第22話 悪意ある噂
春人は毎晩姉を犯している。
中にはもっと酷い、具体的な、本当に酷い言葉を使って、とにかく俺と千秋姉が肉体関係を持っていると、あたかも真実であるかのように語る奴がいた。
人の迷惑よりも、ただ他人を面白おかしく釣るし上げにしたくて、ただ話題が欲しくて、良識の無い中学連中は単純だった。
結局のところ、加奈子以外のほとんどの生徒は噂を鵜呑みにして、噂が噂を呼んで、俺は近親相姦魔のレッテルを貼られて職員室に呼び出された。
PTA会議でも議題として真剣に取り扱われて俺も出席した。
教師もPTAも、事実に関係無く、まだ中学生という年頃の子ども達が近親相姦の噂をしているという事自体が問題であり、その原因が俺にあるのは事実で、俺も母さんも大人達から色々言われた。
しまいには、父親がいわゆる性同一性障害であることから、家庭環境に大きな問題があるのではと指摘された。
確かに、俺は父さんには男の格好をして欲しいとは思っている。
けれど、それでも俺にとっては子供の頃と同じ、料理が上手くて優しい家族思いの父さんである事には違いなくて、
『オカマの息子』
『お前もオカマ』
『将来はニューハーフだな』
とクラスメイトにからかわれるのはまだ我慢できた。
しかし、いい年をした大の大人に、それもPTA会議や職員会議という学校生活に関わる公的な場で、
『家庭環境に問題がある』
と言われた事は、当時の俺に大きなショックを与えた。
その後で母さんの説得のおかげで大人達は引き下がってくれたし、二年になる頃には、加奈子の『ボクの嫁』アピールや女装大会に参加させられる事で、女みたいな奴という評価こそ変わらなかったが、近親相姦魔から加奈子の犠牲者とか、女より可愛い男子という立ち位置にはなれた。
けれど、あの時の苦痛は今でも忘れられない。
大麻も同じような思いをしたはず。
いや、こいつの場合は姉さんのせいでずっと犯罪者のレッテルを貼られてきた。
本当は、好きな男の子の為に初対面の男子に指導を頼んで、左手を傷だらけにしてしまうくらい可愛い女の子なのにだ。
「ど、どうしたの新川、急にだまって」
俺は無意識的に大麻の頭を撫でると、誤魔化すように満面の笑みを浮かべた。
「なんでもねえよ、それよりレクチャーを再開するぞ弟子二八号! 返事はサーイェッサーだ!」
「さ、サーイェッサー!」
俺は暗い気分を晴らすように、あえて声を張り上げ、ちょっとおどけてみせる。
「ところでその鉄人みたいな名前は何よ?」
二八号のことか?
「いや、今まで料理教えた女子が二七人いたから」
「……あんた本物ね」
「本物だぞ、というわけで話を戻すが、戸田もお前の事を勘違いしている可能性は無視できない!
非情に残念な事だが事実は受け止めなくてはならん!
できる事なら俺がお前の可愛さを作文用紙三〇枚にまとめて戸田の前で読み上げてやりたいところだがそれすらもお前の脅しと取られかねん!」
「あ、あたしの可愛さって……そんな、あたしは可愛くなんか……」
う~ん、大人びた容姿なのにそうやって恥ずかしそうにうつむく姿が可愛いんだが、本人は気付いていないみたいだな。
「つまり、戸田は、お前が怖くて付き合っている可能性が無視できない!」
「そ、そんな事!」
腕を組み下を向いてから、
「ないわよ!」
「今考えたね、すっごく考えたよね?」
「ちが、浩二は脅されてる………………わけじゃないわ!」
「じゃあ今の間(ま)はなんだ?」
「うるさいわね! きっとたぶんもしかしたらな気がしないでもなくない可能性は否定しきれないけれど浩二は脅されているわけじゃない……かな?」
静寂タイム二〇秒。
大麻は小さく頭を下げて。
「レクチャーをお願いします」
「うむ」
どうやら本人も認めてちゃってるようだ。
「つまりだな、確かに俺達は高校生だが社会人じゃない、社会的にはまだ子供扱いであり初めてのデート、そんな時にはお前のイメージを払拭(ふっしょく)しつつ戸田にお前を『可愛い』と思わせる必要がある。
つまり今回求める反応は『おーうまい』だけでは駄目だ!
味を追求しつつ『こんな可愛い弁当を作るなんて弥生はなんて女の子らしいんだ』と思わせる必要がある!」
「つまり?」
「今回は男子向けの弁当ではなく、色鮮やかかつ可愛い女の子用メニューで責めるべきだと俺は判断する!」
「た、確かに!」
雷に打たれたような顔になる大麻。
「今のお前に必要なモノ、それは女子力だ。
中学の卒業文集のなんでもランキングでもっとも女子力が高い生徒ランキングと、家庭的な生徒ランキングと、お嫁さんにしたい生徒ランキングでぶっちぎり一位を獲得した俺を信じろ。
俺がお前の可愛さアピールを全力でサポートしてやる、これでデート当日はホームランだぞ」
ボン! と、また大麻が赤くなる。
「あ、ありがと」
この可愛さをデート当日でも出せれば最強なんだけどな。
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