第33話 主人公覚醒
「あいつに謝れって言ってんだよ!」
吐きだされた言葉は生きてきた中で一番感情的だった。
「お前あいつがどれだけお前の事好きだったと思ってんだよ!?
あいつがお前の為にどれだけ料理練習したと思ってるんだよ!?
お前においしい料理食べてもらいたいって、手え傷だらけにして!
学校休んでまであいつ頑張ってたんだぞ! なのにお前は!!」
「そんなの知るかよ、だいいちお前にかんけーねーじゃん」
ああそうだ、確かに大麻は他人だ俺には関係ない奴かもしれない、だけど怒らずにはいられない、この溢れる感情だけは止めようがなかった。
「いいから謝れって言ってんだよ!!」
本能が理性を上回って、俺の右手は戸田の胸ぐらをつかんでいた。
確信できた。
俺は今こいつを殺してやりたい。
ぶっ飛ばしてやりとかじゃなくて、本当に、明確に、こいつの全てを滅茶苦茶にしてやりたい気分だった。
子供の頃から女より女らしいと言われ続けた自分にこんな狂暴性があった事に驚く余裕も無く俺は詰め寄る。
すると戸田は舌打ちをして、
「おい」
手で一度合図しただけで、取り捲きの男子達は俺を取り囲み、そのまま俺は路地裏へと追いやられる。
抵抗しようにも数が違い過ぎた。
「やれ」
その一言で追い詰められた俺に向かって男子達が迫ってくる。
それでも退く気なんて無い。
「てめえ、引きずってでも大麻のとこに連れてくからな!!」
感情に任せて、容赦無く二人、三人と相手の顔面を殴り飛ばして、四人目には渾身のヒザ蹴りをめり込ませた。
同時に襲い掛かって来た五、六人目の首を手で絞め落とす。
子供の頃からずっと千秋姉に振り回されてなければ、ここまでの抵抗はできなかっただろう。
だけど俺の抵抗もそこまで、いくら体力に自信があっても数の利はそう簡単には覆(くつがえ)らない。
残りのメンバーに取り抑えられて、後はもう惨めなもんだ。
一〇人がかりで殴れるだけ殴って、倒れた俺を蹴れるだけ蹴り飛ばして、踏みつけて、集団リンチとはこのことだ。
それでも苦しく無かった。
痛みは感じる。
全身打撲確実の痛みが襲ってくるが、大麻の悲しみを考えれば全然耐えられる。
「大麻に……謝れ……」
「はあ?」
「あいつ泣いてたんだぞ!! 高校生になったばかりの女の子泣かせてお前らなんとも思わねーのかよ!!?」
「こいつまだ言ってるぜ」
「どうする浩二?」
「面倒だな、おい、その綺麗な顔潰しちまえ」
男子達は首から上をかばえないように俺の腕を抑えつけると、俺の視界に二つの靴底が現れた。
「死ねよ」
浩二の言葉と一緒に、靴底が一気に振り下ろされようとして、
「あんたらおもしろそうな事してるな」
その場にいた全員が声のするほうを見た。
表通りから歩みよってくる一人の女子はあまりに知り過ぎた姿だった。
美人だった。
切れ長の目は長いまつげに縁取りされて、大きな瞳が周囲を射抜く。
抜けるように白い肌はガラスや氷の印象を受ける。
氷の女王という仇名が相応しい。
他にも筋の通った鼻や形の良い眉の美しさはトップモデルの比じゃないだろう。
加えて男子の俺に迫るモデルのような長身、クラス中の女子が幼児体型に見えるほどのプロポーション。
外見に限って言えば、今まで見たどんな女性よりもイイ女だった。
シャギーの入った茶髪が印象的なそいつは、紛れも無く大麻(おおあさ)弥生(やよい)その人である。
あんなに泣いていた大麻がどうして?
まさか自分を助けに来てくれたのか?
でもそれにしては雰囲気がおかしい。
大麻の顔は作られたものではなく、自然な笑みだった。
とは言ってもそれは可愛いらしい笑みなどではなく、獲物を狩る前の肉食獣の笑みなのだが、それでも、とてもではないが恋心を踏みにじられた、あの弱々しい少女には見えない。
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