第25話 俺の屍を越えていくな


 金曜日、デートを二日前に控えた大麻はというと現在六〇点。


 普通ならこんなに早く上達するものではない。


 けど、毎日学校をズル休みしたり俺がマンツーマンで指導したり、大麻(たいま)自身が特別上手いわけではないが、決して料理の才能が無いわけではない事が要因だ。

だが、それ以上に大麻の集中力のおかげだろう。


 ハッキリ言って、大麻の料理への情熱、いや、戸田への情熱は本当に強くて、毎日、


『浩二においしいお弁当を食べさせてあげるんだ』


 と、一生懸命に料理に取り組む姿は今まで料理を教えてきた二七人の女子の誰よりも真剣そのものだった。


 この分ならデート当日までには家政科の生徒として恥ずかしくない、十分綺麗なお弁当ができると踏んで俺は朝早く大麻の家に行って学校へ来るよう説得した。


 いくら料理が上手くなってもこれ以上勉強が遅れるとまずい、試験が赤点で夏休みの補習を受ける事になれば戸田とのデートもできなくなってしまう。


 こうして、俺は大麻と一緒に登校して、朝は席が隣同士ということもあってすぐ休んだ分の復習に取りかかった。


 だが俺はこの数日で忘れていたのだろう、大麻が周りからどう見られているか、俺の周りがどういう連中か。


「見て! し、新川君、大麻と勉強してるよ!?」

「それだけじゃないよ、新川の奴、あの魔王と一緒に登校してきたらしいよ」

「新川って氷の女王とどういう関係?」

「もしかして舎弟って奴?」

「むしろ奴隷だよ」

「あぁ、きっと新川くんはわたし達を守るために一人その身を魔王に捧げたに違いないわ」

「ごめんね新川くん」

「死んだら親御さんに電話してあげるわ」


 なんか酷い言われようだな。


 まあ俺自身が大麻に説明したようにこいつの評判の悪さは折り紙つきだからな、俺が一緒にいることで少しでも風評が薄れればいいんだけど、時間がかかりそうだ。


「ああ大麻、ここの日本の食膳形式覚えとけ」

「えっと、繕、汁物、香の物、主菜、副菜、だよね?」

「そうだ、そういえば大麻、ちゃんと冷蔵庫の中片付けたか?」

「い、いや、それが」

「野菜は縦にしないと鮮度が悪くなるって言っただろ、卵も呼吸をする方を上に向けろって俺言ったよな?」

「…………」


 顔を背けるな。


「料理は材料を保存するところから始まる。基本だぞ、日頃カップ麺とレトルトばかり食ってるから冷蔵庫整理術が身に着かないんだ」

「だ、大丈夫よ、本番に使う材料はちゃんと前の日に買うから、鮮度に問題はないわ、それに昨日買い物に付き合うって言ったでしょ?」

「俺に整理させる気かよ、弁当作るからって料理の腕だけ磨いてもボロが出」


 言えたのはそこまでだった。

 背後の殺気を感じて振りかえると、目の間には俺を見下ろす加奈子と泉美。


「ダーリーン、なんか今おもしろい話が聞こえたんだけど、家……行ったの?」

「今週ボクと一緒に帰ってくれないと思ったら、ふーん、そういう事だったんだ」


 恐怖すら感じる棒読みで、だけどその殺気は俺に向けられたものではなかった。

 キッと、二人が視線を刺したのは大麻、嘘っぱちだが世間では生きた自然災害などと呼ばれるこの魔王相手に随分勇気のある行動だと思う。


「大麻! ボクの嫁に手ぇ出してただで済むと思ってんじゃないでしょうね!?」

「ダーリンだけは渡せないよ!」

「待て二人とも、別に俺は」

「春人は黙ってて、みんなからも聞いたよ、春人が脅されて奴隷になっているって」

「ダーリンはあたし達が救い出す」


 ヤバイ、二人とも完全に目がイっている。

 例えるなら魔性に魅入られた者の目だ。

 だけど事が事だしなー、大麻の承諾なしに大麻の恋愛事情話すのも……



「失(ウ)セロ」



「あっちの空にUFO発見!」

「どこどこ加奈子、一緒に見に行こう!」


 マッハで点になる二人の背中。

 地震が起こったらあの二人がどういう行動に出るかこれでよく分かったよ。

 しかし戸田が絡んでない事だと大麻はマジで怖いな。


「なぁ、お前別に睨んでないんだよな?」

「いや、ちょっと睨んだ」

「なんでそんな、余計誤解招くだろ」

「だって、彼氏の為に料理の勉強なんて恥ずかしいし」


 そう口にした途端、大麻の威圧感が消える。

 恋する乙女オーラは生まれ持った魔王性をも打ち消すらしい。


「新川、食物繊維を多く含む食品て何あるの?」

「きな粉、ほうれんそう、根深ねぎ、あとはわかめとか生シイタケにえのきたけ」

「キノコ多くない?」

「え? ……言っとくけどきな粉はキノコじゃないぞ」

「え? あ、うん、もちろんじゃん、ななな何言ってるのさ常識じゃん」


 確実にわかってねーなこいつ。


「じゃあきな粉の原料は?」

「…………おがくず?」

「大豆」

「『ず』は合ってたわね」

「いや名前の文字が合ってても仕方ねーだろ」

「テストなら三角で中間点もらえるでしょ」

「お前は採点の見積もり甘過ぎるだろ、そんなババロアよりも甘い考えだから家政科しか受からないんだよ、じゃあHR始まる前にあと育児やるぞ」

「育児…………お、お願いね」


 育児と聞いて表情が硬くなる大麻、こいつ何考えてるんだ。

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