第34話 女番長のピンチ



「へへ、なんだよ大麻、戻って来たのかよ、それともまだ俺の事好きとか?」


 あっ、浩二は気づいてないみたいだけどそういえば服装違うな、今日のあいつは青いワンピースだったけれど、上体を起こして見直すと今の大麻はホットパンツに黒いチビTというヘソ出しルックで露出度が高い。


「『戻ってきた』? ああそうだな、戻って来たぞ」


 大麻の口元がニヤリと歪む、違う、これは俺の知る大麻の顔じゃない。


「浩二、やっぱこいつの体ハンパねえな」


 男子の一人がスケベな顔で大麻のカラダをナメるように見る。


「場所もちょうどいいしヤッちまっていいだろ」

「やっほーい」


 飛びつくようにして男子が襲い掛かり、


「アメリカから戻ってきてやったぞ!」


 男子の体がぶっ飛んだ。


 比喩表現で無く、大袈裟に言ったわけでなく、本当に、事実として、目の前で人一人の体が山なりにぶっ飛んで俺らの頭上を飛び越えてそのまま裏路地の壁に当たってズルリと落ちた。


 確か今『アメリカから帰った』とか言ったよな?


 まさかこの人。


「てんめふざけんじゃねーぞ!」


 別の男子が殴りかかって、大麻はその拳にヘッドバットをかます。

 男子は血まみれになった右手を抑えて呻き声を上げた。


「久しぶりだな浩二、中学以来か?」

「お、お前もしかして……間(ま)宵(よい)なのか? アメリカに行ってたんじゃ……」


 戸田の声は震えていた。


「いや何、ちょいと愛しの妹から日曜日に浩二と初デートって聞いて飛んで来てね、あんたらが上手くいくよう神頼みに行ったら神社の境内(けいだい)であいつが泣いてたもんで」


 間宵の眼力が倍増しになって、ドスの利いた声を吐きだす。


「潰すぞ」


 間宵の動きは速過ぎて目に映らなかった。


 次の瞬間には回し蹴りの一発で男子二人をまとめて路地裏の壁に叩きつけて、壁に亀裂が入る。


 流れるように、続けて拳を壊された男子の顔を踏み潰しながら同時に突き出した拳が二人の男子のみぞおちにクリーンヒット。


 二人はくの字に体を曲げて三メートル以上もぶっ飛んだ。


 凄過ぎる。


 こんな芸当が千秋姉以外の人間にできるとは驚きだ。


 本当の本当に、通り名はダテじゃない。


 曰く氷の女王。

 曰く鉄血の女帝。

 曰く歩く自然災害。

 曰く現代の魔王。

 曰くA級喧嘩師。

 曰くTレックスより強い奴。

 曰く地上最強の生物。


 人間離れした非常識な暴力で目の前の敵を無慈悲に潰すキリングマシーンは、だが恐怖よりも頼もしさを感じる。


 それはきっと俺の味方だからではなく、


「おい春人、お前はこっちに来い!」


 もう抑えつける奴もいなくなっていて俺は自由だ。

 言われるままに間宵の元まで行くと、


「あんたの事も電話で聞いてるよ」


 間宵から感じるのは、恐怖をばらまく魔王ではなく、妹を案じる姉のソレだった。


「あいつに迷惑かけたくなくてめぼしい奴全部潰してからアメリカ行ったんだけど、まさか昔馴染みのこいつがね、あたしの観察眼もアテにならないもんだ」

「あの……俺……」


 ふと、間宵が俺の目に笑いかける。


「あんたに料理教えてもらってるって、あんな楽しそうな声、久しぶりに聞いたよ」


 満開の笑みは弥生と変わらない可愛さで、妹の為にこんなに綺麗に笑える間宵は本当に弥生の事が大好きなんだろう。


「あんたは弥生の事頼むよ、あたしは」


 視線を浩二達に戻すと、妹を心配する姉はどこへやら、途端に、味方の俺でさえ脚が震える程の殺意を全身から放出させて、ドス黒い、地響きのような声を鳴らす。


「こいつらをコロス」


 浩二達は尻もちをついて失禁していた。

 だが可哀相だとは思わない、むしろ当然の報(むく)いだろう。


「間宵、俺からも頼む」

「ナンダ?」

「ギッタギタに頼む」

「オーケェーイ」

『ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!』

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