第30話 こいつを殴りたい
「お弁当ねー」
俺と大麻が女子の横を通り過ぎると、突然そいつは後ろから大麻のバッグをひったくった。
「今どき手作りなんて流行らないんだよ!」
そいつはバッグの中に手を突っ込むとすぐに弁当箱を引っ張りだし、
「お願い! やめて!」
「てんめ!」
俺が止めようとするのも間に合わなかった。
弁当箱を包むランチマットをつかんで振り回すと、中から道路に放り出された弁当箱は空しく口を開いて、中の料理がまとめてぶちまけられた。
「あ…………」
大麻の口が震える。
一週間かけて、一生懸命練習して、戸田の為に作り上げたお弁当に両手を伸ばすが、目の前で車に轢(ひ)かれて原型もとどめ無かった。
「そんな……」
大麻の目に涙が溜まる。
むごい、とてもじゃないがマトモな奴ができる事じゃない、少なくとも、人間がどうしたらここまで人の心を踏みにじる事ができるのか、俺には理解できなかった。
全身の毛が逆立ったような感覚に、俺は弁当から視線をはずして相手を探すが、その女子はもう高笑いをしながら立ち去る途中だった。
「それじゃ、デート成功したらこんなんじゃ済まないからねー」
軽い口調で言い捨てるそいつに、俺は衝動的に足が前に出るが、服の袖を大麻につかまれて、それ以上は足が出なかった。
「待って」
「だけど大麻(たいま)!」
振り返ると、大麻は俺に背を向けて、まだ道路に四散した弁当の残骸を見ていた。
「本当にいいから」
少し涙交じりの声を漏らしてから、大麻はポケットのハンカチを顔に当てて、
「それに新川」
「ん?」
「大麻(たいま)って言うな!」
「ひでぶ!」
ああ、やっぱこいつのボディブロウすげー……
「あいつシバいてるヒマあったら早く遊園地行かないと、それにまだデザートは残ってるしね」
さっきまでの涙はどこへやら、明るい笑顔で大麻はバッグからフルーツゼリーの入ったタッパーを取り出して俺に見せびらかす。
「で、でも大麻」
数歩歩いて俺から距離を取って、大麻は背中を見せた。
「いいの、それと、もうここでいいから、新川はもう帰って」
「大麻」
「いいから!」
張り上げた声に、俺は黙る。
「ここから先は、あたし一人で進むから」
まるで、自分に言い聞かせるようにして告げる大麻の背中は、酷く小さくて頼りなく感じたけれど、俺は大麻の肩に手を置いて送りだした。
「そうだな、じゃあ……頑張ってこいよ」
「うん」
背中越しに言って、大麻の背中が遠ざかっていく。
お弁当は駄目になったけど、それでも上手く言って欲しい。
戸田が大麻の事を誤解しないで欲しい。
大麻が本当は、凄く可愛くて、魅力的な女の子だって事を知って、大麻を幸せにしてやって欲しいって、俺は心の底から願った。
「さてと、じゃあ俺はと」
見れば、時々利用しているゲーセンが見える。
今日は日曜日、まあ別にいいだろ。
俺は大麻のデート成功祈りながら、ちょっと前祝い気分で足を運んだ。
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