第26話 ついにデート
「新川、味見て」
「おう」
その日の放課後、また大麻は俺の家で料理の練習をして、今は卵焼きを作っている。
あの鮮やかな黄色と丸くてふわふわした存在は可愛いお弁当に無くてはならないキーアイテムなのだ。
「うーん、ちょっと甘みが強いかな」
「でも女の子ならこれくらいが」
「いや、女の子らしさをアピールするのはあくまで見た目、フタを開けた途端にキュートさを演出しつつも食べると好みの味で舌をうならせる、うん、これがいいな、そうなると砂糖は使わず炒めた玉ねぎを混ぜて野菜の持つ自然な甘みを利用したほうがいいかもしれないな」
俺は玉ねぎを冷蔵庫から出すと皮を剥いてまな板の上に置いた。
「これを四分の一にカットしてみじん切りにしてくれ」
「わかった」
「あ、ちょいストップ」
包丁を握りながら腕まくりをする大麻を止めて、俺は冷蔵庫の横の壁にかけている水中メガネを持っていく。
「ほい、切るのが遅いうちはコレ使わないとキツイぞ」
「……あ、ありがと」
包丁で手が塞がった大麻のかわりに俺がつけてやると、大麻はぎこちないながらも、タマネギをなんとかみじん切りサイズにしていく。
時間はかかっているけど結果、可愛くおいしいお弁当になればそれでいいのだ。
慣れない手つきで、それでも懸命に包丁を動かす姿があまりにいじらしくて、思わず口が開く。
「なあ大麻(たいま)」
「大麻(たいま)じゃなくて大麻(おおあさ)よ、次言ったら包丁で刺すからね」
なんて言われてもちっとも怖く無い。
俺は大麻の作った茶色く無い、綺麗な黄色の卵焼きをもう一つつまんで食べてから、
「安心しろ、これだけできれば今のお前はうちのクラスでも上位に入る腕前だ、少なくとも家政科の生徒としての実力は十分だ」
大麻の背中を叩く。
「明後日(あさって)、戸田の度肝抜いてやろうぜ」
「うん!」
力強い声に、俺は思わず笑みがこぼれた。
俺の家で晩飯を食べて、少し学校の勉強の復習をしてから俺と大麻は同じ道を歩いていた。
大麻は始めは断ったけれど、今日は洗い物の後に復習までしたせいでだいぶ遅くなってしまった。
月の下を女の子一人で歩かせるような神経はあいにくと持ち合わせてないんでね、大麻には悪いけどエスコートさせてもらうぜ。
「悪いわね、料理と勉強教えてもらって、おまけに……こんな」
「むしろ女の子一人で帰らせたなんて知れたら母さん達に俺が何されるか分かったもんじゃねーよ、これは保身の為の行動だ」
「はは、じゃあそういう事にしとくわ」
「……やっぱお前笑ったほうが可愛いぞ」
「な、なによ急に」
「だってお前美人なんだから、誤解されるのって姉さんだけじゃなくていつもムスっとしてるお前にも責任あると思うぞ」
「びび、びじ…………そんな事言われても……笑えるような事なんて、今まで何も無かったし」
「…………」
美人と言われて一瞬頬を赤らめて、だがすぐにうつむく大麻の姿に俺も言葉に詰まってしまう。
大麻は、ずっと周りから誤解されていて、きっと子供の頃から友達とかいなかったんだろう。
両親や姉とどういう関係だったかは知らないけれど、加奈子がいた俺よりもずっと辛かったはずだ。
俺も近親相姦魔扱いされていた時は意識しなくても目つきが悪くなっていたらしいし、きっと精神的に追い詰められていた大麻も同じなんだろう。
だけど、明後日のデートが成功して、戸田と相思相愛のカップルになれたら、きっとこいつの人生は変わる。
俺はそう確信して、この可愛い女の子の幸せを願った。
「明後日のデート、成功させような」
俺の言葉に大麻はフン、と鼻を鳴らして、
「当たり前よ」
と意気込んだ。
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