれる。


 俺はその場に座り込むと、一緒にしておいたスプーンでゼリーをバクバクと食べて飲み込んだ。


 おいしい。


 数日前までは包丁も満足に使えなかった弥生がグラニュー糖や水の量、火加減や時間を絶妙に調節して作ったゼリーは、家事マスターの俺が素直にそう思えるほどおいしく出来上がっていた。


「新川?」


 今日の自分を振り返る。

 俺はどうしてあそこまで怒ったんだろう?

 人の恋心を踏みにじる奴は最低だ。

 だけど、あんな殺意を抱くほど怒った事があるだろうか?

 喧嘩なんてしたことないのに、あんな大人数に立ち向かう勇気がなんで湧いたんだろう?

 というよりも、俺は本当に戸田の悪行に腹を立てたのか?


 違う

 俺は女の子の(・・・・)恋心を踏みにじった事に怒ったんじゃない。

 弥生を(・・・)傷つけて泣かせた事に怒っていたんだ。

 相手が弥生だから。

 弥生を傷つけたから。

 弥生を泣かせたから。

「おいしいぞ、弥生、八〇点だな……ところで覚えているか?」

「……なにを?」

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